過去を消した女

紫 李鳥

文字の大きさ
8 / 12

八話

しおりを挟む
 


「……なんで」

「土手のとこに行ったら、ニジコさんが歩かなくなって。どうしたの?ってきいたら、おどろいた顔をしたまま何も言わないんだ。なんか不吉な予感がしたから、ニジコさんの手を引いて帰ってきた」

「…………」

「……きおくがもどってほしくないな」

「どうして」

「だって、きおくがもどったら帰っちゃうでしょ?」

「……ああ」

「土手のとこに行かなきゃよかった……」

 落ち込んだ大輝の様子を背中に感じていた。



 虹子は客間に籠っていた。虹子の判断に任せようと思い、声を掛けなかった。



 ところが、昼近くになると、何事も無かったかのように虹子が台所にやって来た。テーブルでお茶を飲んでいた俺は、前で宿題をしていた大輝と共に虹子の挙動を目で追っていた。

「お昼は何にしようか……」

 冷蔵庫を覗きながら、虹子が独り言のように言った。

「ナポリタンと素うどん、どっちがいい?素うどんがいい人」

 虹子が俺たちを見ながら聞いた。俺が挙手した。

「ナポリタンがいい人」

「ハイハイっ!」

 大輝が手を挙げると、虹子も挙げた。

「二対一でナポリタンに決まりました」

 虹子はそう言って、前掛けをすると、手を洗った。目の前には、大輝の笑顔があった。
 



 それから間も無くしてだった。虹子は居間の掃除をしていた。

「こんにちはっ!」

 声と同時に戸が開いた。

「はーいっ」

 書斎から玄関を覗くと、駐在所の西山巡査だった。

「先生、どうも、こんにちは」

「あ、こんにちは」

 俺が挨拶すると、居間から虹子が玄関を覗いた。西山を見た途端、慌てて奥に引っ込んだ。

「どなたですか?」

 虹子のことを西山が尋ねた。

「あ……姪っ子です」

 虹子の挙動で、何かしら不安を感じた俺は、咄嗟に出任せを言った。

「ほーう、姪っ子さんがいらしてたんですかぁ……忙しいとこすまんです。実は先月になりますが、この先の渓流のとこに老人が倒れてまして。今、〈白井医院〉に入院してるんですが、どうも記憶をなくしてるみたいでな」

「!……」

「名前も住所も思い出せん状態で。何か犯罪に巻き込まれたんではないかと、事件と事故の両面から捜査してるんですが、何か変わったことや気付いたことは無いかと思って訪ねた次第です」

「さあ……特に変わったことは無いですね。姪っ子が遊びに来たのは今週ですし」

 その老人と虹子の繋がりを避けるために、故意に虹子の来た日を偽った。

「いつものように、執筆に追われている毎日です」

「そうですか。じゃ、何か気付いたことや思い出したがありましたら電話を頼みます」

 西山が背を向けた。

「分かりました。ご苦労さまです」

 ……その老人と虹子とは何か関係があるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...