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天才
しおりを挟む俳優という連中については、それなりに知っているつもりだった。前線の兵士を芝居で鼓舞しに、よく戦場にやってきたからだ。彼ら彼女らと話したこともある。演技を生業としていて、事務所に所属する契約社員で、意外と戦える者も多い。
しかし、映像作品を初めてじっくり眺めたのはアリの魔晶壁でだったし、俳優学校などというものがあることは全然知らなかった。
「ヨルナさんに聞いても、はぐらかされるばかりだったしなぁ」
自分の目で確かめなさいと。
大通りで日常的に開催されている路上劇場を、片っ端から、次から次へと渡り歩く。上手いか下手かくらいは、なんとなくだが分かる。下手ならどこが下手か見て取れる。しかし、上手い人たちについて、どのくらい上手いかはほとんど評価出来ない。比較も出来ない。オレはズブの素人だ。
天才ってのはどいつのことだ?
噴水のある広場までやってきてしまった。ファイアナッツウォーター(ファイナナッツとは、浜辺に生息する植物モンスター「ブラストパーム」から取れる木の実)を小さな女の子から購入し、一息つく。
難しい。脳が疲れた。
「あれ。あなたは」
後ろから声をかけられた。殺気がなく、近づかれたのに気づかなかった。振り向くと、メガネをかけた美少年が立っていた。昨日、ワイバーンと狩人の演劇をやっていた、オレと同世代の劇団メンバーが一人。
いや。美少年と言ったが、実のところ、男か女か明らかでない。声も顔も中性的だし、体の凹凸や歩き方を見ようにも、アカデミック・ガウンのようなマントで覆い尽くされている。
「名前は?」「レノです。あなたはラキ。ジャックにそう名乗ってましたね」
「覚えてくれてたのか? ありがとう」
レノ。女の方が多いが、男にもいる。どっちだ。
「あなたのアドバイス通り、足の付け根を横から縦に直したら、リアリティが上がった気がします。ありがとうございました。魔物の生態に詳しいのですか?」
「あの程度で詳しいと思ってもらっちゃ困るが。まあ専門家以外じゃ、知ってる方なんじゃないか? 何度も調べているし、何度も仕留めているし、何度も解体している」
「ハンターの方なのですか?」
「正式なハンターになるには資格がいるだろ。十五歳にならないと取れない。オレが魔物を追っかけてたのは、仕事じゃなくて生活のためだ」
「……?」
「ピンと来てないみたいだな。その日暮らしのゴロツキが、なんの因果か貴族の養子になっちまって、それでここミナスに来たんだ。多分、レノとは全然生い立ちが違う。実感がなくて当然さ」
メガネの奥のつぶらな瞳が、驚きで染まる。ただ、軽蔑の色は感じず、むしろ交じるは、畏敬の色。なんだか照れ臭い。身なりからして上流階級の出身だろうに、珍しい。
「実感はなくとも、言葉の上では理解は出来ます。とにかく、ハンターが本職ではなくても、似たような経験はお持ちなのでしょう? 私たちでは及びもつかぬような……そうです! 今度、私たちの稽古及び道具制作に加わって、色々と助言していただけないでしょうか。昨日行った作品は、まだまだクォリティが低いですから。もっともっと高めたいのです」
「道具制作も自分たちでやるんだな」「お金がありませんゆえ」
「アドバイスは、プロ雇った方がいいと思うが」「お金がありませんゆえ」
「はは。正直だなあ。タダでこき使おうってわけか? 別にいいぜ」
無報酬で働くのは慣れている。それに金銭関係というのは、発生したらしたらでかなり面倒だ。
「でもオレ、嫌われてない? ジャックとレノ以外からは遠巻きにされてたし。特に女の子。風呂に入り忘れた翌朝の距離感だったぜ」
「嫌われていたのではなくて、怖がられていたのです。あなたみたいな、背が高く強そうで、しかも純度の高い魔力で漲っておられる方には、全然慣れていないものですから。怒らせたら命がなさそうでしょう? かく言う私もそうですが、みんなお坊っちゃまお嬢さまなのですよ」
「ジャックは?」「彼は好奇心が旺盛なのです」
「最初の助言だが、自然界では好奇心で恐怖対象に近づく奴から喰われる」
「肝に銘じます。とにかく、みんな怖がっていただけで、悪い印象は持たれていません。むしろ、今まで見たことのない類のかっこよさに、興味津々なくらいですよ。特に女子から」
「そりゃあ喜ばしいね」
ファイアナッツウォーターを飲み干した。「美味いなこれ」と呟く。おかわりが欲しい。あまり人気がないのか、タプタプの滑車付き樽を引きずって広場を練り歩く女の子を捕まえて、再び買う。彼女も俳優志望で、塾に通う資金を稼ぐためのアルバイトだそうだ。レノも購入していた。
レノとともに大通りへと戻る。
「これ、おいしいですね」「なあ」「はい」
「レノから見てすげーって感じる奴、この中にいるか?」
あちこちで行われる路上演劇の様子を眺めながら、レノにそう尋ねた。虚実の狭間に生まれる空色の空間が、茫洋として、とりとめもなく融けていく。
観客側からの劇は掴めるが、俳優側からの劇に対するイメージが、ひどく曖昧だ。上手いとはなんだ? 彼らの才能とはいったい、なんなのだ。
「若輩者の私からすれば、悔しいことに、どの方も素晴らしいと思うのですが。しかし、図抜けた天才と言えるのは、やはり彼女ですね」
「どんな人?」「あの長い銀髪の方です」
指の方角に目を向ける。たくさんの人が集まっている。
たちまち引き摺り込まれた。空色に。それだけじゃない。美しきグラデーションがある。圧倒的な、身の引き締まる冷たさの中に、仄かな炎がある。綺麗で、優しくて、温かい。
は? は?
「彼女はね、見ていて嬉しくなるし、さらに、こちらの感性が研ぎ澄まされるのです。なんというのでしょう……観客からの期待にも、物語そのものからの期待にも応えている。……ラキさん?」
気づけばオレは、無様に尻餅を突いていた。
なんだよありゃあ。あちらとこちらの調和と背反で生まれた場所に、周りのキャストの心も、客の心も取り込んでやがる。欲張りにも、自分から取りに入っている。それが成功している。
ずるい。ズル過ぎるだろ。
団長と初めて相対した時にも、似たような心境になった。
オレ、あんな天才と戦うのか? あんな化け物と、勝負出来るのか?
でも。オレ、あいつと並びたい。ああいう天才に、オレは。
立ち上がる。口を開いた。
「なあ。もう一つ聞きたいんだけど」「なんでしょうか?」
「俳優志望が、エキストラでいいなんて言うもんなのか?」
「それは、明らかに嘘ですね」
「だよな」
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