魔法俳優

オッコー勝森

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「でも、オレ、勝ちたい」

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「面影はあるけど、全然似てないなぁ」

 学校で、隣の席の子からそう言われたことがある。彼に悪気はなかったのだろう。でも、ボクにはグサリと来た。チクチクと痛いトゲとして、未だ心の中で燻り続ける。
 心臓が、過去で置いてけぼりになってる感覚。
 頭まで、柔らかい布団に浸かる。
 父と似ていない。彼は単に容姿についての感想を述べていたのだろうけれど、なのにどうしても、それだけの話とは思えなかった。ネガティブに考える。
 君は父に似ていない。才能ある父と似ていない。
 お前には才能がない。
 分かってる。突飛な発想なのは。彼は俳優志望じゃなかった。ミナスは「演技の聖地」だけれど、みんながみんな、演技の道を志すわけじゃない。彼に、才能の機微など分かろうはずもない。一方で、余計な知識のない素人にそう思われたという事実が、ボクをひどく悩ませる。つまり、コスタス・ベスティンからなんとなく漂うような凄味が、ボクにはまるでないのではないか。
 いや。ないよそんなの。あるわけないだろ。なにもないとは言わないさ。少しナヨナヨしいとはいえ、自分が容姿に恵まれているのを、疑ったことはない。演技も歌も、ダンスや勉強だってやれば出来る子だ。
 でも、一部の天才……絶対に間違わないクロム・コルムニス、観劇者の空気を呑み込むステファニー・メーレー、あと、一度遠目で稽古を見ただけなのに、俳優としての格が違うと感じさせられたサミュエル・ヘルプソンみたいな連中と並んで、ボクが目立てるとは思えない。対抗出来る強固な何かを、持っていない。
 固有魔法も地味だし。身体強化は下手だし。
 毎日毎日、ふとした瞬間に、自分の無能さを思い知らされるんだ。準備不足だった時とか、良い言い回しが思いつかなかった時とか、セリフを覚えられなかった時とか、先生からの問いに上手く答えられなかった時とか、人が豊かな感情を込めてモノを言ってる時とか、高い所にある物へと手が届かなかった時とか、ボクには分からないモノに他人が感動している時とか、頭にモヤがかかっている時とか、つまらないと感じたモノが評価された時とか、思い通りに体が動かなかった時とか、稽古に集中してなかったことに気づいた時とか、作者の真意に気づけなかった時とか、間違った解釈で演技してた時とか、そういうのを友達に言われてようやく悟った時とか、自分を殺せなかった時とか、役を愛せなかった時とか、俳優志望の仲間が、キャラクターとしての真に迫れている時とか。
 胸の真ん中に、暗い劣等感が溜まっていく。澱む。軋む。
 張り裂けそうだ。また泣く。

 合格してしまった。

 なぜ合格うかってしまったのだろう。本気を出さなきゃ失礼だと思ったから、本気は出した。でも熱意はなかった。絶対に、もっといい選択肢が、お前らにはあっただろ。
 ミナス俳優学校魔法俳優科は、スターへの登竜門だ。生半可じゃない。みんなすごい。ほとんどが、なにかしら一芸を持っている。ボクには上手く出来ないことを出来る人たちが、たくさんいる場所なのだ。ボクみたいな半端者は、追いつくために頑張って、頑張るしかなくて、頑張り過ぎる以外に選べる道がなくて、そして、やがて、苦難の袋小路で自分を見失うかもしれない。
 人型器械「ボク」の完成だ。
 安らぎはない。どこかで休憩してもいいと自分を許せるほどの力は、持っていない。
 ああ。自分を信じてた頃に、戻りたい。

「エキストラでもいいよ」

 ドロップアウトしたい。一抜けしたい。

「もう、どうでもいい……」
『あの』

 声がした。首だけ起こし、ドアの方へと視線を向ける。
 ジョン? ベスティン家で一番気の利くボーイの名前。

『ラキっす』「…………」

 つい二日前に出来た、一歳年下の義弟おとうと。養子取りは、パパがノリで決めたのだろう。が、ノっても仕方ないほどパパに似ているし、死んだ叔父さんにはもっと似ている。二回遭遇してみて、正直、他人の気はしなかった。つい本音もぶつけてしまった。
 一つ年下とは信じられないほど体格が良く、言葉にしようもない覇気もあった。見たことのないタイプの人種だ。普段のボクなら、見かけただけで震え上がっていただろう。どうして彼相手に声を荒げられたのか。
 で。いったいボクに、何の用だ。

『さっき、大通りの路上演劇で、すげー「天才」を見かけました。空色の世界で、自ら取り込んだ観客の熱を、さらに自由に操ってるんす』
「? …………」

 彼の喩えは、よく分からなかった。けれど、恐らくステファニー・メーレーのことだろうと推測出来た。どことなく、彼女の演劇らしい香りがした。
 義弟は素直にこう言った。

『恐怖を感じました』「…………」
『これから踏み込む世界には、あんな天才がいる。闇と光の境界で、堂々と自我を誇れる化け物だ』「…………」
『オレ如きじゃあ手も足も出なくて、太刀打ち出来なくって、パッとしないままずっと、俳優業にしがみつくことになるんじゃないか。そんな予感がして、震えて、震えて、仕方がないんす』

 彼の言う通り、その声はかすかに震えている。ドア越しでも伝わってくる。
 もっと、自信のある奴かと思っていた。
 上体を起こす。
 ボクと同じだ。身長も、筋肉も、恐らく経験だってボクとまったく違うのに。
 ベッドから出る。ドアまで歩く。ノブにそっと手を触れる。
 彼は続けた。



『でも、オレ、勝ちたい』

 息を呑む。
 卵の卵にもなっていないド素人の少年が抱いた、湿気の強い欲望は、乾いたボクの心臓に、沁みた。

『オレ、ああいう本物の化け物に、勝ってみたいんだ……』「……っ」
『勝てねー化け物が本物だから。ボロクソに負けるかもしんねーけど。でも、だからこそ、オレは踏み込むって決めたんす』
「……勝てないのに?」『…………』

 演技の余地がない本心に、ボクは引き込まれていた。吸い込まれていた。
 純粋な好奇心で、夢中になって問いかける。

「勝負にすらならないかもしれないのに?」
『副団長……オレの尊敬してる人が、いつも自分に言ってたことなんすけど』

 耳をそばだてる。彼には答えが、見えていた。

『埋没する覚悟』

 ストンと腑に落ちる。欠けたピースがハマった心地。
 それは、天才ではないボクに、最も必要な言葉だった。

『オレ、好きなんすよね。この言葉』「……うん」
『ネル義兄さん』「なんだい?」
『教科書の余白いっぱいの書き込み、文字が踊ってましたね』
「だって、それは、楽しかったもん」

『義兄さんがエキストラってのは、やっぱりもったいないっすよ』

 足音が離れていく。
 しばらく経って、ボクは部屋の外に出た。義弟ラキの姿はない。
 背筋を伸ばした。ギュッと拳を握りしめる。小さく「ありがとう」と呟く。
 その日の夕方から、部屋を出て、食事の席に並ぶことにした。
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