鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第二章 雛

第十四話 追跡 14 2-1-2/3 40

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「とにかく、森には入るなよ」
「はー……ぃ」
 カサの忠告に生返事をしようとしたところで、ユミの視線がカサの背後へと移る。
「ソラ?」
 視界の隅に親友が駆け抜けて行くのが見えた。カサもユミの視線の先を見る。
「あ、あいつ……」
 カサは明らかに動揺していた。
 ウラヤに限った話ではないが、このイイバの地にある村々は森に取り囲まれている。
 村の中からどちらの方向にまっすぐ進んだとしても、その先には森しかない。
 つまり、ソラは森に向かって走っている。

 子供が森へと飛び出す例は極希だ。森に及ぶ脅威である千鳥がそれを寄せ付けない。
 17を超えた頃には千鳥にも怯えなくなるのだが、同時に分別のつく歳でもある。迷い、戻ってくることが出来なくなると分かっている森に、わざわざ近づくのは無謀なことだと分かるものなのだ。
 以上の理由から、13という年齢にも関わらず理知的で慎ましいソラが森に向かうなど考えにくい状況だ。よっぽどのことがあったのかもしれない。
 
 その原因を考えると、母とソラとの間に何かあったのではとしか思えない。
 ユミがソラと知り合ってから、母はソラのことも我が子の様に接していた。
 孵卵を合格してから今日で90日、トミサへ移住するためハコとソラがともに過ごせる最後の日となる。
 鳩でもない母がトミサに入ってしまえば、次にいつ戻ってくることが出来るのか分からない。村の間を渡り歩くために森を通るのは、それだけ大事おおごとなのだ。

 ソラの願いを汲んで今日は2人で畑仕事をしていたはずである。ハリが現在、ユミに託されているのもそのためだ。ユミも今日ぐらいは2人きりにさせてあげようと思っていた。
 以前ユミが母を残して孵卵に挑んだ際、母はソラのことを心の底から我が子とは思うことが出来なかったようだ。
 そのことをソラも感じ取っていたようだが、今日また母がやらかしたのかもしれない。
 
「ナミを呼んでくる!」
 ナミもウラヤに駐在している鳩の一人だ。カサの生まれがトミサなのに対して、ナミの生まれはウラヤとなる。
 鳩は各々が持つ帰巣本能により、生まれた場所を感知することが出来る。たとえそれが森の中からであったとしても。
 森に入ろうとする一般人を引き留めることも鳩の仕事の1つだ。しかし、ソラをウラヤに連れて帰ろうというのだから、ウラヤに生まれたナミでなければ役に立たない。

「それじゃ遅い!」
 踵を返しウラヤの巣に向かおうとするカサを、ユミは呼び止める。
「持ってて」
 ユミは抱えていたハリをカサへ突き出す。そのとっさの動作にカサも手を出し受け取ってしまった。
「お、おう……。ユミ、お前が行こうってのか!?」
「うん! 私はもう鳩なんだから!」
 すでにユミは駆け出していた。まだ雛を終えていないとは言え、既にユミは帰巣本能を得たはずだ。少なくともウラヤに帰って来られなくなることはないだろう。
 そしてこの緊急事態である。カサ自身が役に立てない以上、ユミに任せてしまうのが最善かもしれない。
「カサはいい子で待ってて! その子もカサの子かもしれないんだし!」
「なっ……」
 もちろんユミはそんなはずの無いことを知っているのだが、あながち否定もできないカサはその場に立ち尽くしていた。

――――

「ソラぁああああ!!!」
 まだ遠い背中に向かって呼びかける。森に入られてしまうと厄介だ。ユミの特性上、森もそうでない場所もほぼ同じように歩くことが出来る。とは言え視野は狭くなる。まだ背丈の小さいソラは簡単に木々に埋もれてしまうだろう。
「待ってよぉ」
 孵卵を合格したとは言え、ユミの運動能力は相変わらず低いままだった。かけっこをすればソラにも勝てない。
 せいぜい少しでも距離が離されないように食らいつくだけだった。その内、ソラも疲れて立ち止まるだろう。
 
 しかし、ソラの足は止まらない。何かに導かれるように一心不乱に走っている。
「ソラ……、お願い……、止まって……」
 早くもユミの息が切れてきた。肩を上下に動かす。辛うじてソラの影を確認できるだけまだ希望があった。
 
 ――ああ、ダメ……。

 ソラが森へと飲み込まれて行く。ユミの歩調はとうに緩んでいた。それでも前に進むことはやめなかった。今のユミはソラに導かれている。
 鳩になる前のユミであっても無謀にもソラを追いかけただろうが、今の行動は意味合いが全く異なる。自らの意志を持ち、必ず2人で帰るのだという希望を胸に、ユミも森へと足を踏み入れた。

 森に入れば、トミサへ母を連れていけなくなるかもしれないと、クイにはいましめられていた。しかし、今はソラを選ぶ。
 きっと母親だってこのままソラと別れっきりは嫌なはずだ。ちゃんと仲良く別れを告げてもらうべきだろう。

 懐かしい空気がユミを包み込む。かつてはキリとともに250日間も歩いた森だ。しかし、物思いにふけっている場合ではない。
 ソラが立ち止まっていてくれさえすれば希望はある。ユミは歩いた道のりを隈なく覚える能力を持っているのだ。
 逃げ惑う兎を捕えることは叶わなかったが、罠を仕掛けた場所に捕らえられた兎の命を頂戴することはできた。
 まだ足と声が機能しているのだから、必ず探し出して見せる。

「ソラああああ!」
 精一杯に声を上げるが、枝葉に音を遮られてしまう。ユミの耳に返ってくるのはざわざわとした音だけだった。たとえソラに声が届いていたとしても、ソラの返事がユミへ届いていないのかもしれない。
 考えてみれば、森の中でソラは正気を保っていられるのだろうか。今すぐにでもユミが手を取ってあげないと泣き喚き出すかもしれない。
 いや、それが無いと言うことは案外無事なのかもしれない。便りの無いソラからの便りを都合よく受け取って良いのだろうか。
 さらに言えばソラがそのまま帰巣本能に目覚め、ウラヤへと帰って来てくれないだろうか。
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