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第一章 孵卵
第六話 烙印 6 1-6-2/4 15
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「いい匂いだね。ユミ!」
川で血抜きを終え、皮を剥ぎ、解体を終えるまでにほぼ1日かかってしまった。2人を照らす光の上には、肉塊に姿を変えたものが吊るされている。
肉から漂う芳香に心躍らせるキリを見て、明日からまた頑張ろうと感じていた。
「食べていい?」
「はい、どうぞ」
ユミは小刀で肉をそぎ、葉にくるんでキリに渡してやった。ユミも同じように自分の分を取る。が、しばらくキリが食べるところを見ていようと思った。
「いただきます!」
キリがかぶりつく。
「おいしい!!」
それだけ言い、どんどん食べ進めていくキリの顔には笑みが浮かんでいた。
奪った命を血肉に変え、幸せをつかみ取ろうというその姿にユミは安堵感を覚えた。
ユミにとっても念願の兎肉だ。なんとなく勿体ぶってしまったが、一口食べたぐらいでは無くならないのだ。
我慢できず肉に歯を立てる。口いっぱいに旨味が広がり、体中が満たされていく気がした。
「生きててよかった!」
これまで言ったこともない言葉を口に出してみた。
――生きててよかった?
ユミが1人で二兎を追った時は一兎も得ることができなかった。命をもてあそぶんじゃないとあざ笑うかのように。あわよくば腹の足しにしたいという軽薄な心を見透かされたかのように。
今日はキリと2人で1つの命を奪った。明確な殺意を持って。そして現在、2人で幸福を享受している。
――命を繋ぐ、か。
幸せを得るために何かを力づくで犠牲にする。何かを犠牲にすることを覚悟して、私たちは幸せになる義務があるんだ。
ユミは少しだけソラの優しさに近づいた気がした。
犠牲と言えば、キリはラシノでアイの犠牲となっていた。アイはキリを犠牲にして何か幸福を得たのだろうか。
一時の優越感? 破壊衝動の解消?
そんなものが幸せと呼べるだろうか?
アイはユミをソラと呼んでいた。アイの幸福の本質はソラの存在なのだろう。
キリを犠牲に、奇しくもソラ、のようなものを手に入れかけ、そしてキリによって逃されてしまった。
今頃アイは何を考えているだろう。その程度の覚悟じゃ幸福をつかめないぞ、とあざ笑ってやることはできただろうか。
むしろアイは、誰かの覚悟の上での犠牲なのだろうか。
アイを犠牲にして、キリはユミとの幸せを手にしていると言えなくもない。自業自得だと言いたいところだが。
いや、キリのことを思うのなら、大事なのはそこではない。
アイはキリを虐待し、犠牲にしなければならないほど追い込まれていたのかもしれない。それがソラによるものなのか?
ユミの知っているソラは確かに幸せそうだ。
ヤマによるとソラは鸛が運んできたはずだ。
鸛がアイを犠牲にして、ソラに幸せをもたらしたのだとすると、ここまでの考えに対して一応筋は通っている。
しかし、アイの言うソラがユミの知っているソラだとして、アイが晒されている犠牲に気づく必要などないとも思う。
ユミはただ、ユミと離れて暮らすソラが、幸せを維持していることを願うだけであった。
命を繋ぐと言えばもう1つ、ユミはずっと考えていたことがある。
親のいない子供は鸛が運んでくると言われたが、そうでない子供の親は鴛鴦だ。鴛鴦の鴦に命が宿るのだと聞いている。
ユミはキリの鴦となってから250日が経過している。
そろそろ腹に子が芽生えてもおかしくないのではないか、と考えていた。もちろんそんなはずはないのだが。
学習能力の高いユミではあるが、教えられてもいないことを知る由もなかった。
ユミは膨らんだ腹を愛おしそうに眺め、優しく撫でる。無論、その腹に入っているのは兎の肉である。
「どうしたの? ユミ?」
不思議そうな顔をキリが寄せてくる。
「お腹、聞いてみて?」
「……?」
言われるがままユミの腹に耳を寄せる。
「なんかとくとく言ってる!」
「!?」
驚いた顔を浮かべ、ユミは続ける。
「新しい命の音だよ」
「ほんとに!?」
言うまでも無くユミの心の臓の音だ。
「こうやって命を繋いでいくんだよ」
「じゃあ、兎さんにありがとうって言わないとね!」
ユミは分かってくれたのかと満足そうな顔をして、腹に擦りつけたままのキリの頭を撫でた。
難しいことに頭を巡らせたあげく、とんでもない答えに行きついた阿呆鴛鴦だった。
川で血抜きを終え、皮を剥ぎ、解体を終えるまでにほぼ1日かかってしまった。2人を照らす光の上には、肉塊に姿を変えたものが吊るされている。
肉から漂う芳香に心躍らせるキリを見て、明日からまた頑張ろうと感じていた。
「食べていい?」
「はい、どうぞ」
ユミは小刀で肉をそぎ、葉にくるんでキリに渡してやった。ユミも同じように自分の分を取る。が、しばらくキリが食べるところを見ていようと思った。
「いただきます!」
キリがかぶりつく。
「おいしい!!」
それだけ言い、どんどん食べ進めていくキリの顔には笑みが浮かんでいた。
奪った命を血肉に変え、幸せをつかみ取ろうというその姿にユミは安堵感を覚えた。
ユミにとっても念願の兎肉だ。なんとなく勿体ぶってしまったが、一口食べたぐらいでは無くならないのだ。
我慢できず肉に歯を立てる。口いっぱいに旨味が広がり、体中が満たされていく気がした。
「生きててよかった!」
これまで言ったこともない言葉を口に出してみた。
――生きててよかった?
ユミが1人で二兎を追った時は一兎も得ることができなかった。命をもてあそぶんじゃないとあざ笑うかのように。あわよくば腹の足しにしたいという軽薄な心を見透かされたかのように。
今日はキリと2人で1つの命を奪った。明確な殺意を持って。そして現在、2人で幸福を享受している。
――命を繋ぐ、か。
幸せを得るために何かを力づくで犠牲にする。何かを犠牲にすることを覚悟して、私たちは幸せになる義務があるんだ。
ユミは少しだけソラの優しさに近づいた気がした。
犠牲と言えば、キリはラシノでアイの犠牲となっていた。アイはキリを犠牲にして何か幸福を得たのだろうか。
一時の優越感? 破壊衝動の解消?
そんなものが幸せと呼べるだろうか?
アイはユミをソラと呼んでいた。アイの幸福の本質はソラの存在なのだろう。
キリを犠牲に、奇しくもソラ、のようなものを手に入れかけ、そしてキリによって逃されてしまった。
今頃アイは何を考えているだろう。その程度の覚悟じゃ幸福をつかめないぞ、とあざ笑ってやることはできただろうか。
むしろアイは、誰かの覚悟の上での犠牲なのだろうか。
アイを犠牲にして、キリはユミとの幸せを手にしていると言えなくもない。自業自得だと言いたいところだが。
いや、キリのことを思うのなら、大事なのはそこではない。
アイはキリを虐待し、犠牲にしなければならないほど追い込まれていたのかもしれない。それがソラによるものなのか?
ユミの知っているソラは確かに幸せそうだ。
ヤマによるとソラは鸛が運んできたはずだ。
鸛がアイを犠牲にして、ソラに幸せをもたらしたのだとすると、ここまでの考えに対して一応筋は通っている。
しかし、アイの言うソラがユミの知っているソラだとして、アイが晒されている犠牲に気づく必要などないとも思う。
ユミはただ、ユミと離れて暮らすソラが、幸せを維持していることを願うだけであった。
命を繋ぐと言えばもう1つ、ユミはずっと考えていたことがある。
親のいない子供は鸛が運んでくると言われたが、そうでない子供の親は鴛鴦だ。鴛鴦の鴦に命が宿るのだと聞いている。
ユミはキリの鴦となってから250日が経過している。
そろそろ腹に子が芽生えてもおかしくないのではないか、と考えていた。もちろんそんなはずはないのだが。
学習能力の高いユミではあるが、教えられてもいないことを知る由もなかった。
ユミは膨らんだ腹を愛おしそうに眺め、優しく撫でる。無論、その腹に入っているのは兎の肉である。
「どうしたの? ユミ?」
不思議そうな顔をキリが寄せてくる。
「お腹、聞いてみて?」
「……?」
言われるがままユミの腹に耳を寄せる。
「なんかとくとく言ってる!」
「!?」
驚いた顔を浮かべ、ユミは続ける。
「新しい命の音だよ」
「ほんとに!?」
言うまでも無くユミの心の臓の音だ。
「こうやって命を繋いでいくんだよ」
「じゃあ、兎さんにありがとうって言わないとね!」
ユミは分かってくれたのかと満足そうな顔をして、腹に擦りつけたままのキリの頭を撫でた。
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