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「拾う」という動作
しおりを挟む「オレに務まるかどうか」
「大丈夫ですよ。少なくとも、女の子たちにとってはとても刺激になると思いますからっ。それを見て、男の子たちも本気になるかもしれませんし!」
押しに負け、なし崩し的にOKしてしまった。お礼とともに、「つまみ食いしようがハーレムを作ろうが不問と致します」とも言われる。レノにどう見られているかが伝わってきた。あながち間違ってない。
でもそれ、人間関係に決定的な亀裂が入るヤツだからね。オレ知ってる。モテるからって調子に乗ると、刺されたり毒盛られたりしちゃうんだよね。
もう懲り懲りだ。アリがかっこいいと言ってくれた傷のうち二つは、女性関係についての諸問題で生じた勲章である。熟睡時は誰でも無力。
「オレがトラブル起こしたら、レノの夢も遠のくぞ。分かってんのか……?」
四時前、塾に戻ってきた。授業終わりの少年少女たちが、ちらほらと集まって来ている。身なりのいい痩せっぱちが多い。知り合いはいなかった。階段で六階まで上がる。
教室で待っていると、サージェント先生が来た。
「まったく。貴族のガキも商人のガキも、マッスルがなっとらん」
「鍛える魅力に気づく機会が今までなかったんでしょうね。空虚な人生だ。かわいそうに。で、今からなにするんすか」
「演技における基本動作の練習だ。一週間後には、普通の塾生に混じって稽古のレッスンを受けてもらう。きついが、みっちり叩き込むぞ」「うす」
「が、同年代の練習相手もいた方がいいだろう。俺のもう一人の生徒も呼んでおいた。そろそろ来るはずだが」「四時も五分回ってますけど」
「す、すみませ~ん……。ちょっと遅れましたぁ」
二人しかいない教室に、三人目が入ってくる。
背の高い少女だった。千草色の、腰まで届く長い髪。儚げな容姿。寒い冬の日、地面に生えた霜柱という印象を受ける。サージェント先生の生徒っぽくない。
座ったままは失礼か。とりあえず立ち上がる。
「オレはラキ・ベスティン」「わ、わたしは、メル・マノと言います」
「メルさんか。よろしく」「は、はひ」
ネル義兄さんとややこしいなと感じたが、口には出さない。座り直す。
「自己紹介は終わったか? じゃあ今日の練習課題を発表するぞ。ズバリ、『拾う動作』と『ウルティア』だ」「……?」
拾う。落ちている物を手に取る行為。
ウルティア。水を出す魔法。
「どっちも物心つく前から日常的にやってきたことっすよ。出来て当たり前。赤ちゃんじゃあるまいし、今さら練習する必要なんてないのでは?」
「フハハ。当然の疑問だな」
サージェント先生は笑った。そのままポケットに手を入れて、地味な小石を取り出す。床に落とした。三回ほどバウンドして、止まる。
「拾ってみな」「……こうっすか?」
足の指でも拾えそうな大きさ。しかし靴を履いている。素直に腰を曲げ、腕を伸ばして拾った。
「お前さんはそういう風に拾うんだな」「誰でもこうじゃないっすか?」
「メル。お前もやってみな。いつも通りに。ラキ、よく見てろ」
落ちた小石を前にして、メルは膝を折り曲げ、屈んだ。位置が悪く、腕を精一杯に伸ばしても届かない。仕方なさそうに膝と片手を地面に付け、もう片方の手で拾い上げる。体が硬いんだ、この子。立つ時にはコケそうになっていた。バランス感覚も悪い。「はひ~」と、一仕事終えてやったみたいな溜息。
オレとは全然違う。
「分かったか? じゃあ、お次はこれだ」
ピン、と太い親指を弾く。サージェント先生の手から飛び出したのは、光り輝く金貨だった。
「キンカッ」
お恥ずかしい限りなのだが、幼い頃から染み付いたギトギトの貧乏根性は、未だに拭い去れていなかった。鼠を見つけた野良猫の如く、勢いよく飛びかかる。
二回転受け身。相殺し切れず空で宙返り。綺麗に着地を決める。
「はわわ、やばいです。同じ人間とは思えません~。人間ですか?」
「身体強化なしでそれか。ヨルナちゃんから聞いてはいたが、すげえなお前さん。スタントマンとしてなら、今すぐにでも映画に出れる」
「すたんとまん?」「俳優の代わりにアクションをやる係さ」
へえ。まあ、そりゃ、演技が出来るからって運動も出来るわけじゃねえだろうし。下手に苦手なことに挑戦しても死ぬだけだしな。
「この通り、同じ『拾う』という動作でも、人によって、物によって、あるいは状況によって、『拾い方』はまったく変わってくる。お前たちが演じるのは、自分じゃない。登場人物という他人だ。それを忘れて、物や状況を鑑みず、いつも通り『拾っ』ても、求められる演技にはならない」
ようやく、サージェント先生の意図を理解する。隣でメルが、うんうんと頷いていた。出遅れている気分になる。焦るな。言葉に集中しろ。
「『拾え』と指示を出された時に、素直に拾うだけじゃあダメだ。横着するな。考えろ。設定を吟味しろ。大事なのは、自然な動作を、いかに『それっぽく』行うかだ」
それっぽさ。他人に、自分のやってることを分かりやすく見せる。作られた虚構を、より本物らしくする。必要なのは、クリアな客観的視点というわけか?
オレには足りてないかも。
「行動には、魔法じゃ出せねえ機微がある。編集任せにならないように。では練習を始めよう。他人になったつもりで、『拾う』動作と『ウルティア』を演じてみろ」
「他人って言われても。誰になればいいんすか?」
「何のために二人集めたと思っている?」
長い白髭を撫でつけながら、彼は面白そうに言う。
「お互い、相手になったつもりでやってみろ」
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