魔法俳優

オッコー勝森

文字の大きさ
21 / 36

「拾う」という動作

しおりを挟む

「オレに務まるかどうか」
「大丈夫ですよ。少なくとも、女の子たちにとってはとても刺激になると思いますからっ。それを見て、男の子たちも本気になるかもしれませんし!」

 押しに負け、なし崩し的にOKしてしまった。お礼とともに、「つまみ食いしようがハーレムを作ろうが不問と致します」とも言われる。レノにどう見られているかが伝わってきた。あながち間違ってない。
 でもそれ、人間関係に決定的な亀裂が入るヤツだからね。オレ知ってる。モテるからって調子に乗ると、刺されたり毒盛られたりしちゃうんだよね。
 もう懲り懲りだ。アリがかっこいいと言ってくれた傷のうち二つは、女性関係についての諸問題で生じた勲章である。熟睡時は誰でも無力。

「オレがトラブル起こしたら、レノの夢も遠のくぞ。分かってんのか……?」

 四時前、塾に戻ってきた。授業終わりの少年少女たちが、ちらほらと集まって来ている。身なりのいい痩せっぱちが多い。知り合いはいなかった。階段で六階まで上がる。
 教室で待っていると、サージェント先生が来た。

「まったく。貴族のガキも商人のガキも、マッスルがなっとらん」
「鍛える魅力に気づく機会が今までなかったんでしょうね。空虚な人生だ。かわいそうに。で、今からなにするんすか」
「演技における基本動作の練習だ。一週間後には、普通の塾生に混じって稽古のレッスンを受けてもらう。きついが、みっちり叩き込むぞ」「うす」
「が、同年代の練習相手もいた方がいいだろう。俺のもう一人の生徒も呼んでおいた。そろそろ来るはずだが」「四時も五分回ってますけど」
「す、すみませ~ん……。ちょっと遅れましたぁ」

 二人しかいない教室に、三人目が入ってくる。
 背の高い少女だった。千草色の、腰まで届く長い髪。儚げな容姿。寒い冬の日、地面に生えた霜柱という印象を受ける。サージェント先生の生徒っぽくない。
 座ったままは失礼か。とりあえず立ち上がる。

「オレはラキ・ベスティン」「わ、わたしは、メル・マノと言います」
「メルさんか。よろしく」「は、はひ」

 ネル義兄さんとややこしいなと感じたが、口には出さない。座り直す。

「自己紹介は終わったか? じゃあ今日の練習課題を発表するぞ。ズバリ、『拾う動作』と『ウルティア』だ」「……?」

 拾う。落ちている物を手に取る行為。
 ウルティア。水を出す魔法。

「どっちも物心つく前から日常的にやってきたことっすよ。出来て当たり前。赤ちゃんじゃあるまいし、今さら練習する必要なんてないのでは?」
「フハハ。当然の疑問だな」

 サージェント先生は笑った。そのままポケットに手を入れて、地味な小石を取り出す。床に落とした。三回ほどバウンドして、止まる。

「拾ってみな」「……こうっすか?」

 足の指でも拾えそうな大きさ。しかし靴を履いている。素直に腰を曲げ、腕を伸ばして拾った。

「お前さんはそういう風に拾うんだな」「誰でもこうじゃないっすか?」
「メル。お前もやってみな。いつも通りに。ラキ、よく見てろ」

 落ちた小石を前にして、メルは膝を折り曲げ、屈んだ。位置が悪く、腕を精一杯に伸ばしても届かない。仕方なさそうに膝と片手を地面に付け、もう片方の手で拾い上げる。体が硬いんだ、この子。立つ時にはコケそうになっていた。バランス感覚も悪い。「はひ~」と、一仕事終えてやったみたいな溜息。
 オレとは全然違う。

「分かったか? じゃあ、お次はこれだ」

 ピン、と太い親指を弾く。サージェント先生の手から飛び出したのは、光り輝く金貨だった。

「キンカッ」

 お恥ずかしい限りなのだが、幼い頃から染み付いたギトギトの貧乏根性は、未だに拭い去れていなかった。鼠を見つけた野良猫の如く、勢いよく飛びかかる。
 二回転受け身。相殺し切れずくうで宙返り。綺麗に着地を決める。

「はわわ、やばいです。同じ人間とは思えません~。人間ですか?」
「身体強化なしでそれか。ヨルナちゃんから聞いてはいたが、すげえなお前さん。スタントマンとしてなら、今すぐにでも映画に出れる」
「すたんとまん?」「俳優の代わりにアクションをやる係さ」

 へえ。まあ、そりゃ、演技が出来るからって運動も出来るわけじゃねえだろうし。下手に苦手なことに挑戦しても死ぬだけだしな。

「この通り、同じ『拾う』という動作でも、人によって、物によって、あるいは状況によって、『拾い方』はまったく変わってくる。お前たちが演じるのは、自分じゃない。登場人物という他人だ。それを忘れて、物や状況を鑑みず、いつも通り『拾っ』ても、求められる演技にはならない」

 ようやく、サージェント先生の意図を理解する。隣でメルが、うんうんと頷いていた。出遅れている気分になる。焦るな。言葉に集中しろ。

「『拾え』と指示を出された時に、素直に拾うだけじゃあダメだ。横着するな。考えろ。設定を吟味しろ。大事なのは、自然な動作を、いかに『それっぽく』行うかだ」

 それっぽさ。他人に、自分のやってることを分かりやすく見せる。作られた虚構を、より本物らしくする。必要なのは、クリアな客観的視点というわけか?
 オレには足りてないかも。

「行動には、魔法じゃ出せねえ機微がある。編集任せにならないように。では練習を始めよう。他人になったつもりで、『拾う』動作と『ウルティア』を演じてみろ」
「他人って言われても。誰になればいいんすか?」
「何のために二人集めたと思っている?」

 長い白髭を撫でつけながら、彼は面白そうに言う。

「お互い、相手になったつもりでやってみろ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話

トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。

花鳥見聞録

木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。 記憶を取り戻して真実を知った時、ルイとモクの選ぶ道は?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...