20 / 36
「好きなだけでは、上には行けませんよ」
しおりを挟む次の授業は四時からだ。塾近くの食堂で昼飯を食い終わった時、まだ十二時半だった。しばらくヒマだ。勉強した方がいいのか。しかし、午前中ずっと机に向き合ってたからか、奇妙な満足感があり、それが邪魔して気乗りがしない。
気分転換しようか。ジャックたちの劇団本拠地が、塾から歩いて十分の場所にある。十階建ての六階。建物は、稽古のための共用スペースを備えていると言う。
普通の子は学校の時間だ。誰もいないかと思いきや、部屋に明かりが点いていた。誰かいる。曇った窓ガラスに、大きくなるシルエット。
扉が開かれた。
「あれ。ラキさん」「レノ。学校は?」
「私は成績も素行もいいので、授業に出なくても許されるのです」
なんかムカつく。
ワイバーンの足の向き間違ってたのにか。もしかすると、魔物の生態がカリキュラムに入ってくるのは高等教育以降なのかもしれない。普通の動物と違って、奴らの身体構造はかなり複雑なのだ。より複雑なシステムを、魔力によって維持出来るから。
「少し待っててくださいね。お花を摘みに行ってきます」
オレの隣を通り過ぎていく。マントしてなかった。女の子だったらしい。一つの問題が解決した。これでサージェント先生の課題に集中出来るぜ。
部屋を見回す。大道具も小道具も、きちんと整理されていた。机の上には、防腐処理されたオオカミの毛皮、大量の綿、骨組み用らしき針金や木材が置かれている。オオカミの写真もたくさんあった。
「あなたの指摘を受け、反省しました。想像だけで作るのではなく、資料も調べることにしたのです。動物の解剖学的構造についても勉強を始めました」
そう言って彼女は、高々と魔晶壁を上げる。画面には、一皮剥かれた犬の全身が映されていた。
「それは?」「書籍用魔晶壁です」「そんなのあるんだ」
「お茶と、マリアが保管しているケーキがあります。食べましょう」
「マリアって、マリア・モロゾフだよな? この前狩猟に来ていた。いいのか?」
「いくらでも誤魔化せますよ。どうせアホですし。おっとり系のアホです」
「まあ、アホだったけど。森ですぐ死ぬタイプのアホだった」
「この度は、助けていただきありがとうございます。ジャックとマリアが劇団の中心人物なのですが。両方ともアホでいつも苦労しています」
レノは大きく溜息を吐き、紅茶を啜る。愚痴を言ってはいるものの、仲が拗れている感じはしない。良かった。
「劇団の名前はなんて言うんだ?」「アークセラフィム劇団です」
「おお。かっこいいな」
頼まれて、オオカミの毛皮を持ち上げる。レノは頷き、針金を弄り始めた。背骨と肋骨に相当する部分。形にはなっている。器用だな。
「かっこいいですよ。昔あった有名な劇団にあやかって付けましたが、やはり名前負けしてます」「いーじゃねーか。目標を高く持ってるってことだろ?」
「一年も高過ぎる目標を掲げていたら、グダりますよ」
アンニュイな表情になる。諦めと疲れが滲む。喩えるなら、黒くなった水を吸って重くなったスポンジのような。
彼女の重力に引きずられる。
「初めはもっと勢いがあったのです。熱かったのです。なのに最近は、ジャックもマリアも、楽しければそれで良いって。他のみんなは、居心地の良さを求めて来ていて。クォリティを求めているのは、もう私だけなのでして……」
「……でも、あいつら。演劇は好きだよな? あの狩人の話も、すごい生き生きとやってたし」
「好きなだけでは、上には行けませんよ」
「…………」「失礼。暗いことを言いました」
止まっていた手を動かし始める。魔法でも使っているみたいに、細い針金を丁寧に織り上げていく。オレならもっとグチャグチャになるな。せっかく買った針金を、無駄にしちまうに違いない。たとえ魔法を使ったとしてもだ。
手には傷が一切ついていない。薄い魔力でコーティングしているらしい。細かな仕事が本当に得意なようだ。素直に感心する。オオカミは、あのトカゲワイバーンよりはるかに良い仕上がりになる。
前は、知識が足りなかっただけなのだ。
「幼い頃から、工作が趣味でして」「どうして俳優を?」
「笑わないでくださいね」「笑わねーよ」
「工作が大好きな私は、しかし、いつか工作される側の存在になりたいのです。そして、初めて見た銅像は俳優のものでした。だから目指しているのです」
真面目そうなレノからは、思いも寄らない理由だった。確かに面白く、笑いそうになるものの、バカにしているわけじゃない。堪えた。
レノは項垂れ、悲しそうに笑う。浮かぶ情は、劣等感に近しい。
「演技がしたくて俳優になったわけではないのです。故に、でしょうか。私はまだ、自分が演技を通して表現したいものを見つけられていません」
「楽しいだけじゃ、ダメなのか」「ダメですよ」
強く否定された。魂の内側に触れ、弾かれちまった感覚が走る。
「美しい銅像に、してもらえないじゃないですか」
強い願いだ。欲望だ。
オレは、「俳優」と言うモノに対して、ここまで強い何かを抱けていない。埋没する覚悟はあっても。
ヨルナさんに誘われて、ホイホイついてきちまっただけだ。
負けている。心構えの点で、レノは遥か先にいる。急に心配になった。
果たしてオレは、この道を歩き続けられるのか?
「あの」「…………」「あのっ」
「っ。はい」「お願いがあるのですけれども」
「なんでございましょう?」
「手伝うだけではなく、私たちの劇団に入ってもらえませんか?」
両手を組んで頼まれる。驚き、目を見開いた。オオカミの毛皮を手放す。
「新しい『風』として、私の夢をサポートしてもらえませんか?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話
トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。
花鳥見聞録
木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。
記憶を取り戻して真実を知った時、ルイとモクの選ぶ道は?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる