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しおりを挟む阿以子が死を覚悟した瞬間、
「待てーッ!」
背後から男の声がした。神主と長老がその声に気を取られ、握力を緩めた瞬間、阿以子は二人の手を振り払って逃げた。後方にいたのは、リュックを背負った野球帽の男だった。
(あ~、よかった。現実に戻れた)
「さあ、こっちに」
男は阿以子の手を握ると、走った。
夢中で走った。そして、神社の森を抜けた。
「ハーハーハー……。ここまで来れば大丈夫だ」
男は荒い息を立てながら辺りを見回した。
「ハァハァハァ……ありがとうございます。……あなたは?」
男から手を離した阿以子が訊いた。
「あ、神山と言います。ぶらっと一人旅してたら道に迷って。そしたら、さっきのとこに出て」
サングラスと帽子のつばで目は見えなかったが、小さな口に特徴があった。
「……私は早乙女と言います。映画を観に――」
この時、阿以子は思った。駅の回収箱にあった一枚の切符は、この神山のものに違いないと。阿以子はこの駅に降りてからの経緯を話した。
「――この村は廃村です」
少し前を行く神山が話し始めた。
「……廃村?」
「現在は存在してない村です」
「……どうして、そんな駅に電車が停まったんですか?」
「レールですよ」
「レール?」
「ええ。レールはそのまま残ってる。運転士が居眠りでもして、この駅まで来てしまったのでしょ。僕のほうも居眠りしてたから、慌てて電車から降りてアッと思ったけど、引き返すにも、電車が発車した後だった。仕方なく、その辺を散策して時間を潰してたら道に迷って。そのお陰で、ま、君に出会えたわけだけど――」
「本当にありがとうございました。神山さんに助けてもらわなかったら、今頃、私――」
「この村は昔、【映画村】という別名で名が知られていたらしい」
「【映画村】?」
「ええ。当時流行っていた最新の時代劇が何本も上映され、映画好きな観光客で賑わっていたそうだ。ところが、昭和△年から凶作が続き、若い人達が一人、二人と村を捨てた。残されたのは体を病んだ老人だけ。昔の活気を維持することなど出来るはずもなく、次第に村は過疎と化し、結果、廃村に追いやられた。つまり、幻の村だ」
「幻、……の村」
「とにかく、隣の駅に戻ろう」
神山が小走りになった。
……映画で栄えた村。今は存在していない村。……観光客を楽しみにしていたに違いない。阿以子はそんなふうに思いながら、来た道を振り返ってみた。そこには、一枚の写真のように、静止した田園風景があった。
阿以子は背筋にひんやりしたものを感じながら、先を行く神山を追った。――
隣の駅に着くと、ちょうど電車が停車していた。神山の次に切符を買って、改札を見ると駅員は居なかった。ここも無人駅のようだ。
神山の後に付いて乗った直後、ドアが閉まった。乗客の頭がぽつぽつとあった。神山の後ろの最後列に座った。
(あ~、よかったぁ、間に合って)
阿以子はホッとすると、ポシェットから携帯を取り出して開いてみた。やはり、圏外のままだった。……もしかして、携帯電話のことにも詳しいかもしれないと思い、訊いてみようと顔を上げると、神山の姿が無かった。
(エッ!……ど、どこに行ったの?)
別の席に移ったのかと、車内を見回したが、野球帽の神山の頭は無かった。
阿以子は運転席の近くに行くと、乗客に振り返った。
「……ウエッ」
そこに居たのは、あの神主や長老、老いた村人達だった。そして、あの、伏し目がちに微笑んでいたモギリの老婆も居た。まるで蝋人形のように、皆が微動だにせず、目を伏せていた。
訳の分からぬままに、頭がこんがらがった阿以子は、運転士に助けを求めようと、運転室のガラスを叩いた。振り向いた顔は、
埴輪のように目の玉が無く、その小さな口は神山に似ていた。――
「ギャーーーッ!」
ガタンゴトン
ガタンゴトン
ガタンゴトン
ガタンゴトン
ガタン……ゴトン
ガタン
ゴトン。
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