ケン太とチュン太

紫 李鳥

文字の大きさ
4 / 4

 4

しおりを挟む
 


 そんなある日。家の外で物音がしました。

 昼寝の真っ最中だったケン太とチュン太は、その音にビクッとしました。

「……だれか来た」

 ケン太がささやきました。

「……人間だ」

 チュン太もささやきました。

「……どうする? 窓には鍵がかかってるから、他に出口はないぜ」

 ケン太が不安げに言いました。

「ちょっと待って。……何か方法はないかな」

 チュン太はそう呟きながら、わらぶきの屋根を突き破っている一本の竹を見上げました。



 保健所の職員が中に入ると、ケン太とチュン太の姿はなく、竹が突き破った天井からは空が覗いて、その下には、たくさんのわらくずが落ちていました。



 ケン太とチュン太はどうやって脱出したのでしょうか?

 まず、竹が開けた屋根のわらを、チュン太がくちばしでつついて穴を広げ、次にケン太を乗せると、その穴から飛んで逃げたのでした。



 その後、ケン太とチュン太はどうなったのでしょうか……。




 チュン太が飛び降りたのは、ケン太が飼われていた農家の庭でした。

 犬小屋はそのままありました。そして、犬小屋の中には、リードも首輪もきれいに洗ったピカピカの食器も置いてありました。

「チュン太、夢を叶えてくれてありがとな。チュン太と一緒にずっと旅をしたかったけど、……やっぱ、飼い主さんには恩があるからな。悲しませるわけにはいかない」

 ケン太はそう言いながら、うつむきました。

「ケン太さんの夢を叶えられてよかったです」

「……ありがとう」

「……それじゃ」

「それじゃって、どこに行くんだよ」

「また、ひとりで生きていきます」

「ここで一緒に暮らそうよ」

「エッ!」

 チュン太が目を丸くしました。

「飼い主の奥さんは優しい人だから、歓迎してくれるさ」

「……でも」

「寝床も食事もついてるんだ、チュン太にも天国さ。また、一緒に寝て、一緒にご飯食べようぜ」

「……いいの?」

「当たり前じゃないか。おれたち友だちだろ?」

「……ケン太さん」

「その前に、合図を決めとこう。おれがワンて一声鳴いたら、おれの背中に乗って、チュンて一声鳴くんだ。わかった?」

「うん、わかった」

 そのときです。

「ケン太ーーーっ!」

 ケン太の名前を呼ぶ、奥さんの声がしました。

 ケン太はオスワリをしてシッポを振りました。

「ケン太、心配してたんだよ。よかった、帰ってきてくれて……ケン太」

 奥さんはそう言って、ケン太を抱きしめながら泣いていました。

「……クンクン」

 ケン太は、奥さんの頬の涙をなめてあげました。そして、

「ワン」

 ケン太が一声鳴くと、犬小屋に隠れていたチュン太がケン太の背中に飛び乗りました。

「チュン」

 チュン太は一声鳴いて、奥さんにアピールしました。

「あら、かわいい雀。……友だちかい?」

 奥さんがケン太に訊きました。

「ワン」

 すると、ケン太が即答しました。

「そうかいそうかい。友だちができてよかったね。ふたり共お腹空いてるでしょう? 今、食べるもの持ってきてあげるからね。雀ちゃんの分も皿に入れてくるね」

 奥さんはそう言って、優しく微笑むと、ケン太の食器を手にして行きました。

「やったー! どうだ、歓迎してくれただろ?」

「うん。ケン太さんのお陰です。ありがとう」





「助かったぜ。大食漢たいしょくかんのチュン太と皿が別で」



  おわり
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ふしぎなくつ

こぐまじゅんこ
児童書・童話
うんどうかいがきらいな、けんくんの前にあらわれた 黒い服のおばあちゃん。 白い靴をくれますが……。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

夏空、到来

楠木夢路
児童書・童話
大人も読める童話です。 なっちゃんは公園からの帰り道で、小さなビンを拾います。白い液体の入った小ビン。落とし主は何と雷様だったのです。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

王さまとなぞの手紙

村崎けい子
児童書・童話
 ある国の王さまのもとに、なぞの手紙が とどきました。  そこに書かれていた もんだいを かいけつしようと、王さまは、三人の大臣(だいじん)たちに それぞれ うえ木ばちをわたすことにしました。 「にじ色の花をさかせてほしい」と―― *本作は、ミステリー風の童話です。本文及び上記紹介文中の漢字は、主に小学二年生までに学習するもののみを使用しています(それ以外は初出の際に振り仮名付)。子どもに読みやすく、大人にも読み辛くならないよう、心がけたものです。

処理中です...