『ペーパー・ムーン』のように

紫 李鳥

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 10日ぶりに家に帰った。

「旅もいいけど、わが家もいいね」

 友季子はそう言いながら、冷蔵庫から紙パックのオレンジジュースを出した。

「ああ。やっぱりくつろぐね、我が家は」

 畳の上に大の字になった。

「……お父さん」

「ん?」

「沢田っていう人のこと、好きなの?」

 また、訊問かよ。と隆雄は思った。

「……好きだから付き合ってたんだろ」

 上半身を起こすと、ジャケットのポケットからたばこを出した。

「お母さんは?」

 グラスに注いだジュースを飲んだ。

「……もちろん、好きだったさ」

「じゃ、どうして離婚したの?」

「……父さんが不甲斐ふがいないからさ。お前も知っての通り、セールスも下手だしな」

 離婚の真相はそうではなかった。女房に他に好きな男ができて出ていった。友季子が4歳の時だ。当時は、兄夫婦と暮らしていた母が上京して、幼い友季子の世話をしてくれていた。この先も離婚の真相を語ることはないだろう。友季子の想う母親のイメージを美しいままにしておいてやりたかった。



 それから間もなくして、辞めた会社の先輩から仕事の電話があった。「会社を興すから手伝ってほしい」というもので、隆雄の経理の実績を見込んでの誘いだった。棚ぼたとはこういうことだろうか。隆雄は二つ返事で快諾した。




 再び会社勤めを始めた隆雄の許に眞子からの手紙が届いたのは、2月に入って間もなくだった。

〈――先日、仕事の事故で主人が亡くなりました。ここに居ても仕事はありませんので、家を売って、隆雄さんの近所でアパートを探すつもりでいます。その時は相談に乗ってください。よろしくお願いします。久保田隆雄様 浅野眞子〉


「友季子」

 隆雄は食後のたばこを吸っていた。

「ん?」

 友季子は、リビングのテーブルで教科書を開いていた。

「……妹、欲しくないか」

「なによ、いきなり」

 隆雄を視た。

「……お母さんは?」

「そりゃ欲しいけど。……なに、見合いでもするつもり?」

「……みたいなもんだ」

「いつ?」

「いつでも。お前の都合に合わせる」

「会ってみないとね。お父さんが好きでも、私が嫌いだったら、だんこ反対するからね」

「……分かった」

 相手が、眞子だということは伏せた。



 眞子とミホがやって来たのは、次の休日だった。友季子が待つリビングに二人を案内した。

「友季子、浅野さんだ」

 隆雄の紹介で、友季子が会釈をした。

「浅野眞子と申します。初めまして」

 眞子が頭を下げた。

「久保田友季子です。はじめまして」

 友季子も頭を下げた。

「あ、娘のミホです」

「こんにちは」

 友季子がミホに微笑んだ。

「……こんにちわ」

 恥ずかしそうに眞子の後ろに隠れた。友季子は二人に好印象を持ったようだ。



 入籍したのは、二人の娘が進級する前だった。眞子が、例の“沢田”であることはいずれ友季子に知れるだろう。また、感情的になるかもしれないが、その時はその時だ。それまでに少しは大人になってくれてればいいが……。



 ――満開の桜が散らす花びらの中で、4人は記念写真を撮った。写真を見てみると、隆雄の横で微笑む眞子と、前で笑う友季子がどことなく似ていると隆雄は思った。友季子は別れた妻似。つまり、隆雄の好みの顔のタイプは偏っているということになる。写真は真を写すと書く。肉眼では気づかない真実が写真の中にはあるのかもしれない。

 そして、来年には家族が一人増える。隆雄は、その子が男児であることを願った。男一人じゃ、女共に太刀打ちできない。

 どうか、男の子を授けてください。……仲間が欲しいんです。それが、気弱な隆雄の本音だった。





  完
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