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第一章 孵卵
第四話 誘拐 4 1-4-2/3 8
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キリに案内され、村の浴場へたどり着いたユミは貸し切りの状態となっていた。普段はこの時間から浴場を使う者はいないとのことだった。――結局キリはユミと入ることを拒否した。
脱衣所で寝巻を脱ぎ、右腕の包帯を取ると傷跡があらわになる。そこは既にかさぶたで覆われ赤い筋が入っていたが、優しく手ぬぐいで拭くぐらいなら問題なさそうだった。少し治りが早い気もする。
浴室に入ると、蓬の香りが鼻の奥まで広がった。湯舟は10人ぐらい浸かれそうな広さがある。
床に置かれていた桶に湯を汲み、手ぬぐいを湿らせ体を拭いていく。早く肩まで湯に浸かってしまいたいが、他所の村の風呂を汚すのは気が引けた。
体の次は髪を洗う。初めのうちはそのごわごわとした感触に、こんなに汚れていたのかと不快感を覚えたが、徐々に指が髪の間を通るようになっていった。
これで良しとつぶやき、浴槽へ向かう。そろりそろりと左足を湯舟に伸ばし、底に着いたことを確認すると右足も湯へ誘《いざな》う。
足元から伝わってくる温もりに耐えきれず、ぐっと身を屈めた。
「……ふはぁああああ」
湯舟の縁に背中を預け大きな声で唸る。イチカの近くの川で水浴びした時とは全く異なる心地のよさだ。
「ユミー。熱くないー?」
ユミの唸りが聞こえたからだろうか、外からキリが返してくれる。火の面倒を見てくれているらしい。
「ちょーどいいよー」
「冷めてきたらまた言ってねー」
「はーい」
――ここまで長かったな。
まだ何も終わっていないのに達成感を感じてしまう。
「ねぇキリー、ここの村は何ていうのー?」
「ラシノー」
聞いたこともない名前だった。尤もユミは、ウラヤの他にはトミサしか知らなかったが。
とは言え、ユミが歩いてきた道のりを考えるとウラヤからそう遠くはないのだろう。
「ユミはさっきウラヤに帰るって言ってたよねー」
「うーん」
「ウラヤって、どこにあるのー?」
難しい問いだ。それが分かればとっくに帰っている。
「森を抜けたとこー」
少し考えてから答えた。間違ってはいないが、その答えは変な感じがする。
ユミがたまたまラシノへたどり着いたように、また森に入ったところで抜けた先がウラヤであるとは限らないだろう。
「じゃあウラヤってどんなとこー?」
「お母さんがいてー。ソラがいてー。せんせーがいてー……。みんな仲良く暮らしてるよー」
どんなところかと訊かれても、ユミにとってのウラヤはこれがほぼ全てだった。
「ソラってほんとにいるんだー」
キリの母親の言うことに間違いがなければ、キリにはソラという姉がいるはずだ。友人のソラと同一人物であるかは未確定であるが。
「キリのお母さんの名前ってー、なんていうのー?」
「アイー」
やはり聞いたことの無い名前だ。ウラヤのソラの母親であると判断するには材料が足りない。
「ソラってどんな人ー?」
「とってもやさしーよー。それとー、キリと少し似てるかもー」
キリの頬に触れた時の感想を述べる。
「へー。じゃあそのソラがー、僕の姉さーん?」
似ているのならば本当に姉弟なのかもしれない。
しかしそれでは、ソラがアイの娘だということになる。
ウラヤの子供たちは親のことを気にしない。そういうものだと教えられる。
ユミはそういうものとはどういうものかとヤマに問うたことがある。親がいない子供は鸛が運んでくるのだと彼女は言っていた。
ならソラも鸛が運んできたのかと続けて問うと、ヤマは何とも言えない苦い顔になり、そうだと答えていた。
「キリって今いくつなのー?」
「じゅーいちー」
ソラは12だ。年齢的には姉弟であることはあり得る。
しかし、アイが産んだソラを鸛がウラヤまで運んだというのだろうか。なんとも荒唐無稽な話だ。
「ソラはキリのお姉ちゃんかもしれないねー」
「じゃあー、会ってみたいなー」
母親から虐待を受け、姉とは生き別れ、優しい父親は……、亡くなったと思われる。
ウラヤの子供は親のことを気にしないが、家族の状況が分かっているキリもまた散々な思いをしているのだろう。
ユミはキリのことを何とかしてあげたいという気になり、とんでもないことを口にする。
「キリも私といっしょにくるー?」
「……いきたい」
か細い声で、よく聞こえなかった。
「えー?」
「行きたい! ユミと一緒に行きたい!」
「よし行こう!」
ユミはがばっと立ち上がり、湯舟の縁に足をかける。体は十分に温まった。心にも高揚感が満ちている。
脱衣所で寝巻を脱ぎ、右腕の包帯を取ると傷跡があらわになる。そこは既にかさぶたで覆われ赤い筋が入っていたが、優しく手ぬぐいで拭くぐらいなら問題なさそうだった。少し治りが早い気もする。
浴室に入ると、蓬の香りが鼻の奥まで広がった。湯舟は10人ぐらい浸かれそうな広さがある。
床に置かれていた桶に湯を汲み、手ぬぐいを湿らせ体を拭いていく。早く肩まで湯に浸かってしまいたいが、他所の村の風呂を汚すのは気が引けた。
体の次は髪を洗う。初めのうちはそのごわごわとした感触に、こんなに汚れていたのかと不快感を覚えたが、徐々に指が髪の間を通るようになっていった。
これで良しとつぶやき、浴槽へ向かう。そろりそろりと左足を湯舟に伸ばし、底に着いたことを確認すると右足も湯へ誘《いざな》う。
足元から伝わってくる温もりに耐えきれず、ぐっと身を屈めた。
「……ふはぁああああ」
湯舟の縁に背中を預け大きな声で唸る。イチカの近くの川で水浴びした時とは全く異なる心地のよさだ。
「ユミー。熱くないー?」
ユミの唸りが聞こえたからだろうか、外からキリが返してくれる。火の面倒を見てくれているらしい。
「ちょーどいいよー」
「冷めてきたらまた言ってねー」
「はーい」
――ここまで長かったな。
まだ何も終わっていないのに達成感を感じてしまう。
「ねぇキリー、ここの村は何ていうのー?」
「ラシノー」
聞いたこともない名前だった。尤もユミは、ウラヤの他にはトミサしか知らなかったが。
とは言え、ユミが歩いてきた道のりを考えるとウラヤからそう遠くはないのだろう。
「ユミはさっきウラヤに帰るって言ってたよねー」
「うーん」
「ウラヤって、どこにあるのー?」
難しい問いだ。それが分かればとっくに帰っている。
「森を抜けたとこー」
少し考えてから答えた。間違ってはいないが、その答えは変な感じがする。
ユミがたまたまラシノへたどり着いたように、また森に入ったところで抜けた先がウラヤであるとは限らないだろう。
「じゃあウラヤってどんなとこー?」
「お母さんがいてー。ソラがいてー。せんせーがいてー……。みんな仲良く暮らしてるよー」
どんなところかと訊かれても、ユミにとってのウラヤはこれがほぼ全てだった。
「ソラってほんとにいるんだー」
キリの母親の言うことに間違いがなければ、キリにはソラという姉がいるはずだ。友人のソラと同一人物であるかは未確定であるが。
「キリのお母さんの名前ってー、なんていうのー?」
「アイー」
やはり聞いたことの無い名前だ。ウラヤのソラの母親であると判断するには材料が足りない。
「ソラってどんな人ー?」
「とってもやさしーよー。それとー、キリと少し似てるかもー」
キリの頬に触れた時の感想を述べる。
「へー。じゃあそのソラがー、僕の姉さーん?」
似ているのならば本当に姉弟なのかもしれない。
しかしそれでは、ソラがアイの娘だということになる。
ウラヤの子供たちは親のことを気にしない。そういうものだと教えられる。
ユミはそういうものとはどういうものかとヤマに問うたことがある。親がいない子供は鸛が運んでくるのだと彼女は言っていた。
ならソラも鸛が運んできたのかと続けて問うと、ヤマは何とも言えない苦い顔になり、そうだと答えていた。
「キリって今いくつなのー?」
「じゅーいちー」
ソラは12だ。年齢的には姉弟であることはあり得る。
しかし、アイが産んだソラを鸛がウラヤまで運んだというのだろうか。なんとも荒唐無稽な話だ。
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ウラヤの子供は親のことを気にしないが、家族の状況が分かっているキリもまた散々な思いをしているのだろう。
ユミはキリのことを何とかしてあげたいという気になり、とんでもないことを口にする。
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か細い声で、よく聞こえなかった。
「えー?」
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