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しおりを挟むしかし、どうやって、それを明らかにすればいいのだ? 直接、尋ねれば簡単だろう。だが、それをすれば、その瞬間に柴田との別れが決定してしまう。純香はそれが怖かった。だから、嫌なことを後回しするかのように、“急がばまわれ”と言い訳をしていた。
――そして、柴田との関係が数ヶ月ほど続いた頃、事態が変わった。柴田の子を宿したのだ。そのことを知った時、純香は、“因果応報”という、文字通りの意味を思い浮かべた。堕ろすこともできた。だが、それをしなかった。産むことで、柴田への復讐を兼ねたのだ。復讐の実現を後回しにしていた純香は、偶然に遭った懐妊を復讐の手段にした。
娠ったことを告げると、柴田は少年のような初々しい笑顔を見せた。――入籍したのは、それから間もなくのことだった。柴田は早速、ベッドを買い替えると、家財道具を売り払った純香を迎えた。そして、仮祝言を挙げた。
母親ができたことと、来年には“お姉さん”になる喜びを、美音は素直に表現していた。
「この子が生まれたら、美音ちゃんと一回り違いになるから、同じ干支よ」
お腹に手を当てながら純香が微笑んだ。
「エトって?」
「えーとって考えてみろ」
柴田がつまらない駄洒落を言った。
「美音ちゃんはウサギ年でしょ?」
「うん」
「この子も美音ちゃんと同じウサギ年よ」
「ホントにぃ?」
「そう。どっちが欲しい? 弟と妹」
「んとね……どっちもほしい」
「ふふふ……」
「お前、欲張りだな。そしたら母さん、双子を産まなきゃいけないんだぞ。男の子と女の子の」
柴田が口を挟んだ。
「だって、どっちもほしいもん」
「財政も考えろよ。そんな子沢山じゃ、満足な食事もできないぞ」
柴田が大袈裟に言った。
「そしたら、美音が自分のを半分こにしてやるもん」
「美音ちゃんは優しいのね」
純香のその言葉に、美音が恥ずかしそうに笑った。
――梅雨明けして間もなく、純香は自慢の黒髪を短くカットした。それは、蒸し暑い時期のせいもあるが、お腹の子に集中するためでもあった。
夏休みに入ったその日、美音は友達の家に遊びに、柴田は煙草を買いに出ていた。純香は居間の掃除をしていた。――
例の禿頭の刑事は、既に純香の母親の自殺の真相を掴んでいた。だが、そのことをわざわざ純香の耳に入れる必要もないと思い、そのままにしていた。しかし、二人が結婚したことを知り、祝いがてら訪ねてみようと思った。
煙草を手にした柴田は、我が家の小さな庭の竹垣に伸びた朝顔に目をやりながら、その隙間から窓の開いた居間を覗くと、ミニスカートの純香が掃除機を動かしていた。柴田はその光景に見覚えがあった。――アッ! 二十年前の光景が甦った。
――あれは夏休みだった。大学が東京だった俺は、休みを利用して帰省していた。そして、高校の時の友達で、富山の大学に行っていた松崎と、岩瀬浜の海岸に遊びに行った。その浜辺の近くにあった家の竹垣には、朝顔の蔓が絡まっていた。植物が好きだった松崎は、その家の背の低い竹垣に向かっていた。
「おい、行くぞ」
俺はそう言いながら、松崎の後をついていた。すると、窓を開放した家の中に、掃除機を動かすショートヘアにミニスカートの女の後ろ姿があった。
「おい、早く行くぞ」
俺はそう言って、松崎を置いて海辺に向かった。ところが、松崎はやって来なかった。――
「……君はあの人の」
掃除機の音で、純香は柴田の言ったことが聞き取れなかった。
「何?」
そう聞き返して、掃除機のスイッチを切った。
「……君はあの人の、……娘さんだったのか」
そこには、柴田の徒ならぬ顔があった。純香は自分の正体がバレたことを知った。
「岩瀬浜の……」
「……」
髪を切ったのも、ミニスカートで掃除をしたのも、意図的なものではなかった。偶然に重なった条件だった。だが、その偶然は皮肉にも寓意として、柴田の知るところとなった。
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