『ペーパー・ムーン』のように

紫 李鳥

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 それは、甲州街道のスーパーマーケットに、友季子と一緒に昼食の弁当を買いに行った時だった。

 見覚えのある後ろ姿の女が、女の子を連れて買い物をしていた。ニット帽で顔ははっきり見えないが、その女の醸し出す雰囲気は、過ぎ去った日々の一端に記憶としてあった。

 顔を確かめて声をかける勇気はなかった。“美しい恋愛”ばかりを経験したわけではない、という後ろめたさが隆雄の中にあったからだ。

 友季子より2つ、3つ小さい子が女と手を繋いでいた。ふと、友季子に振り向くと、出来立ての弁当を選ぶのに夢中だった。

 買い物を終えたのか、女はレジに向かっていた。

「父さんはシャケ弁。選んだら車に戻ってなさい」

「えっ、お父さんは?」

「ちょっと、知り合いに会ってくる」

 隆雄は、2枚の紙幣と車のキーを渡した。



 近所に住んでいるのか、レジ袋を提げ、子供の手を引いた女は歩きだった。

 歩道から路地に曲がった女を尾けると、間もなく新築の一戸建てに入った。素通りして、表札を一瞥すると、〈沢田〉とあった。

 沢田という苗字には記憶がない。旦那の苗字か。さて、どうする。顔を確かめようか、やめようか。

 結局、隆雄はブザーを押していた。

「はーいっ」

 明るい返事と共に玄関に向かって来る足音がしていた。

「どちら様ですか」

 中から尋ねた。

「久保田隆雄……です」

 過去に付き合いがあれば、名前に思い当たるはずだ。

「えっ! タカオさん?」

「ええ」

「宮崎の?」

「……え」

 宮崎は隆雄の出身地だった。だが、当のあんたは誰なんだ? 出身地を知ってるぐらいだから、相当親しい関係だったに違いない。早く顔を見せてくれ。隆雄の焦燥感に応えるかのように、慌ただしく鍵が開けられた。

 開いたドアの、そこにあった、その顔を視た途端、走馬灯のように青春時代が蘇った。

「……マコ……ちゃん?」

 少しふっくらしていたが、キュートな顔立ちは変わっていなかった。

「……タカオさん」

 すがるような弱々しい視線も当時のままだった。

「……元気だったのか?」

「……ええ」

 感極まったのか、眞子は瞳を濡らしていた。隆雄は抱き締めたい衝動を抑えた。

「……おかあさん」

 女の子が傍に来た。

「あ、娘です」

「こんにちは」

「……こんにちわ」

 女の子は恥ずかしそうに眞子の後ろに隠れた。

「……じゃあ、電話をくれ。住所も書くよ」

「ええ。私も書くわ。待ってて、書くもの持ってくる」

 眞子が背を向けた。

「お名前は?」

「……サワダミホ」

「ミホちゃんか。何年生?」

「……2年生」

「2年生か。おじさんにも5年生の娘がいるよ。今度会ったら仲良くしてくれる?」

「うん、いいよ」

 ミホははにかむように笑った。



 車に戻ると、ハンバーグ弁当を食べながら友季子が含み笑いをした。

「……なんだよ、気持ち悪いな」

「クッ。サワダって誰んち?」

「なんだお前、尾けてたのか」

 シャケ弁の蓋を開けながら、友季子を睨んだ。

「だって、きょどうふしんだったんだもん。こりゃあ、なんかあるなと思ってさ」

「……悪趣味だな。親子の間にも秩序があるんだぞ」

「子供が親のこと知ったら、どうしていけないの?」

 友季子が涙を溜めてムキになっていた。それに気づいた隆雄は、びっくりした顔をした。

 ったく、感情的なんだから。隆雄はそう思いながら、

「……後でゆっくり話すから泣くな」

 となだめた。

 友季子は鼻をすすっていた。

「夕食は何食べよ――」

 食べ物で釣ることにした。

「すき焼き」

 友季子は横を向いて即答した。

「ううむ……よしっ、すき焼きにしよう」

 ったく、腹いせで高いのにしやがって。隆雄はそう思いながらも、機嫌直しに成功したので一安心だった。
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