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第一章 孵卵
第六話 烙印 6 1-6-4/4 17
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キリの声を聞き、大男はたじろぐ。
「お前……、あの時のガキか!?」
ユミの首元を縛めていた腕が少しだけ緩くなった。その隙に考え巡らせる。
キリは父親が悪いやつにやられたと言っていた。
そこから導かれる答えは1つ。
――こいつが、キリをどん底に突き落とした張本人!? 許せない!!
ユミは腰に差していた小刀に手を伸ばす。
しかし、それを抜くことができなかった。
――今、私は小刀でこの男をどうしようとした?
殺すのか? 殺せるのか? 体格差のあるこの男を。勝てるわけがない。
いや殺せる。明確な殺意を覚悟すれば。
一太刀で出来なければ、何度も繰り返し刺せば良い。兎と一緒だ。
――兎と一緒? なぜ兎は殺した? 食べるためだ。食べてキリとともに幸せを享受するためだ。
この男を殺してどうする? 食べるのか? いや、食べる必要はない。それでキリが幸せになれればいい。
キリは昨晩、兎を殺すことを躊躇った。
一方で、キリだって虫や沢蟹の類は殺してきたはずだ。なぜそれは躊躇わなかった?
兎と虫けらとの違いはなんだ?
――虫けら?
その生命を下等なものと判断していたと気づく。兎の方が上位の存在だと。それはなぜだ?
人として生きる以上、人が幸せになる道を考えれば良い。人にとって、人がこの世の最上位の存在なのだ。
虫と兎、どちらの方が人に近い? それは兎だ。兎は兎の姿で生まれ、親の乳を吸う。人も同様だ。
人に近く、上位の存在であるほど殺意を向けるのに覚悟がいる。
今ユミが小刀を抜くのを躊躇っているのは、男が兎より上位の存在だと認識しているということだ。
この男が? キリをひどい目に合わせたこの男が?
こんな奴、人の形をした獣だ!
――この下等生命め!
覚悟を決めて小刀の柄を掴む。
「やめてくれ。手加減ができなくなる」
呟いた男の手がユミの手に添えられ、そのまま動けなくなる。
「……放して!」
「俺と同じ下等生命になりたいか?」
まるでユミの腹を読んだかのように問うてくる。
先ほどはキリの幸せのために手を汚そうと覚悟した。それがキリのためになるのだと自身に言い聞かせていた。
果たして本当にそうなのだろうか?
ユミがこの大男のように手を汚し、下等生命に成り下がれば、キリは下等生命の鴛となる。
そうなればユミは鴦として2度とキリの手を握ってはいけなくなる気がした。
「……やだ」
ぞっとしたユミは小刀を掴んだ手を緩める。
「でも……、許さないから。キリのこと殴ったのは絶対に許さないから……」
「ああ、それでいい」
キリはまだ腰を抜かしたまま震えていた。
それでもその眼には、怒りの感情が宿っていた。
父と鴦の敵を見る眼だ。
いつの間にか、ユミを拘束していた腕からは手加減を感じ始めていた。抜け出そうと思えば抜け出せる。
しかし、下等生命に成り下がりかけたこの身を、キリに近づけるのが恥ずかしいと感じ始めていた。
キリを直視できず、下を向いてしまう。眼に入るのは男の腕だ。
ユミの視線はその腕の先の方、すなわち手の甲へと吸い寄せられていった。
そこに黒々とした烏の絵が刻まれていたからだ。これは何だろう。
「その娘を離しなさい!!」
不意にその場に怒声が響き渡る。
声の方に眼を向けるとひょろっとした人影が見えた。その顔に鎮座している眼鏡がぎらりと光る。
ユミはその人物とは一度対面したことがあった。
「……クイ?」
3人の前に姿を現したのはユミの試験監督だった。
ユミは予想だにしない人物の登場に、呆然とした表情を浮かべる。
「千客万来だな。こんなことはここに来てから初めてだ」
大男の口調はさも感心したような音色を帯びていた。少し弾ませた声で続けて問う。
「お前は誰だ?」
「私はクイ。その娘の試験監督です。その娘の安全を保障する義務がある」
「試験監督? ……孵卵か? まさかこんなところに紛れ込むやつが――」
「おい、女だ!女がいたぞ!」
「ちょっとぉ、自分で歩くから、引っ張んないで! て、どこさわ、ダメ! お腹だけは触っちゃダメえええええええええええええ!」
クイの後方から、男2人がかりで女を引っ張ってくるのが見えた。
右手の袂に2つ、左手の袂に2つ。合計4つの男の手が絡みついている。
大きな腹を抱えた女相手にまるで容赦がない。
「ヤミさん!!」
クイの怒声が飛ぶ。
声を聞いた男2人はその場で立ち止まり、ヤミを座らせた。
鴛に心配をかけたくないヤミは自虐的に笑う。
「……ごめんね、クイ。捕まっちゃった」
気丈にふるまうが眼には大粒の涙を浮かべている。
クイとヤミとの距離はまだ遠い。手を伸ばしても届かない。
それをあざ笑うかのように、一方の男の手がヤミの膨らんだ腹の上に伸びる。
「汚い手で触るなぁ!」
ヤミの腹に触れた手を憎々しげに見ると、クイは息を飲んだ。
「……烏の烙印!」
そこにはユミを拘束している大男にあった物と同じ絵が刻まれていた。
「ここは……、ナガレですね?」
「お前……、あの時のガキか!?」
ユミの首元を縛めていた腕が少しだけ緩くなった。その隙に考え巡らせる。
キリは父親が悪いやつにやられたと言っていた。
そこから導かれる答えは1つ。
――こいつが、キリをどん底に突き落とした張本人!? 許せない!!
ユミは腰に差していた小刀に手を伸ばす。
しかし、それを抜くことができなかった。
――今、私は小刀でこの男をどうしようとした?
殺すのか? 殺せるのか? 体格差のあるこの男を。勝てるわけがない。
いや殺せる。明確な殺意を覚悟すれば。
一太刀で出来なければ、何度も繰り返し刺せば良い。兎と一緒だ。
――兎と一緒? なぜ兎は殺した? 食べるためだ。食べてキリとともに幸せを享受するためだ。
この男を殺してどうする? 食べるのか? いや、食べる必要はない。それでキリが幸せになれればいい。
キリは昨晩、兎を殺すことを躊躇った。
一方で、キリだって虫や沢蟹の類は殺してきたはずだ。なぜそれは躊躇わなかった?
兎と虫けらとの違いはなんだ?
――虫けら?
その生命を下等なものと判断していたと気づく。兎の方が上位の存在だと。それはなぜだ?
人として生きる以上、人が幸せになる道を考えれば良い。人にとって、人がこの世の最上位の存在なのだ。
虫と兎、どちらの方が人に近い? それは兎だ。兎は兎の姿で生まれ、親の乳を吸う。人も同様だ。
人に近く、上位の存在であるほど殺意を向けるのに覚悟がいる。
今ユミが小刀を抜くのを躊躇っているのは、男が兎より上位の存在だと認識しているということだ。
この男が? キリをひどい目に合わせたこの男が?
こんな奴、人の形をした獣だ!
――この下等生命め!
覚悟を決めて小刀の柄を掴む。
「やめてくれ。手加減ができなくなる」
呟いた男の手がユミの手に添えられ、そのまま動けなくなる。
「……放して!」
「俺と同じ下等生命になりたいか?」
まるでユミの腹を読んだかのように問うてくる。
先ほどはキリの幸せのために手を汚そうと覚悟した。それがキリのためになるのだと自身に言い聞かせていた。
果たして本当にそうなのだろうか?
ユミがこの大男のように手を汚し、下等生命に成り下がれば、キリは下等生命の鴛となる。
そうなればユミは鴦として2度とキリの手を握ってはいけなくなる気がした。
「……やだ」
ぞっとしたユミは小刀を掴んだ手を緩める。
「でも……、許さないから。キリのこと殴ったのは絶対に許さないから……」
「ああ、それでいい」
キリはまだ腰を抜かしたまま震えていた。
それでもその眼には、怒りの感情が宿っていた。
父と鴦の敵を見る眼だ。
いつの間にか、ユミを拘束していた腕からは手加減を感じ始めていた。抜け出そうと思えば抜け出せる。
しかし、下等生命に成り下がりかけたこの身を、キリに近づけるのが恥ずかしいと感じ始めていた。
キリを直視できず、下を向いてしまう。眼に入るのは男の腕だ。
ユミの視線はその腕の先の方、すなわち手の甲へと吸い寄せられていった。
そこに黒々とした烏の絵が刻まれていたからだ。これは何だろう。
「その娘を離しなさい!!」
不意にその場に怒声が響き渡る。
声の方に眼を向けるとひょろっとした人影が見えた。その顔に鎮座している眼鏡がぎらりと光る。
ユミはその人物とは一度対面したことがあった。
「……クイ?」
3人の前に姿を現したのはユミの試験監督だった。
ユミは予想だにしない人物の登場に、呆然とした表情を浮かべる。
「千客万来だな。こんなことはここに来てから初めてだ」
大男の口調はさも感心したような音色を帯びていた。少し弾ませた声で続けて問う。
「お前は誰だ?」
「私はクイ。その娘の試験監督です。その娘の安全を保障する義務がある」
「試験監督? ……孵卵か? まさかこんなところに紛れ込むやつが――」
「おい、女だ!女がいたぞ!」
「ちょっとぉ、自分で歩くから、引っ張んないで! て、どこさわ、ダメ! お腹だけは触っちゃダメえええええええええええええ!」
クイの後方から、男2人がかりで女を引っ張ってくるのが見えた。
右手の袂に2つ、左手の袂に2つ。合計4つの男の手が絡みついている。
大きな腹を抱えた女相手にまるで容赦がない。
「ヤミさん!!」
クイの怒声が飛ぶ。
声を聞いた男2人はその場で立ち止まり、ヤミを座らせた。
鴛に心配をかけたくないヤミは自虐的に笑う。
「……ごめんね、クイ。捕まっちゃった」
気丈にふるまうが眼には大粒の涙を浮かべている。
クイとヤミとの距離はまだ遠い。手を伸ばしても届かない。
それをあざ笑うかのように、一方の男の手がヤミの膨らんだ腹の上に伸びる。
「汚い手で触るなぁ!」
ヤミの腹に触れた手を憎々しげに見ると、クイは息を飲んだ。
「……烏の烙印!」
そこにはユミを拘束している大男にあった物と同じ絵が刻まれていた。
「ここは……、ナガレですね?」
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