詣でる女

紫 李鳥

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 俺は日課にしている朝の散歩に、愛犬のジロを伴う。ジロの名前の由来は、お察しのとおり、人をジロッと見るからだ。

 息子の公太が、近くの空き地で拾ってきた雑種だが、連れてきた時、ジロはその円らな黒目で俺をジロッと見た。その目付きは、とても賢そうに見えた。

 散歩と言っても、自宅から公園までの、往復30分程度の短いものだが、それでも毎日続けるとそれなりの効果が現れるものだ。馬鹿にできない。

 おかげで、少し気になりだした胴回りがスッキリしてきたように感じる。確実に成果が出ていた。

 “継続は力なり”そんな言葉を思い浮かべながら、その日もジロにリードを付けた。まだ、成犬に達していないジロは元気いっぱいに跳び跳ねて、来年、小学校に上がる公太とそっくりだ。



 それは、散歩をし始めて二ヶ月ほどが経った頃だった。6月ともなると、日の出が早い。朝焼けの坂道を下りて途中にある神社まで来た時だった。人気ひとけのない石段を上がる女の後ろ姿が見えた。

 素足にサンダル履きの女は、淡いベージュのスカートの裾をなびかせていた。

 ……こんな早い時間に参詣か?何か深刻な願い事でもあるのだろうか……。

 ジーパンのポケットからケータイを出して見ると、まだ7時前だった。石段を上がって女の挙動を確かめたかったが、階段の上り下りは、まだ俺のレベルでは無理だと思った。

 折角、順調に来ているのに、ここで足腰を痛めたらこれまでの努力が水の泡だ。

 ジロに引っ張られて公園まで行くと、また同じ道を戻った。


 帰宅すると、花柄のエプロンをした女房の美耶子が、テーブルに皿を並べていた。

「あ、おかえりなさい。ハムとベーコン、どっちがいい?目玉焼き」

「ベーコンにするか」

 洗面所で手を洗うとテーブルに着いて、いつものように椅子に置いてある朝刊を広げた。

「ね、公太起こしてきて」

 美耶子が流しから顔を向けた。

「まだ早いだろ」

「駄目よ。あの子寝起き悪いから早めに起こさないと」

「はいはい」

 面倒臭そうに腰を上げると、二階に上がった。


「おーい、公太、起きなさい。朝だぞ」

 青地に白い雲柄のカーテンを開けた。

「……う……う」

「おはよー。よく寝たか?」

「……パパ、だっこ」

「甘えん坊だな。ほれ」

 ベッドから抱き上げた。

「……ねむ」

 そう言って、公太は俺の肩に体重を載せた。

「もう7時だぞ。来年から小学生だろ?7時に起きる癖をつけないと」

「……うん。つける」

「じゃ、着替えろ。何着るんだ?」

「あれ」

 美耶子が用意した、机の上の綺麗に畳まれたシャツとズボンに、公太が指を指した。


 ――それから数日が経ったある日。いつものように神社まで来ると、あの女が石段を上がるところだった。

 髪を後ろに束ねた横顔がチラッと見えた。30前後だろうか、化粧っ気がないその顔は、遠目だが楚々そそとしていた。

 ところが公園から戻ると、その女が血相を変えて石段を下りてきたのだ。石段から下りた拍子に脱げたサンダルに慌てて爪先を突っ込むと、逃げるように走って行った。それはまるで、化け物でも見たかのような慌てぶりだった。

 ジロが、石段に向かって、「ウー」とうなりながらリードを引っ張ったが、俺はそれを拒んだ。正直なところ、石段を駆け上がって、何を見たのか正体を確かめたかったが、まだまだ長い石段を上るレベルではないのに気づき、諦めて帰宅した。

 当日、事務所から帰ると、いつものように食事をしながら新聞を読んでいた。

 三面を広げた途端、「エッ!」と声を出した。

【愛宕神社で、男性の遺体】

 それには、死亡推定時刻が午前7時前後とあった。ジロと散歩していた時間だ。――アッ!あの女だ。男を殺したのは……。俺の頭に、あの石段の女の顔が浮かんだ。殺されたのは、住所不定の無職、坪井典久さん(28)で、現在、関係者から話を聞いている。とあった。
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