過去を消した女

紫 李鳥

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九話

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 西山が帰ると、その辺の掃除をしてましたと言わんばかりに、雑巾を手にした虹子が顔を出した。



 ――そして、虹子が消えた。 

 買い出しから戻ると、テーブルの上に置き手紙があった。


《この度は、大変お世話になりました。
 ありがとうございました。
 大輝君に宜しくお伝えください。

 紅虹様へ
  虹子より》


 客間を覗くと、綺麗に片付けられ、虹子の居た形跡すら拭われていた。――



 いつものように、ガラガラっ!と戸が開くと、

「ただいまっ!」

 大輝の元気な声がした。

「……おかえり」

 俺は原稿用紙の活字に目を落としながら、そう、呟いた。

 虹子を探しているのか、台所から順に浴室やトイレを覗いている大輝の足音が聞こえていた。

 客間を見終えた大輝がやって来た。

「お父さん、ニジコさんは?」

「……帰った」

 大輝の顔を見ずに言った。

「エッ……」

 がっかりした大輝の顔が想像できた。

 そして、涙を堪えているような無言の大輝が、いつまでも背後に居た。



 久し振りに食事を作った。虹子の料理が当然のようになっていた昨今、大輝は俺の料理に何ら反応を示さなかった。

「どうだ、味のほうは」

「……まあまあ」

 野菜炒めに箸は付けていたが、食は進んでいなかった。そんな大輝に気兼ねして、俺は晩酌も控えた。

「……きおくがもどったから帰ったの?」

 大輝が小さな声で聞いた。

「……多分な」

「……もう、会えないの?」

 大輝が涙を溜めて、俺を見た。

「……さあな」

 俺は目を逸らした。

 大輝は、洟(はなみず)を啜ると、手の甲で涙を拭った。

「……会いたいのか?」

 俺の問いに、大輝は頷いた。

「お父さんは?」

「……大輝と同じだ」

「じゃ、さがそー」

 大輝が眼を輝かせた。

「どうやって」

「……わかんないけど、お父さんならわかるでしょ?小説家なんだから」

「うむ……考えとくよ」

「ホントだよ、約束だよ」

「……ああ」

「ヤッター」

 俄然、大輝の箸が進んだ。 



 虹子が、西山が語った記憶喪失の老人と関わりがあるなら、新聞記事にそのヒントがある筈だ。

 俺は溜まった新聞から、二週間ほど前のを探した。

 あった!


《26日、午後4時ごろ、大原の渓流の茂みに70前後の男性が倒れていた。発見したのは、犬の散歩をしていた近所の住人で、男性は土手から転落したとみられ、頭部に出血はあったものの、命に別状はなく、軽症とのこと。
 ただ、記憶をなくしているらしく、自分の名前や住所がわからないとのことです。
 男性の持ち物に、身元を証す物はなく、事件と事故の両面から捜査をしている》


 ……これだけでは何も分からない。……どうしたらいい?西山が言っていた、老人が入院しているという〈白井医院〉に行ってみるか。
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