魔法俳優

オッコー勝森

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「撮る」という動作

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「す」

 驚愕の次は、えも言われぬ感動が全身を駆け巡った。素晴らしいモノを見ると脳は喜ぶ。意識するより先に、口が勝手に動く。

「すげえっ! どうやったんだ今のっ!?」

 三メートルを二歩で詰め寄り、メルの両肩を掴んだ。ああ、興奮し過ぎてしまった。恥ずかしさか照れ臭さか、彼女の頬が赤く染まる。「これが、陽キャムーヴ」などと呟きながら視線を逸らした。逃げようとする素振りは見せない。

「ああ、ごめん」
「わ、わたし、あんまり自分から動けないタイプなので。捕まえられて連れ出されたい女の子なので。強引に掴まれたらドキドキするんじゃないかと思ってましたけど、やっぱりそうでした」
「何を言ってるんだ? 性癖は聞いてねえが」
「おはよう諸君。元気かな? さあ早速、今日の課題を」

 彼の目には、至近距離で熱く向かい合ってる男女の姿が映ったことだろう。現役兵顔負けのUターンを披露する。

「邪魔して悪かった」「誤解っす」
「老兵はただ去るのみ」「教官が去っちゃダメでしょ」

 引き止める。早計なる勘違いだ。未来は誰にも分からないが、今は何もない。

「いやあ。何もないってさあ。ねえ、ホントにぃ?」
「もーサーちゃんったら。ホントにホント!」
「隠してないで。言っちゃいなよ。ほら、ほら!」
「えーもう。えー? 言っちゃうって、何をよお?」
「それは」「それは? そう」
「「筋トレ仲間おともだちから始めましょう」」
「嫌です」

 断られちゃったよ。サージェント先生とともに悔しがる。メルがマッスルの波動を感じるようになってくれれば、一糸乱れぬ阿吽の呼吸が可能となるのに。

「本日のテーマは『撮る』だ。ほら、練習用のカメラ二つ」
「本格的だな」「ちゃちいですね……ごめんなさい」

 同時に呟く。渡されたカメラは、同じ機種だったにもかかわらずだ。育ってきた環境の大いなる違いを感じた。やはり、オレとメルの間には、容易には乗り越えられない壁がある。しかしメルはよじ登ってきた。才能があるのか、それとも、積み重ねてきた経験が物を言ったのか。
 改めて、自分が素人であるという事実を叩きつけられた気分だ。焦りばかりが募る。どうすればオレも、少女メル・マノと同じ領域まで行ける?

「えっと。その。とりあえず、お互いに写真撮ります?」
「はいチーズ」「ひゃっ。ぱっうわっ」
「はは。間抜けな顔」「笑いましたねっ!? 笑ったなこのやろーっ」

 ポカポカ殴られる。全然痛くない。「固っ」と言われた。メルが柔らか過ぎるんだよ。おトレーニングが足りませんわ。タンパク質を摂取し、腕立て伏せ、腹筋背筋スクワットをそれぞれ一日百回くらいやんないと、もし戦争に巻き込まれたら、逃げられずにすぐ死んじゃうんだろうな……かわいそうに。

「写真を撮り合うより、教室内で自由撮影の方がいいんじゃねーか? 被写体の選択に性格が出るだろうし」「たしかに」

 何を撮るか考えつつ、視界の端にメルの動きを捉えておく。彼女が最初に選んだのは、掃除用具の詰まったロッカーだった。どうしてあんな地味なものを写そうと思ったのか、さっぱり分からない。どうやら彼女は、ダークまたはインモラルなモノを好む傾向にあるらしい。まさにオレがいた世界だ。良さも悪さも知り尽くしている自信がある。だからこそ、彼女の気持ちが見えづらい。ダークでインモラルな世界とは無縁が故の、ぼんやりとした憧れと、その程度の解像度で考察するのが関の山だ。
 共感は出来ない。明るく治安の良い都会の生活に憧れたことなんて、オレはないから。
 姉ちゃんと違って。
 自分の撮りたいものを探す。最初に選んだのは、教室真ん前にドカンと広がる、巨大な板。「黒板」と呼ばれていた。専用のペンで消したり書いたり出来る魔法道具だ。初めて教室という場所に来た人間は、まずびっくりするに違いあるまい。スルスルと文字が書け、スルスルと文字を消せた感動は、恐らく一生忘れない。
 カメラの前面を向ければ、後面についた魔晶壁に、威容たる黒板の像が映し出された。右下の丸模様に魔力を込める。風景を保存するための魔法式が、凄まじい速度で発動した。そして画像データとなる。ブレなく撮れていた。
 あと四枚撮ってから、互いの写真を見せ合う。メルが選んだのは、掃除用具箱、机の中、教卓の裏側、床、傘立て。なぜそれらを撮ったのか、理由は分からずとも、傾向自体は読み取れる。
 ここからが本番だ。「写真を撮るメル・マノ」を演技する。やり方を変えなければ、今日も中途半端なモノマネで終わってしまうだろう。あと三日で、他の塾生との合同練習が始まる。俳優になるため、それなりに長く修練を積んできたであろう同世代たちに食らいつかなければならない。
 試してみるか。
 脳の内側を、極限まで静かにする。心を殺す。
 かつて戦場でやっていたように。
 ナヨナヨしさ、危うさ、バランスの悪さ、不器用さ。メルの特徴すべてを、一つ一つの動作に盛り込む。被写体には、隅っこに並べられた、少し埃を被った本を選んだ。
 どうだ。

「おおっ~」

 メルは拍手をくれた。素直に賞賛してくれている。なのに。
 良かった、のか? 灰褐色の不安が脳に燻る。いいのか、本当に、これで。

「心を捨てられるのは、俳優の強みになる。心ない、あるいは感情の薄いキャラをも演じられるからだ。お前が今見せた技術は、実に素晴らしいと俺は思う」

 教室の端っこで座っていたサージェント先生が、静かに口を開いた。

「しかし、メルは心のない人間か?」
「っ……、違います」「なら、表現の方法として不正解だな」

 そうだ。ストンと、腹に落ちる言葉だった。メル・マノを表現する方法として、「心を殺す」は間違っている。もっといい方法があるはずだ。

「しかし、いいか。表現の方法と言ったが、ラキ、お前はまだそれを考える段階じゃない。とにかく今は、メルというキャラクターを理解し、一つの動作を演じ切ることに集中しろ」
「……はい、はい…………?」

 クソ。「表現の方法を探す」なら、課題としてまだ分かりやすかったのに、封じ込められてしまった。一つの動作を演じ切ることに集中しろ。
 演じ切るとは?
 モヤモヤする。叫びながら走りたい。光を奪い去られた気分だ。闇の中で這いずり回るのは、苦しい。泣きたい。

「あ、あの」

 メルにちょいと、服の裾を引っ張られる。

「わたしの部屋に来ませんか?」
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