鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第一章 孵卵

第四話 誘拐 4 1-4-3/3 9

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 ユミは絞った手ぬぐいで体を拭き、脱衣所へ出た。そこに脱ぎ置かれた寝巻を見て思い出す。
「キリー。私が着てきた服とー、持ってた風呂敷ってあるー?」
「そうだったー。持ってくるから待っててー」
 とてとてと足音が遠ざかっていく。
 良かった。荷物を無くした訳ではないんだ。
 勢いで立ち上がってしまったユミだが、この空白の時間に考える。
 
 孵卵で課せられたことはウラヤに帰ることだけだ。誰かを伴ってはならないとは聞いていない。だからこれで不合格になることはないはずだ。
 今までは1人だったから少々無茶なことをした。いざとなれば試験監督の2人が助けてくれたはずだ。
 しかしキリは別だ。クイとヤミが安全を保障する義務はない。
 何より森は迷うのだ。ユミが迷うことは無かったがキリが大丈夫とは限らない。
 
「ユミー。入るよー?」
 
 それにキリはラシノの村を出て良いのだろうか。アイを独り置いていくことになる。
 キリにとっては、折檻から逃れられるのだから幸せなことかもしれない。
 しかし、いずれはラシノに帰さなくてはならないだろう。帰ってきたキリを見てアイはどうするだろうか。
 
「ユミー?」
 
 いっそキリとともに森で定住してしまおうか。2人でイチカに暮らしてしまえばいい。あそこなら食料もあるし、雨風にさらされることもない。
 いやいや、さすがに非現実的すぎる。ウラヤに残された母はどうなるんだ。
 
 がらがらっと音がして脱衣所の戸が開く。
「置いといたから、準備終わったら出てきてねー」
 裸のユミがいるのを確認したキリは、顔を真っ赤にして戸のすぐ近くに荷物を置き、即座に退出して戸を閉めた。
 
 そもそもキリをソラに会わせるのが目的だ。まずはウラヤを目指すべきだ。当初の計画通り、イチカは拠点として使えば良い。
 何日かかるか分からないが、必ず成し遂げて見せる。
 
 ふとユミが脱衣所の入り口の方を見ると、荷物が置かれているのが見えた。いつの間にかキリが置いてくれたのだろうか。

 ――ん? キリ入ってきてた?

 ぽっと体が熱くなる。キリを風呂に誘ったのは冗談だったが、いざ裸を見られたかもとなると途端に恥ずかしくなっていた。
 しかしそれは、アイに抱いたような不快感はなく、あくまでも羞恥心だった。
「もぉキリー。入ってくるんだったら言ってよー」
「言ったよぉ」
 言っていたのか。全く聞こえなかった。
 
 これはユミの悪い癖だった。考え事をすると周りが見えなくなってしまう。ヤマからもこの点だけはよく𠮟られた。
「ごめん」
「別に謝んなくてもいいけどさー。僕の方こそごめんね」
 キリは素直な良い子だと思った。あんな母親を持ったのにまっすぐ育ったものだと感心する。

 服は綺麗に洗われ、折りたたまれていた。アイがやったのかキリがやったのかは分からないが、乾いているところを見るとそれなりの時間がかかるはずだ。

「ねぇキリー。私ってどのくらい寝てたー?」
「昨日、一日ずっと寝てたよー」
 感覚的には一晩寝て起きただけだったが、丸一日寝てしまっていたのか。アイはあんなのだが、看病してくれたことには感謝しなくてはならないと思った。
 
 服を着てから、そういえば懐に母の文を入れていたはずだと思い当たる。風呂敷の方を探ってみるが、無い。
「キリー、荷物に文が入っていたの知らない?」
「ふみー? ……あ」
 何か思い出したのだろうか。
「ごめん。母さんが破って燃やしてたかも……」
 前言撤回。やっぱりアイは異常だ。顔も見ずにさっさとここを発った方が良い。
 
 服を着て、髪を結い上げたユミは脱衣所の戸を勢いよく開ける。
 すぐ傍には、キリが笑顔で立っていた。少し沈んだ気持ちになっていたが、つられて笑顔になる。
「おまたせ!」
 ユミは体を大の字に広げ、ひらひらと袂のツツジを見せびらかす。
「かわいい……」
 そのキリの呟きに、嬉しくなったユミは調子に乗る。
「花が? それとも私が?」
「ユミ……」
 まっすぐな眼で即答するキリに、ユミは顔を赤くする。
 ユミもキリのことが可愛いと言ったが、それは妹同然のソラになぞらえてのことだ。しかし今のキリにはユミしか見えていないようだった。
 
「ユミ、腕を出して」
 ぼーっとした表情のままユミはそれに従う。
 キリは懐から包帯を取り出し、丁寧に腕に巻いていく。
「キリがやってくれてたの?」
「うん」
「ありがと」
 ユミは空いたもう一方の手でキリの頭を撫でる。
 一瞬、また気持ちの良い声を上げそうになったキリだったが、我慢してユミの右腕を注視する。
 
「いいよ」
 キリは包帯の巻き終わった腕を見て、満足そうに頷いた。
 ユミは左手で右肘を押さえ、その先を曲げ伸ばししてみる。大丈夫そうだ。包帯がずれることもない。
「ユミ、もう行くの?」
 キリはうずうずした様子を見せた。これから森に入ろうというのに怖くはないのだろうか。
「私は行けるけど。キリの準備は?」
「うーん。ウラヤまでどのくらいかかる?」
「わかんない」
「わかんない? ユミはウラヤから来たんじゃないの?」
 ユミはその辺りのことを説明していなかったと気づき、どこから話したものかと頭を捻る。
 
「……えっと、鳩は分かる?」
「うん」
「私は今、鳩になるための試験中なの」
「そうだったんだ!」
 キリは眼を丸くする。ウラヤでは仕事中の鳩をしばしば見かけるが、ラシノでは珍しいことなのだろうか。
「試験ではね。眠ってる私をいきなり森にほっぽり出すの」
「……ひどい」
 キリは顔を歪める。今にも泣きだしそうだ。

 やっぱりキリは優しい。出会ったばかりのユミのことをこんなにも思ってくれている。
「ちがう、ちがう。それはもういいの」
 キリの頭を撫でようかとも思ったが、無駄に長くなりそうなので手を引いた。
「だから、ここからウラヤまでの道がわかんない」
「それでも帰らないとだめなの?」
 ユミは決意を改める。
「そう。お母さんとソラが待ってる」
「それじゃあすぐに行かないと!」
 
―――― 

 結局キリは、今晩の食事にと豆の混じった握り飯を包み、腰にはアジサイ柄のがま口だけつけて出発することにした。
 そもそも家にはキリの持ち物がほとんど無いという。これもアイの方針なのだろうか。

 ――大丈夫、まずはイチカを目指そう。毛布を二人でかぶればもっと温かいだろうし。

 もはやユミには、キリと触れ合うことの抵抗感が消え失せていた。
「行くよ!」
 ユミは左手を差し出した。
「うん!」
 キリは元気よく頷き、ユミの手を取った。
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