『ペーパー・ムーン』のように

紫 李鳥

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 仕方なく、眞子とのことを打ち明けた。

「――お前の母さんと結婚する前の話だ。2年ぐらい付き合ってた。大学時代に六本木のスナックでアルバイトしてる時に出会って――」

「どうしてその人と結婚しなかったの?」

 また、嫌味かよ。……ったく。隆雄は腹の中で舌打ちした。

「……他に好きな人ができて」

「それが母さん?」

「ああ……いや」

 どこまで追及する気だ。昔の話じゃないか。

「お母さんとは何番目に知り合ったの?」

 刑事に取り調べられてるみたいだった。

「んと、……次の次の次かな」

「お母さんと会う前に、誰かさんと結婚してたら、私はこの世に生まれてなかったわけだ」

 容赦ようしゃなかった。

「……お前をこの世に授けてほしかったからお母さんと結婚したんだろ?」

 口から出任せにしては、我ながら惚れ惚れする台詞せりふじゃん。隆雄は自画自賛した。

「……ホントに?」

 ほら、友季子の機嫌が直ったじゃん。やりーっ。

「ああ、ホントさ」

 父親としての威厳をキープできたかも。クッ。隆雄は安堵あんどした。

「……お父さん」

 和らいだ表情で友季子が見た。

「あいよ。さて、夕食は新宿でして、そろそろ家に帰るか」

「ダメだよ、まだ。もっとかせごう」

 なんだよ、さっきのしおらしさは。一瞬にして、本来のじゃじゃ馬に戻るんだから。別れたお前の母さんとそっくりだ。

 新宿に向かう途中、適当な店を見つけると、友季子はヤル気満々で車を降りた。



「――だって、おばあちゃんからのプレゼントだもん。誕生日おめでとう、ユキコって」

 アッ! と思ったが遅かった。油断した友季子は、うっかり本名を口走ってしまった。

 ああ……どうしよう。いまさらサチコって言い直せない。9,000円損することになるのかな……。友季子はパニクった。

「あらっ」

 レジのおばさんが万札をじっと視ていた。

 もう、ダメだ。バレてしまった。友季子は逃げ出したい衝動に駆られた。

「ホントだわ。誕生日おめでとう、ユキコって書いてある」

 えーっ? 友季子は目を丸くした。

「ごめんね、おばちゃんの勘違いだったみたい。はい、9,000円ね」

 友季子はそれを受け取ると、今にも泣き出しそうな表情を演じて店を出た。



 急いで車に乗ると、

「お父さん、ユキコって書いた? 一万円に」

 いきなり訊いた。

「はあ?」

 ハンドルを回しながら、隆雄がわけの分からない顔をした。

「一万円に、誕生日おめでとう、ユキコって書いた?」

「……さあ」

 小首を傾げた。

「さあー、じゃないわよ。でも、そのおかげでラッキーだったんだけどさ。ネッ?」

「ん?」

 隆雄がチラッと視た。

「お父さんと私、いしんでんしんだね」

 友季子は一人、感激していた。

「そう? 分かんないけど」

「だって、私がうっかりして、サチコじゃなくて、ユキコって言ったら、一万円にユキコって書いてあったみたいなの」

「へー、そんな偶然もあるんだな」

「なによ、自分で書いといて。私がサチコって言ってたら、9,000円はどうなったと思う?」

「……はて」

「もー。名前が違うから変に思うでしょ?」

「……だよな」

「そしたら、おつりの9,000円はどうなるの? もらえない?」

「貰えるさ」

「えー! どうやって?」

「何もしなくてもさ」

「……え?」

「“幸子”は、サチコともユキコとも読めるだろ?」

「……あっ、そうか。だから、私が言い間違えてもいいように、偽名を“幸子”って漢字にしたの?」

「いやぁ、幸子ってポピュラーな名前じゃん。単にそれだけ」

「ガクッ。なーんだ、さすがだと思ったのにがっかり」
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