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第二章 雛
第十四話 追跡 14 2-1-1/3 39
しおりを挟むウラヤの一角にあるマイハの裏手。ユミは赤子を抱えて立っていた。
「キリ……」
眼前に広がる木々を見て呟く。
この森の向こう側。ナガレを通過し、イチカを抜けた先にあるラシノ。そこにユミの鴛がいる。
それは果てしなく遠い道のりだと感じる。一日で行って帰って来られる場所ではない。
明日には母とともにトミサへと発たねばならないのだ。
「あ、あ、あ、ぶー」
腕の中の赤子が声を上げる。まだ言葉にもならない声だ。
「よーし、よしよし。ごめんね、お父さんは遠くにいるの」
ユミは可能な限り優しい声であやす。
「おい、ユミ。またこんなところにいたのか」
背後から男の声がした。
「カサ……、さん」
ユミが振り返るとそこには一人の鳩が立っていた。ユミが孵卵に合格してからと言うもの、カサは何かと気にかけてくれている。
普段はウラヤの巣に駐在しているのだが、今日は非番なのだろうか。
「何度も言っているだろ。ここは子供が来ていいところじゃないと」
こことはどちらを指しているのだろうか。マイハなのか森なのか。どちらも子供には似つかわしくない場所だ。
「カサさんも毎日精がでますのねぇ」
「な、おま……、別に毎日ってわけじゃあ……」
意味深長な言葉にカサがたじろぐ。こことはマイハのことだったらしい。
「お前、いつも変なことばかり覚えてくるよな。言葉遣いはまだおぼつかないみたいだが……」
――――
ユミがマイハの存在意義について理解したのはつい先日のことだった。
孵卵からの帰宅後、母親のハコにずっと黙っていたことがある。
その日の就寝前、母親と同じ布団の中で横になりながら覚悟を決めて打ち明ける。
「お母さん、あのね……」
「どうしたのユミ?」
「あのね……、びっくりしない?」
「もう、この子ったら。怒ったりしないから言ってみなさい」
どうせこのままだといずればれるのだとユミは腹を括る。
「私、赤ちゃんがいるの!」
「あかちゃんんんんん!?」
確かにハコが怒ることはなかった。しかし顔を真っ赤にさせ、勢いよく上体を起こした。ユミも釣られて起き上がる。
母親のその反応も元気になった証拠だろうとユミはむしろ安堵を覚えた。
ユミの生還直後ハコはやせ細っていたが、少しずつ食事が喉を通るようになり今では血色も良くなっていた。
「ほんとなの? ユミ……?」
信じられないと言う表情を浮かべ、ユミを見据える。
クイにはキリのことを他言しないよう釘を刺されていた。母親も例外ではないだろうと判断したユミは、とんでもない言い訳を口にする。
「えっと……、クイがずっと一緒に居たから……?」
「なんですってええええええええええええ!?」
ついにハコは立ち上がった。
「あの初生雛愛者! ヤミさんというものがありながら……」
わなわなと体を震えさせる。
「ちょっとカサさんのところ行ってくる! ナガレ送りにしてやるんだから!」
「違うの! クイをナガレに送ったところでウラヤに帰ってくるだけだから……」
ユミは慌てて母を抱きとめた。同時に、なんでナガレなんて知っているんだろう、という疑問が浮かぶ。
「じゃなくて……、クイは悪くないの!」
誤解を解くために放った言葉は、新たな誤解を生みだす。
「まさかユミから……」
ハコの顔には絶望が満ちていた。
ユミは首をぶるぶると横に振る。
なんとか誤解を解いたユミはハコから講義を受ける。
「あのね、ユミ。赤ちゃんと言うのは……」
母は顔を赤くさせ、詰まらせながら言葉を紡いでいく。
ユミの顔もみるみるうちに赤くなっていった。そして別れ際、キリが腹を痛そうに前屈みになっていたことも思い出す。
――キリ、そんなこと考えてたんだ……。やっぱり可愛いなぁ。
一方でユミの腹に新しい命など宿っていないことを理解し、安堵のような落胆のような気持ちが押し寄せた。
「それで、マイハっていうのはね……」
ウラヤの経済を支える存在であるマイハ。百舌鳥が働き、トミサからやってきた鳩を郭公として迎え入れる場所。
そしてウラヤの子供が親のことを気にしないように育てられる所以でもある。
ハコの言葉をするすると飲み込んでいったユミは、ソラの親の所在が不明とされる事情を理解した。
さらには現在、ハリがヤマの元へ預けられている理由にも見当がついた。ナガレに生まれてしまったクイとヤミの子を隠すには、ウラヤはうってつけの場所なのだろう。
「あとユミ」
ハコは語気を強める。
「クイさんでしょ?」
「う……」
まだ世間を知らないユミは何となく許されてきたが、これからはそうもいかないのだ。
「ユミはこれから鳩になって羽ばたくんだから、それぐらいちゃんとしないとダメ」
「うん……」
「もう、呼び捨てなんかするから余計誤解しちゃったじゃない。いい? 目上の人の名前を呼ぶときは『さん』をつけなさい。ましてやクイさんとヤミさんにはお世話になったんでしょう?」
ユミは頷いた後、しばらく考え口を開く。
「クイ……さんはヤミ……さんのこと『ヤミさん』って呼んでたけど、ヤミさんはクイさんのこと『クイ』って呼んでたよ?」
「まあ……、そういうこともあるのかもね」
「クイさんはヤミさんより下ってこと?」
「ユミ……」
ハコはしばらくユミの言動に呆れていた。ユミは基本的には賢いはずなのだが、特殊な例にはどうも弱いらしい。まだまだ学ぶべきことは多そうだ。
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