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託児所のお兄さん
しおりを挟むネル義兄さん、ジャック、ほか女の子二人。地面は、木の根による凹凸が激しくかつ苔むしている。彼ら彼女らの足元を眺めた。歩き方が素人そのもの。平地を歩くようにはいかずとも、せめて足音は抑えようという気すら感じられない。
オレは一人でやってきた。狩りの技術は、その経験に基づいたもの。仲間との連携自体は傭兵団で慣れているから、狩猟に親しんでいる大人とならある程度上手く組める自信はあるけど、いくらなんでもお荷物抱えて上手くやるのは無理だ。お荷物とは、別に嫌って言っているのではなく、極めて正当な評価を下している。
四時間か。オレがやるべきは、一位を目指すことではなく、この人たちに狩りを楽しんでもらうことなのだろうな。慣れない森にビクついてるご様子。オレが音頭を取らなければ。
振り返る。
「ここなら、いざとなった時に逃げやすいかな。なるべく小声でお願いします。オレはラキ。ベスティン家の養子っす。ネル義兄さんとジャックはいいとして、お嬢さん方の名前をお聞かせ願いたい」
一人は見た記憶がある。ジャックとレノの劇団にいた。貴族の子息子女に多そうな、おっとりしているように見える子。
もう一人は、珍しいオレンジ色の髪で、真夏の鮮やかな花のように笑いそうな子だ。正直、好みのタイプ。
「マリア・モロゾフです。どうぞよしなに」
「フレア。フレア・クラッセルだわ」
「……さようでございますか」
道理で出発直前、リュークさんつまりこの子の親父が、抉り取ったばかりの心臓を思わせる強烈な視線で睨みつけてきたわけだよ。子供がそんなに大事なら、狩りになんて連れてくんなバーカ。オオカミに襲われるぞこんちくしょう。
手を出す前に知れて良かった。余計な火種は撒かない。
「えー。このチームは初めての人ばかりと言うことでね。今回は、勝利のため得点を稼ぐというよりは、基本を覚えて狩りを楽しもうという趣旨で行こうかなと」
「なんで? 優勝目指そうよ! 大きくてかっこいいの捕まえて! クマとか」
ジャックが無邪気にそう言った。シンプルに声がデケエ。というかルール説明聞いてなかったのか。クマを捕まえても三点にしかならない上に重い。
金にはなるが。
「静かにしろ。狩猟の経験は?」
「ないよ! でも! 魔法を遠くからバーンと当てれば死ぬでしょ! すなわち! 簡単じゃん!」
「言葉の節々にびっくりマーク入れるの禁止な。いいかよく聞け。単に魔法をバーンと当てると、獲物はひどく傷つく。売れなくなる。クマなんて無駄に丈夫なもんだから、ただの魔法乱打では倒れるまで時間がかかるし、その間に人の方が獲物にされちまう」
「頭を狙えばいいじゃん!」
「クマの頭蓋骨は硬いし分厚い。毛皮も厄介だ。脳へと的確な一撃を入れるのは非常に難しい」
「あ、それ映画でやってたわ。クマ対サメ」
少女フレアが、めちゃくちゃ嬉しそうに口を挟んでくる。かわいいな。オレの前でかわいいのやめて。リュークさんと決定的に敵対しちゃうから。
あと、陸のクマと海のサメがどうして戦うんだい?
「クマは、立ち上がったところで懐に潜り込んで、殺傷力高めの剣や魔法で素早く心臓を破壊するのが、一番綺麗な倒し方だな。身体強化でもゴリ押し出来るが、スマートじゃねえ」
「クマなんて、ここにはおらへんやろ? 並のヤツはどうやるん?」
「ヒューリフの呪文で空気を圧縮して、風の刃を飛ばす。狙いを定めて。頸動脈を切断して、一撃でショック死させるのが理想だ。こんな感じで」
きゅいっ。断末魔の叫びが響く。テッペンに一枚の葉しか生えない、変わりモノの植物から成る茂みより、ウサギの死体を引き摺り出した。ツノはなく、普通の動物だ。これで三点となる。
ネル義兄さんが悲しそうな顔で、「ウサちゃんかわいそう」と呟いた。
「食う食われるは自然の摂理っす。昨日ネル義兄さんが食べたラム肉も、元は可愛い子羊ちゃんだった」「ひいっ。もうお菓子しか食べられないよう」
「野菜を食べてください」「なぜだ義弟よっ!?」
味方に裏切られた悲嘆と、劇のクライマックスと見紛う熱量が、そのセリフには込められていた。
あなたが残したサラダ及び付け合わせの野菜を食わされる父と義弟と使用人の気持ちになってくれ義兄さん。お残しは許されない。寮暮らし出来るのかこの人。
「ねえ。ラキとやら。こんなに近くなのに全然気配を感じなかったわ。もしウサギじゃなくてクマだったら。怖いわ」
「安心してくださいっすフレアさん。何が来ても必ず守りますので」
「……きゅん。呼び捨てタメ口でいいわ」
フレアは顔を赤らめた。
ちょっと待って。別にそういう意図はなかったよ。ちょろ過ぎか? 初級者用恋愛シミュレーションボードゲームのヒロイン?
この時を以って、リューク・クラッセルとの長きに亘る対立が決定した。
魔法でウサギに防腐処理をかけていると、ジャックが突然叫び出す。
「ウズウズしてきた! 僕も早く生き物を殺してみたい! 行こうマリア!」
「命令すんなやジャックのくせに。でも面白そうや」
「おいテメエら、アリの虐殺に目覚めた幼児か! フレア離して。あいつら連れ戻すから」
「いや。一緒にいたいわ。一緒にいたいわ」
オレだって思春期の男の子だ、女の子に抱きつかれて嬉しくないはずないが、これではジャックたちを追いかけられない。義兄に押し付けようと振り向く。彼は、お空に向かって手を上げていた。
魔法を放つ。
「光の球」「キャンセルッ。ネル義兄さんいったい何を」
「生き物殺すのダメゼッタイ。これで狩猟大会はおじゃんなんでしょ」
「顰蹙買うのあんたの父親とオレだからなっ!?」
「ははははは!」「待ちんさい!」「きゅん♡」「ルークレ!」
オレの言葉がまったく届いていない。無力感に襲われる。
天を見上げた。雨よ降れ。オレの暗いモヤモヤを洗い流してくれ。春を彩る緑の上は、すこぶる快晴だった。
オレも叫んじゃお。
「ねえオレッ、せいぜい中等教育学校生徒の引率教師のつもりだったんだけどぉ。これじゃまるで託児所のお兄さんっ」
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