魔法俳優

オッコー勝森

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「好きなだけでは、上には行けませんよ」

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 次の授業は四時からだ。塾近くの食堂で昼飯を食い終わった時、まだ十二時半だった。しばらくヒマだ。勉強した方がいいのか。しかし、午前中ずっと机に向き合ってたからか、奇妙な満足感があり、それが邪魔して気乗りがしない。
 気分転換しようか。ジャックたちの劇団本拠地が、塾から歩いて十分の場所にある。十階建ての六階。建物は、稽古のための共用スペースを備えていると言う。
 普通の子は学校の時間だ。誰もいないかと思いきや、部屋に明かりが点いていた。誰かいる。曇った窓ガラスに、大きくなるシルエット。
 扉が開かれた。

「あれ。ラキさん」「レノ。学校は?」
「私は成績も素行もいいので、授業に出なくても許されるのです」

 なんかムカつく。
 ワイバーンの足の向き間違ってたのにか。もしかすると、魔物の生態がカリキュラムに入ってくるのは高等教育以降なのかもしれない。普通の動物と違って、奴らの身体構造はかなり複雑なのだ。より複雑なシステムを、魔力によって維持出来るから。

「少し待っててくださいね。お花を摘みに行ってきます」

 オレの隣を通り過ぎていく。マントしてなかった。女の子だったらしい。一つの問題が解決した。これでサージェント先生の課題に集中出来るぜ。
 部屋を見回す。大道具も小道具も、きちんと整理されていた。机の上には、防腐処理されたオオカミの毛皮、大量の綿、骨組み用らしき針金や木材が置かれている。オオカミの写真もたくさんあった。

「あなたの指摘を受け、反省しました。想像だけで作るのではなく、資料も調べることにしたのです。動物の解剖学的構造についても勉強を始めました」

 そう言って彼女は、高々と魔晶壁スクリーンを上げる。画面には、一皮剥かれた犬の全身が映されていた。

「それは?」「書籍用魔晶壁です」「そんなのあるんだ」
「お茶と、マリアが保管しているケーキがあります。食べましょう」
「マリアって、マリア・モロゾフだよな? この前狩猟に来ていた。いいのか?」
「いくらでも誤魔化せますよ。どうせアホですし。おっとり系のアホです」
「まあ、アホだったけど。森ですぐ死ぬタイプのアホだった」
「この度は、助けていただきありがとうございます。ジャックとマリアが劇団の中心人物なのですが。両方ともアホでいつも苦労しています」

 レノは大きく溜息を吐き、紅茶を啜る。愚痴を言ってはいるものの、仲が拗れている感じはしない。良かった。

「劇団の名前はなんて言うんだ?」「アークセラフィム劇団です」
「おお。かっこいいな」

 頼まれて、オオカミの毛皮を持ち上げる。レノは頷き、針金を弄り始めた。背骨と肋骨に相当する部分。形にはなっている。器用だな。

「かっこいいですよ。昔あった有名な劇団にあやかって付けましたが、やはり名前負けしてます」「いーじゃねーか。目標を高く持ってるってことだろ?」
「一年も高過ぎる目標を掲げていたら、グダりますよ」

 アンニュイな表情になる。諦めと疲れが滲む。喩えるなら、黒くなった水を吸って重くなったスポンジのような。
 彼女の重力に引きずられる。

「初めはもっと勢いがあったのです。熱かったのです。なのに最近は、ジャックもマリアも、楽しければそれで良いって。他のみんなは、居心地の良さを求めて来ていて。クォリティを求めているのは、もう私だけなのでして……」
「……でも、あいつら。演劇は好きだよな? あの狩人の話も、すごい生き生きとやってたし」
「好きなだけでは、上には行けませんよ」
「…………」「失礼。暗いことを言いました」

 止まっていた手を動かし始める。魔法でも使っているみたいに、細い針金を丁寧に織り上げていく。オレならもっとグチャグチャになるな。せっかく買った針金を、無駄にしちまうに違いない。たとえ魔法を使ったとしてもだ。
 手には傷が一切ついていない。薄い魔力でコーティングしているらしい。細かな仕事が本当に得意なようだ。素直に感心する。オオカミは、あのトカゲワイバーンよりはるかに良い仕上がりになる。
 前は、知識が足りなかっただけなのだ。

「幼い頃から、工作が趣味でして」「どうして俳優を?」
「笑わないでくださいね」「笑わねーよ」
「工作が大好きな私は、しかし、いつか工作される側の存在になりたいのです。そして、初めて見た銅像は俳優のものでした。だから目指しているのです」

 真面目そうなレノからは、思いも寄らない理由だった。確かに面白く、笑いそうになるものの、バカにしているわけじゃない。堪えた。
 レノは項垂れ、悲しそうに笑う。浮かぶ情は、劣等感に近しい。

「演技がしたくて俳優になったわけではないのです。故に、でしょうか。私はまだ、自分が演技を通して表現したいものを見つけられていません」
「楽しいだけじゃ、ダメなのか」「ダメですよ」

 強く否定された。魂の内側に触れ、弾かれちまった感覚が走る。

「美しい銅像に、してもらえないじゃないですか」

 強い願いだ。欲望だ。
 オレは、「俳優」と言うモノに対して、ここまで強い何かを抱けていない。埋没する覚悟はあっても。
 ヨルナさんに誘われて、ホイホイついてきちまっただけだ。
 負けている。心構えの点で、レノは遥か先にいる。急に心配になった。
 果たしてオレは、この道を歩き続けられるのか?

「あの」「…………」「あのっ」
「っ。はい」「お願いがあるのですけれども」
「なんでございましょう?」

「手伝うだけではなく、私たちの劇団に入ってもらえませんか?」

 両手を組んで頼まれる。驚き、目を見開いた。オオカミの毛皮を手放す。

「新しい『風』として、私の夢をサポートしてもらえませんか?」
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