魔法俳優

オッコー勝森

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養子

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「とりあえず、じゃあね。ラキくん」

 バイバイ手を振るヨルナさんと別れた。ベスティン侯爵家の屋敷まで徒歩で赴く。昔、団長が皮肉げに「貴族は隣の家に行くのにも魔車を使う」と言ってたものだから、少し意外に感じた。運動志向が強いらしい。

「ベスティン侯爵」「コスタスでいい。俺の名前だ」
「コスタスさん。『壁の色が白だったので』ってどういうことっすか?」
「ヨルナさんの代になってから、あの子の機嫌に応じて壁の色が変わる。なぜかは知らん。塗り直してるわけじゃない。本当に、イカのように色が変化するんだ」
「こわっ。妖怪屋敷じゃないっすか」
「白ならとても機嫌がいい。逆に、真っ黒だとヤバいらしい」
「気をつけます。あともう一つ。どうしてオレを養子に?」
「死んだ俺の兄にとても似ていると思ってな。これも何かの縁だと」

 衛兵に挨拶して、門を潜る。ヨルナさんの屋敷と違って、こちらは至って真っ当な「貴族の邸宅」だった。明るい色調の風景画、複雑な紋様のレリーフ、華やかな武具、そのほか彫刻に壺など、実に多彩な美術品が飾られている。植物が主題になってるものが多い。
 奥に行くと、肖像画や写真の類が多くなる。演劇や映画のカットだったり、舞台裏での記念写真だったり。トロフィーやプレート、表彰状が並べられたガラス棚も目を惹きつける。六十一年前、三十七年前、十五年前と主演男優賞のトロフィーがある。
 最後のはコスタスさんだ。

「見ての通り、ウチは俳優一家だ。元は軍属が多かったようだが。ラキ君が魔法俳優を目指すなら、必ず力になれるだろう。これからよろしく」
「呼び捨てでいいっすよ。死んだお兄さんも俳優だったんすか?」
「いや。兄は直情的で、多動の傾向もあって、演技に向いてなかった。だから軍に行ったんだ。三年前に戦死した。彼はバカだと思うか?」
「いいえ。お兄さんがバカなら、オレの脳はドロッドロに溶けてます」

 耳と鼻から全部漏れちまって、思考という枷から自由になり、軽やかな気分で生きてたはずだ。
 輝かしいガラス棚のさらに奥に、錠で厳重に閉められたドアがあった。

「ラキ、魔力の出し入れは?」「クソより自由っす」
「良かった。なら登録は楽だな」

 言われるがままに操作し、完了させる。魔力紋による開閉式らしい。
 ドアの先は、美術品も何もない、質素な空間に続いていた。ベスティン侯爵家は、というか貴族の邸宅は、体面用の外殻と、私生活用の内側とで分けられていることが多いのだと説明される。
 右斜め前の部屋が指し示された。

「とりあえずあの部屋を使ってくれ」「隣は?」
「息子の居城だ」「お名前は?」「ネル」
「ミナス俳優学校魔法俳優科を合格なされたとか。おめでとうございます?」
「どうもありがとう。本来ネルが受け取るべき賛辞だが……」
「……いますよね? この部屋に。オレの義兄となられる方が。気配を感じます」
「ああ。合格通知が来てから五日、なぜか引きこもっている。ラキと仲良くやってほしいが」「難しいっすね。踏み込むべきか、放っておくべきか」
「妻が生きていればなぁ。彼女は、心の機微に聡い人だった」

 しかし、五年前に病気で他界したと聞かされた。するとだ、この広いおうちに、コスタスさんとネルお義兄にい様の二人しか住んでねえのか。使用人除いて。しかもネルお義兄様は、在学中は学校の寮住まいになる。オレがいなければ、コスタスさんの独居がすぐにでも始まっちまうわけだ。
 言えねえ。ごちゃごちゃした住宅地で一人暮らししたいなんて言えねえ。
 あと、オレみてえなゴツい義弟に「お義兄様」呼ばわりされたい男など皆無だろうから、やめておく。

「インテリアの類はどうする? 机、本棚にベッドはすでにある」
「明日以降、ミナスを散策して決めます……それでいいっすか?」
「良かろう。俺たち自慢の街だ。楽しんでくるといい」

 端くれでも貴族になっちまったのなら、行動の自由も制限されるかと思っていたのだが、向こうにそのつもりはなさそうだった。
 コスタスさんは踵を返す。

「では、一旦失礼させてもらう。仕事だ。夕食までには帰る」
「仕事って?」
「撮影さ。敵のボス役」

 意地と誇りの詰まった、重い言葉に感じた。
 だから、思わず呼び止めてしまう。

「あの」

 ヨルナさんに誘われた時から、ずっと不安だったことを尋ねる。

「オレでも、俳優になれるんすかね……?」

 オレみてえな、孤児出身の粗野なゴロツキでも。
 彼は振り返り、笑った。

「さあ。でも、好きになっちまったんだろ?」「……はい」
「迷うな、悩むな、とは絶対に言わん。むしろ君は、必ず悩むし、迷うし、この道を選んだことに後悔もする。自分の力不足に何度も絶望する。だから、挫折する度、我武者羅でいい、最終的に答えを見つけられなくてもいい、とにかく道を模索しろ。それが出来なくなった時、俺たちは終わる」
「……っ、はい!」
「それとだ。ヨルナさんの微笑みに一切絆されてないところを見るに、第一関門は突破しとるよ」

 イタズラっぽくそう言って、コスタスさんは仕事に赴いた。
 微妙な気持ちになる。ヨルナさんは確かに美女だが、オレの好みからはかなり外れる。オレは、原っぱのタンポポみたいに笑う女の子が好きなんだ。

「まあいいや。さて、オレの居城を拝見させていただきますかね」

 入る。言われた通り、机、本棚、ベッド以外は何もない。が、広い。前に住んでた借り部屋よりも、明らかに。キッチンとか付けられないだろうか。さすがに無理か。厨房を借りて、常備用の菓子を作りたい。
 机上にメモ用紙とペンがあった。絶対に必要な物をリストアップする。あ、団長と副団長が持ってた筋トレグッズ、都会に売ってるって言ってたっけ。必須だな。
 とりま今日は、屋敷の構造をちゃんと把握しておくか。
 自室を出た。そして、目が合った。

 隣の部屋からソロソロ出てきた、ネルお義兄様と。
 強烈な既視感を覚える。彼の顔は、小さい頃の姉とそっくりだった。それどころじゃない。瓜二つだ。

「姉ちゃ……いや。ネルお義兄様」「っ…………」

 彼は驚き固まっている。大方、親父とオレがいない間に、トイレにでも行こうとしたんだろう。
 背は小さい。アリと同じくらいだ。クスリを飲んでおかしくなった姉と、オレを守って、笑って死んでいったアリの姿が、脳裏にフラッシュバックする。
 胃からせり上がってくる、猛烈な不快感。

「義兄さん。洗面所はどこっすか?」

 恐る恐ると指を差したのち、部屋の中に戻ってしまった。口を抑えつつ廊下を駆け抜け、シンクに思いっきり吐いた。
 はあ。溜息が漏れる。

「トンだ偶然もあったもんだな」
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