魔法俳優

オッコー勝森

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クリーチャー

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 貴族としての品格を求められる日常に、ストレスでも溜まってたのか。あるいは、日頃の稽古に鬱憤を感じてたのか。楽しいことばかりじゃないだろうし。ネル義兄さんの例を見るに、人には人の悩みがある。
 たまの遊びで、はっちゃけるのは構わない。しかし限度があるだろ。
 初等教育の低学年生並みに知能が低下した少年少女の奇行に、つい諦観しかけてしまう。すっかりサラサラになった頭を掻いた。どうしてこうなった。せっかく世話を任されたのに、申し訳ねえ気持ちになる……いや。体よく押し付けられただけかもしんねえ。多分そうだな。久々に慣れたメンツで思う存分動きたかったんだろうな。その皺寄せをすべて十三のガキに背負わせる心意気。大人になっても精神年齢が成長してない証だと考えると、オレも将来が不安になってくるぜ。
 傭兵団も、オレ含めガキが結構いたのに、よくまとめてたな副団長。彼をこの場に召喚したい。
 そうだ。召喚すればいいじゃないか。魔物化したヤクザの下っ端どもとの争い終盤、妖精のせいで開花させられた固有魔法。団長の幻を実体化させた、あの力を使って……、
 あれ? コメカミを押さえる。
 どうやったんだっけ、あの時。

「どうしたの? アンニュイな表情も素敵だわ」「は、はは。ありがと」

 フレアに苦笑いを返す。半分くらいは君らに憂いてるよ。

「早く、ジャックとマリアを追いかけなければ。危険な動物がいなくとも、森は舐めちゃいけねえ。迷子になっちまうかも。それに、あのテンションで走られたら、境界線を越えて失格になりかねない」
「じゃあお姫様抱っこして欲しいわ」
「グイグイ来るね君。ごめんだけど、片手で我慢してくれ」

 フレアを抱え上げ、かつ、魔力不足によりノビた義兄も残った手で回収し、ジャックたちが駆けた方向に赴く。フレアに筋肉を撫で回され、非常にくすぐったい。反応しちゃいそうなのを我慢する。オレよく知ってる。追いかけてくる女はトラップ魔法。めんどくさい親父がいることもすでに明らか。
 手を出せば破滅するのは目に見えている。

「ジャック! マリア! いたら返事してくれ! クソッあいつらどこに」
「やっぱりあんなアホども放っておきましょ。森の魔物をかっこよく狩るあなたが見たいわ。私も一緒に狩りたいわ。可愛いウサギが断末魔を上げていたって思うと、ドキドキが止まらないの。この気持ち、稽古の時も忘れずにいたいわ。ハァハァ」
「すごい辛辣だし怖いしアグレッシブだね君。提案は却下させて――」

 空にパシュンと、光り輝くルークレが打ち上がる。え?
 ネル義兄さんは気絶したままだ。大人の誰かが打ち上げた。それはつまり、危険な動物か、あるいは魔物が出没したということ。
 コスタスさんによる事前説明通り、転移魔法が発動する。魔力が迸ったと思えば、足元に青く光る円陣が描かれた。強制的に、ミナスの出入り口前へと戻される。不完全燃焼だが仕方ねえ。最も大事なのは命だ。
 腰に付いたホルダーの蓋が、開く。
 中古で買った、年季入ってそうな雷型の杖。連れて行って欲しそうだったから連れてきた。それが、宙にふわりと浮き上がる。陣に余計な式を入れ、エラーを発生させた。転移は起こらなかった。

「ぁあ……?」

 唖然とするよりほかはない。右腕に少女、左腕に気絶した義兄を抱えて、危険な何かが現れたらしい森に取り残される。少なくとも良い状況ではない。この前似たような目に遭って、死ぬよりキツい経験をしたばかりだ。
 再びホルダーに収まった杖を、睨みつける。どういうつもりだ。

「えっと。何が起きたの?」
「すまねえ、オレの杖が粗相を働いた。とりあえず森から出よ――」

 オレの言葉を遮るように、フレアのポケットから、可愛らしい通信精霊が飛び出してきた。
 リボンついてる。おしゃれ。キュンと来ちゃったわ。

『フレアたん! 無事かな!?』
「お父様。ええ。無事だわ。あと『たん』付けもうやめて」
『転移魔法の不具合かな……?』「オレのせいですはい本当にごめんなさい」

 言い訳のしようがない。道具の不始末は持ち主の責任。

『なんだと? あとでぶっ殺してやる。でもフレアたんたちの脱出が優先だよ』
「『たん』やめてって言ってるじゃない。きもいわ」
『きも……っ!? て、転移魔法は、一度使われると一時間は発動出来ないのさ。落ち着いて、慎重に、化け物に見つからぬよう森を出て欲しいんだ。子供たちを頼むラキ君』
「化け物? いや待て。子供たちって。ジャックとマリアは?」
『? こちらにはいないが』

 ハッとした。森の奥を眺める。
 あいつら。境界線を越えやがったな。

◇◇◇

 木々の幹が、厳かな灰色に変わった。背は高く、葉が生い茂り、陽の光が地に届かない。足元は苔の大帝国だ。深緑色の絨毯が、ジャックとマリアの歩みを遅める。
 彼らは迷子になっていた。静謐で、幽々とした森の中、狩猟用にもかかわらず瀟洒しょうしゃな衣装を着こなす貴族の少年少女二人は、どこか浮いている。

「なあ。これ。どないしよ」
「はっはっは。自然だ! 大自然! 僕たちは自由だぁあっ!」
「自由ちゃうねん。ジャックのアホ。ドアホ。ついてきたウチもウチなんやけど。はあ。どうしてこうも大自然は人を狂わせるんや……」

 勝手に狂っただけの少女が、物憂気に溜息を吐いた。

「ソレ」が彼らの前に現れた時、ひとつの物音すらしなかった。

 陰から突然現れた。「ソレ」は、グズグズに崩れた紫色の肉塊だった。何か形を取ろうとしては、すぐに元に戻る。
 マリアは、そして好奇心の強いジャックですら、得体の知れないクリーチャーに、本能の奥底から恐怖を覚えた。叫ぶ余裕もないくらい。故に彼らは気づかなかった。
 不定形の肉塊が次々と象るのは、手だったり、足だったり、心臓だったりと言った、人体の一部であったと。

「ヒ……ト……」

 カタコトながら、「ソレ」は喋った。

「 ヒ ト 」

 波打つ紫色が、広がった。わずかに注ぐ陽光が、ジャックとマリアより完全に絶たれる。喰われる。食べられる。
 反応出来ずに固まってしまう。
 刹那、化け物の体が、巨大な矢により吹き飛ばされた。大木に縫い止められるも、自らの肉を引きちぎっての逃亡を図る「ソレ」。

「ヴェルキューラ」

 魔法の使い手は、間髪入れずに次なる魔法を使った。化け物突き刺す矢が発熱を始める。木とともに「ソレ」を燃やした。化け物は、苦悶の叫びを上げながら、苔だらけの地面でのたうち回る。再生を続けるも、灼熱の炎は消えない。
 やがて限界を迎え、「ソレ」は死んだ。
 倒したばかりの燃え滓を見下ろし、義兄と少女を抱えるラキは言う。

「似てるな」

 魔物化した、ヤクザの下っ端どもに。
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