緋い恋文

紫 李鳥

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 ちゃぶ台に麦茶を置くと、

「……ありがとうございます」

 と、すわに礼を言った。

 すわは、い草の座布団に座ると、

「いいえ。もっと早うに来たかったんどすが」

 そう言って、私を視た。

「すわさん、名前を教えてください」

「あ、まゆこ言います。すわまゆこ」

「えっ!」

 まゆこ?……あの手紙にあった名前は万由子だ。周防は“すおう”ではなく、“すわ”と読むのか。私は勝手に、すわは、諏訪神社の諏訪ぐらいに思っていた。この女は、周防万由子に間違いない。

「あなた、父を知ってますよね」

 その問いに万由子は俯き、口を結んだ。その表情は苦渋に満ちていた。返事をしない万由子に苛立った私は、父の書斎に行き、例の手紙を持ってきた。

「これ、あなたですよね」

 万由子の前に手紙を置いた。万由子は、自分のものである事を認めるかのように、黙って、それを見詰めていた。

「父の愛人だったんですか」

 私は言葉を選ばなかった。腹立たしかったからだ。好意を抱いていた女の裏切りが。

「……何から話しましょうか。あなたのお父さんに初めて逢うたのは、祇園のスナックで働いている時どした。京都に出張で来てはったあなたのお父さんに出会ったんどす。もう三十年以上も前どす」

 三十年以上前?私が生まれる前のことだ。

「あなたのお父さんに一目惚れした私は、お付き合いしました。生真面目で真っ直ぐなあなたのお父さんに惹かれました」

 当時を振り返っているのか、万由子の表情が乙女のように和らいでいた。

「出張の度に、休日の度に京都に来てくれはって。幸せな時間どした。……そして、妊娠しました」

 若い頃に子供を亡くしたと言っていたが、それが父との間に生まれた子供だったのか?

「奥様がいることを知りながら、それでもどうしても生みたかったんどす」

 父は不倫をしていたのか。

「その子が、亡くなった子ですか?」

「いいえ。生きてます」

「えっ!」

「目の前にいます」

「…………」

 あまりの衝撃に私は言葉も出ず、万由子を睨み付けていた。そして、冷静に“生きている”“目の前にいる”という言葉のピースを組み立てていた。……私は父と万由子の子供?

「私は一人で育てるつもりやった。ところが、奥様の知るところとなり、子供に恵まれなかった奥様が、私の生んだ子を欲しいとおっしゃって」

 死んだ母は、実の親ではなかったと言うのか。

「嘘よ。……嘘よっ!」

 俄に怒りが込み上げ、私は思わず叫んだ。すると、縁側で昼寝をしていたミケが私の声に驚いたのか、ゆっくりとやって来て、伸びをした。そして、万由子の顔を眺めると、その傍らで横になり昼寝の続きをした。ミケの仲裁のお陰で、私の怒りは収まっていた。

 万由子は、ミケの首を撫でながら、

「ミケちゃんですか?はじめまして」

 と、子供に話し掛けるような言い方をした。

 この人が私の実の母。両親が亡くなったから近付いてきたのだろうか。

「どうして、自分で育てなかったの?」

「育てたかった。けど、両親が揃った家庭のほうが幸せに決まってます。幸せに暮らしてほしかった。だから……」

「どうして、今頃になって私に近付いたの?」

「逢いたかった。話したかった。抱きしめたかった」

 万由子は、つらそうな表情で心情を吐露した。

「信じてもらえへんかもしれんけど、あなたを想う気持ちは誰にも負けへん」

「自分勝手な。今頃になって。私の母は、三年前に亡くなった母だけです。帰ってください」

 冷酷に言い放すと、無表情で万由子を睨み付けた。万由子は目を伏せると、おもむろに立ち上がった。

「……嫌な思いをさせてごめんね。……お元気で」

 背を向けたままでそう言うと、万由子は草履を履いた。

「あなたに会えて良かった。お話できて良かった。ありがとう」

 万由子は振り向いてそう言うと、深々と頭を下げ、玄関の戸を開けた。そして、柔らかな笑みを残して戸を閉めた。
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