2 / 5
2
しおりを挟む近くの喫茶店で仕事の内容を聞かされた与志子は、晃が運転するシルバーの外車に乗った。
……相手が同性だという、ただそれだけのことなのに、なぜかしら落ち着く。……もしかして。
与志子はこの時初めて、自分が“性同一性障害”ではないかと思った。
……そう言えば、物心が付いた頃から女子にしか興味がなかった。友達になるのも、好きになるのも、決まって大人しそうな可愛い系タイプだった。
男手で育てられたせいか、気性も男っぽいところがある。――だから、あの、正彦から受けた屈辱感は、異性嫌いに更に輪を掛ける要因になっていた。
青山にある晃の店は、ロココ調の宮殿を思わせる造りだった。高い天井からは重そうなシャンデリアが垂れ、大理石のテーブルや小豆色のビロードの椅子も高級感を演出していた。
晃が淹れた紅茶を飲んでいると、アンティークなドアが開いた。そこに現れたのは、ボサボサ頭のサンダル履きの男だった。
「紹介しよう。オノヨシコさんだ。こちら、この店のマスター、カズオだ」
「小生与志子です。よろしくお願いします」
頭を下げた。すぐに顔を上げて一男を見たが、無表情だった。
「スカウトした。なかなかいいだろう?」
「うむ……。少し痩せてるが、悪くないですね」
寝起きなのか、がらがら声だった。
……喉仏をチェック。――ない。やっぱり女だ。でもそれ以外は、どこから見ても男だ。スゴい。カッコいい。与志子は感激しながら、一男をジロジロ見ていた。
「磨けば光るぞ。福島の生まれだそうだ。訛りがないんで訊いたら、親父さんが東京に長年住んでいたらしく、標準語で育てたんだと。しゃれたことをする。高校を卒業したばかりで、右も左も分からない。色々教えてやってくれ」
「……よろしくお願いします」
軽く会釈した。
「うむ……。まず、このマフラーを取ろうか」
横に座った一男の綺麗な指が、与志子が首に巻いていたマフラーのボンボンを掴んだ。途端、互いは何かに引き寄せられるように見詰め合った。――
源氏名を佳男にしてから既に三年が過ぎ、与志子は一人前の“タチ”になっていた。当初、店の二階の一男の部屋に間借りをしていたが、一年足らずで近くにアパートを借りた。自活しながら、故郷にも仕送りをしていた。
当初は一男のコーディネートに任せていたファッションも、今では自分の趣味嗜好に拘るまでになっていた。
また、女性の好みも一男とは対照的だった。一男は、肉感的な成熟した女性を好み、与志子のほうは小柄で細身の可憐な女性がタイプだった。
一男には恋人がいた。銀座のクラブで雇われママをやっている由紀だった。由紀は一男より五つ、六つ上だろうか。美しい女で、花に例えるなら真紅のバラと言った感じだ。だが、由紀には、榎田というパトロンがいた。
一男は由紀に惚れていた。その夜も、由紀は一人で呑みに来ると、由紀の指定席になっている、人目につかないVIP席に案内された。店では二人の関係は公然の秘密だった。
「なんだよ。昨日来るって言うから待ってたんだろが」
一男は席に着くなり文句を言った。
「だって、急用ができたんだもの」
「だったら、電話しろよ」
「分かったから。もう怒らないで」
「榎田と週に一度しか会ってないんなら、俺に会う時間はたっぷりあるだろよ。それとも、榎田と頻繁に会ってるのか?」
「そんなことないわよ。何怒ってるのよ、もう」
由紀が不貞腐れた。
「榎田より俺達のほうが長いんだからな。分かってんのか」
一男は執拗だった。
「呑んでんの?今日は変よ」
「もうちょっとしたら二階に行ってろ。早めに帰るから」
一男はポケットから出した鍵を由紀に渡すと、晃に目配せをして席を立った。代わりに晃が由紀を接待した。
――与志子は、好みの女性に奉仕したいという欲求が芽生えていた。街を歩いていても、タイプの子には自然と目が行く。するとすぐに名刺を渡す。「ヨシオです。お待ちしてます」と一言添えて。
一男と青山通りを歩いたりすると、宝塚の男役と言った具合に、若い女性の視線を集めた。そんな時、社交的な与志子はスターになったつもりで手を振る。
――その夜、クラブ〈晃〉は盛況だった。一男の客が三組来ていた。一男を目当ての客は必ず一人でしか来ない。その一人、二十半ばのホステス、美夜子が、長時間ほったらかしにされて激怒した。
「ちょっと、マスター呼びなさい!」
新米の麗人に命令した。新米は小さくなると、急いで一男を呼びに行った。
「ごめん、ごめん。待たせたね」
慌てて駆け付けた一男が、美夜子の肩に腕を回した。
「何よ、あんなブスと踊って。私をほったらかして」
美夜子は酩酊していた。
「悪かったよ。あんまり呑むな」
「冗談じゃないわよ。騙されないわよ。あの客ともデキてるんでしょっ!」
今にも泣き出しそうだった。
「デキてないよ。ただの客だよ」
「フン、馬鹿にしないでよ。私があんたに幾ら注ぎ込んだと思ってんの?いい加減にしてよ!」
そう怒鳴って、氷の溶けた一男のグラスを手にすると、一男の顔にひっかけた。途端、周りの客がざわついた。一男は一瞬無表情になったが、すぐにニヤリとすると、
「ありがとうございました」
と深くお辞儀をして、
「もう二度と来るな」
と低い声でドスを利かせた。美夜子は悔しそうな顔をすると、逃げるように店を出て行った。
一男は徐にハンカチを出すと、濡れた顔を押さえながら席を立った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる