魔法俳優

オッコー勝森

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『ミナスのヴァルキュリア』

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「……え?」
「いやっ、あの、その、わたしを演じるに当たっての、資料になるかなと思いましてっ!」「ああ。びっくりしたぜ」

 なるほど。突然のお誘いに脳の魔法式がエラーを吐き出しかけたが、メルの言葉足らずだっただけで、前後の脈絡は繋がっていた。自室のインテリアは、個性が最も現れるモノの一つだ。メルというキャラクターを理解する助けになるかもしれない。
 九時に実技演習は打ち切られ、メルと一緒に数学とセリフ文法の授業を受けたのち、十一時で一旦解散となる。マノ家の屋敷はベスティン家より塾に近いが、箱入りお嬢様の体力的に徒歩はキツいらしく、迎えの魔車が来ていた。車を引くトカゲに挨拶すると、「クウェ……」と上品に鳴く。ヨルナさんちのトカゲよりおとなしそう。あと首が細い。
 周りを見る。他の車はない。路上演劇が盛んなミナスでは交通規制が激しく、行政から魔車での送り迎えの許可をもらうために、マノ家は多額の税金を支払っているはずだ。
 老齢の御者が振り返る。

「お嬢様。その方は?」
「お、お友達です。ランチをご馳走して差し上げたくて。お母様には、もう連絡してあります」「メルお嬢様にお友達……承知しました」

 彼はそれ以上何も言わず、トカゲに指示を送った。微かに涙ぐんでいる。メルお嬢様にお友達がいること、めっちゃ喜ばれてるじゃん。オレももらい泣きしちゃいそうだよ。
 十分もかからず屋敷に到着する。オーソドックスな三階建てだが、屋根はすごく赤い。オレが鳥だったらギョッとしそうだ。格子状の門には、ちょうどタカを象った紋様が施されていた。
 中に案内される。絵本の森をイメージしたかのような意匠の模様。ローズピンクとクロッカスのマーブル。節々に見受けられる、柔らかなフリルの波。ファンシーな印象を受けた。

「両親ともに、フワフワ感のあるキュートが好きなんです」
「かわいいね……子犬や子猫、子熊のお人形さんが、輪を描いて踊ってそう」
「まあ。グッドセンスな感想」

 淡いピンクのゆるだぼ系上着と、ポップだがくすんだ青みの緑で弾け過ぎないよう工夫されたスカートに身を包んだ妙齢の女性が、階段横の扉から現れた。
 顔立ちはメルによく似ている。お母様か。髪は普通のダークブラウン。

「まさに、そういうメルヘンチックを求めて作らせましたもの」

 客間に案内される。「昼食はここで大丈夫かしら?」と問われた。否などあろうはずもない。どこででも食える。敵陣地のど真ん中、何食わぬ顔で受け取ったまずい配給飯を食ってたこともある。
 メルママが、スパゲッティとサラダを用意するようメイドに命じた。行儀良く待っていると、窓際に飾られた人形が目に入る。

「とても可愛らしいっすね、あのお人形さん」
「ええ、ええ。かわいいでしょう? 十八年前、『人工魔物』の多発でミナスが危機に陥った時、私たちを助けてくださったヴァルキュリア様がいたのだけれど。あの人形は、彼女が従えていた高位妖精を模した物なの」
「『人工魔物』の多発?」
「人の手で魔物に改造された動物たちが、ミナスのあちこちで放たれましたの。大きな被害が出ました。犯人は未だ判明しておりませんが、ヴァルキュリア様による終息宣言のちパッタリ出現が途絶えたことから、彼女が成敗してくださったと言われています」
「穏やかじゃない話もあったものっすね。事件解決に尽力したヴァルキュリア様には、最高の敬意を表します」

 たとえ力を持っていたとしても、人を助けたいと願う優しい人間が、戦いに身を投じるに必要な覚悟は、並大抵のモノじゃ利かないだろう。優しくないオレですら、戦い始めた最初の一年はめちゃくちゃ怖かったのだ。
 頷き、「うふふ」と微笑むメルママ。娘に向き合う。

「素敵な少年ですね。若かりし頃のコスタス・ベスティンを彷彿とさせます。メル、いいお友達を見つけましたね」
「は、はいぃ」
「先日、そのコスタスさんの養子になったばかりっす」
「実の息子と言われても信じられるほど似てますけれどね。どういう経緯で?」
「辺鄙な街で燻ってたところを、ヨルナさんに拾われました」
「へえ、ヨルナちゃんに! あの子、あんまり人と関わらないイメージがあるんだけれどね。ヴァルキュリア様に話を戻しますと、事件終息から三年後、つまり今から十五年前、未だ根強い人気を誇っていた彼女の活躍が、実写ドラマ化されました。その時、主人公のヴァルキュリア様を演じたのが、当時十三歳だったヨルナちゃんだったのです」「そうなんすか」
「ええ、ええ。たいへん傑作でございました。ヨルナちゃんの人気を決定づけ、彼女は史上最年少で、魔法俳優として認知されるようになったのです」
「作品の名前は?」
「『ミナスのヴァルキュリア』」

 おお、そのまんま。しかし興味がある。観たい。ご本人を訪ねるのは恐縮なので、コスタスさんに頼もう。ヨルナさんと仲良くしてたし、作品データは持ってるはずだ。

「ああ、聞いていませんでしたね。あなたのお名前は?」
「ラキっす。ラキ・ベスティン」
「あのヨルナちゃんから見出されたのですから、彼女の一ファンとして、期待しないわけにはいきませんね。『ラキ・ベスティン』、記憶に刻んでおきます」

 期待が重い。
 昼食ののち、約束通り、メルの部屋を見せてもらう。ベスティン家邸宅と同じく、体面用の外殻と、私生活用の内側で分かたれた構造になっている。メルによって錠が外され、扉が開かれた。壁の色が、華やかな赤系から静かなグリーン系に変わる。
 メルのヘアカラーとそっくりだ。

「こ、ここです」

 明かりが点く。
 喩えるなら、雨後の曇天、葉の上でのんびりしているカタツムリのような部屋だった。たくさんある本棚には、アブなげな雰囲気の小説や詩集、あるいはスケッチブックが所狭しと並べられている。読書と絵が趣味なのだろう。刺繍も嗜むのか、菱形の土台に模様を編み込んだ作品が、壁のあちこちに飾られている。
 あまり換気していないのか、鼻に染み込むメルの香り。
 洗練されていなかった。お世辞にも綺麗とは言えなかった。でも、どういうわけか、欠けていたパズルのピースが、カチリと嵌まった気がした。上手く演じられるかどうかは不明だけど、メル・マノという少女の輪郭が、自分の中ではっきり定まった。
 つまり、魅力を理解してしまった。「あ」と口元を押さえる。
 素直に感じた。「かわいい」と。オレが好きなのは、野に咲く花のように笑う、活発な女性だったはずなのに。
 後ろから、そっと抱きしめられる。

「へ?」「女の子は自室に男の子誘うって、そういうこと、なんですよね?」

 勇気あるか細い声。かわいい少女のウェルカム。
 本能に負けそうになった時、ふと、血まみれのアリの姿が脳裏に過ぎった。オレを助けた女の子。あれからまだ、一ヶ月もたってないのに。

 固有魔法「演幻成真」が発動する。

 血まみれのアリが、目の前に立っていた。喉が渇く。カラカラに。
 彼女はオレを睨みつけ、静かに口を開く。

『あたしは?』
「えっだれっ!?」

 素っ頓狂に叫びながら振り向くメル。幻は、すでに消えていた。
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