二度殺された女

紫 李鳥

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 ――浜辺に倒れていた記憶喪失の女は、近所の漁師に助けられ、病院のベッドに居た。所持品は波に流されたのか、それとも元々持っていなかったのか、女の身元を証す物は何もなかった。

 結局、警察はテレビや新聞で顔写真を公開し、視聴者からの情報を募ることにした。

「――この女性は記憶をなくしています。ご存じのかたは、こちらまでご連絡ください」



 画面に映し出された女の顔を視た途端、土田傑つちだすぐるは、目を丸くした。

 ……死んでなかった。傑は心中で呟いた。

「……あなた、どうしたの?」

 箸を持つ手が止まった傑の様子を見て、テーブルを挟んで夕食を摂っていた新妻の成美なるみ怪訝けげんな顔を向けた。

「え?あ、いや、別に」

 ……女の記憶が戻る前に何とかしないと。傑は気を焦らせると、俄に不味くなった飯を喉に流し込んだ。

 稲垣朋江いながきともえとは半年ほど付き合っていた。だが、第一印象の清楚で物静かというイメージが、いつの日か、面白味のない、暗い性格という受け取りかたに変わっていった。

 朋江に飽きた頃、合コンで知り合った成美と交際を始めた。朋江と正反対の成美は、明朗闊達めいろうかったつで、一緒に居て楽しかった。一見派手に見えたが、意外と経済観念がしっかりしていた。

 成美と結婚した傑は、朋江に別れ話を持ち出した。途端、朋江は本性をあらわにした。

「女ができたのね。許さないから。あなたを幸せになんかさせないから」

 その、憎しみのこもった目を、傑は今でも忘れることができなかった。

 この女は根に持つタイプだ。蛇のように執拗しつように付きまとってくるに違いない。……殺すしかない。傑に殺意が芽生えた。



 甘い言葉で江の島に誘うと、隙を狙って、断崖から朋江を突き落とした。――



 傑は、だて眼鏡に黒いキャップで変装すると、朋江が入院している病院に赴いた。

 朋江の知り合いがやって来る前に、殺らなければ……。傑は焦っていた。

 その病院は、海が見える小高い丘にあった。病院の裏にある広場のベンチに座ると、新緑の木々の隙間から覗く紺碧の海を眺めた。

 さて、どうやって近付こうか……。傑は策を講じた。その時だった。ふと、辺りを見回すと、ベンチで読書をしている女が居た。

 あっ!朋江だと気付いた傑は、傍にあるポプラの木陰に慌てて隠れた。おもむろに顔を出し、朋江の特徴である長い髪を凝視した。

 すると、不意に朋江が顔を上げ、キョロキョロと辺りを見回した。ギクッとした傑は、反射的に顔を引っ込めた。

 文庫本にしおりを挟むと、朋江は腰を上げた。気付かれないように尾行し、朋江の病室を確認すると、丘を下った。暗くなるまで駅前のパチンコ屋で時間を潰すことにした。



 先刻、鍵を開けておいた非常階段から廊下に出ると、朋江が入った個室のドアノブを静かに回した。

 カーテンの隙間から差す薄明かりが、ベッドに横たわる朋江の長い髪を照らしていた。傑は何の躊躇ちゅうちょもなく、ポケットから出した黒いビニール袋を朋江の顔に押し当てた。

「うッ」

 朋江は暫く足をばたつかせていたが、やがて動きを止めた。
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