鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

文字の大きさ
44 / 181
第二章 雛

第十五話 約束 15 2-2-2/3 43

しおりを挟む
「行こう、ソラ。私がウラヤまで案内する」
 ソラは大事なものを思った結果、ここに辿り着いてしまったと言う。それが何を意味するのかは考えれば分かる。
 ソラが森を恐れないのは鳩の素質を持っているからだろう。鳩に求められるのは帰巣本能を有することである。
 ユミはクイから教わった帰巣本能の概念を一部誤解しているところはあるが、辿り着く答えは変わらない。
 帰巣本能とは生まれた場所に導かれる力だ。

「ユミ、あの人のこと知っているの? さっきから私の名前呼んでるけど……」
「違うよ。あれはソラのことじゃないよ。だってあの人、私を初めて見た時もソラって言ってたんだもん。多分、誰彼構わずソラって呼んでるんだよ」
 考えれば自ずと見えてくる真実を確定させないため、ユミは事実から眼を背ける。ついでにソラの肩を抱き、くるりとアイに背を向けた。

「ねえ、どうしてソラは約束を破るの? 去年だってそう。誰にも眼を見せちゃダメって言ったよね? その眼で誰を見てもダメって言ったよね?」
 ユミはかつて偶然にもこのラシノの村に訪れ、アイに囚われた。目隠しをされ、眼を見せるなと。約束などしていない。
 またその日、アイはソラが約束通り帰ってきたとも言っていた。この状況から判断する限り、がそんな約束をしたのかも怪しくなる。

「そっか、キリが悪いんだね」
 森に向かって一歩踏み出そうとしていた足がぴたりと止まる。その名前を出されては眼を背けたままではいられない。
「あの日もキリが勝手にソラを連れ出したんだ」
 それは違う。ユミがキリの手を引いたのだ。
「のこのこ帰ってきたと思ったら、ソラなんて知らないなんて言うんだもの」
 それはそうだ。キリはソラと会ったことがないのだから。
「ほんとにダメだねあの子は。私にばっかり似て……」
 ユミも初めてキリを見た時、丸みを帯びたまぶたと青い瞳がアイによく似ていると思った。
 アイは怖いがキリは大好きだ。アイに似ていることなんて何も問題ない。

「キリはどこ?」
 ソラの肩を抱いていた腕を放し、アイへと振り返る。ソラと背中をぴたりと合わせ、そのままアイの眼を見つめる。
「ソラぁ、やっぱりその眼がいい! ねえ、キリのと交換しない?」

 ――……、相変わらずだ。ああ、おぞましい……。

 さすがのソラも何かを感じているはずだ。
 背をつけたままのソラが呟く。
「ねえ、キリってミズくんが言ってた子じゃないの? 結局連れて来なかったけど……」

 キリをラシノから連れ出したのは、ソラに引き合わせるためだった。
 それはキリに、ソラと言う名の姉がいるらしいからだ。そして隣のソラは導かれるようにここへ来た。
 ダメだ。この事実をソラに知られてはならない。

「ソラ、世界にはおかしな人がいるんだよ」
 ソラの言葉を強引に遮る。
 
 もう1つ、キリを連れ出した動機がある。初めてキリの顔を見た時、刻まれたあざが痛々しいと思った。それはアイに叩かれてできたものだ。
 キリを魔の手から救い出したくてその手を引いた。
 しかし、キリは自らの意志でアイの元へ戻った。アイとキリが仲良くすること、それが父親の願いだそうだ。

「アイ」
「なぁに、ソラ?」
 アイはにちゃあっと気持ち悪い笑顔を浮かべる。
「キリとは仲良くやってるの?」
 ユミは思う。私を裏切ったんだからせめてそうであって欲しいと。
「仲良く? そうねぇ、触れ合いは増えたかな?」
 アイは自身の右手を顔の前に運び、てのひらをじっと見つめる。
「ソラが帰ってくるようにって願いを込めて……」
 見つめていたてのひらを翻し、平手打ちの素振りをする。まずは往路。
「そしたらほんとに帰ってきた! 2人も!」
 続いて復路。
「少しはご褒美を上げないといけないかな」
 ご褒美とは何を意味するのか。それでキリへの折檻がなくなるというのなら喜んで良いのだろうか。

「むしろお仕置きが必要なのは……」
 ユミは嫌な予感がする。
「ソラの方だね!」
 
 ――怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
 
 昨年、初めて出会った時、ユミは監禁されそうにはなったが傷つけられることはなかった。今では明確な加虐心が見受けられる。
 ソラの背中からも震えを感じ始める。今度は間違いなく彼女からの物らしい。
「ユミ、私あの人に悪いことしたのかな?」
 こんなところにもソラの優しさが現れている。理不尽な状況にも関わらず、まず自分の非を見つけようとしているのだ。
「聞いちゃダメ。考えちゃダメ!」
 キリはこんな人と一緒に居るのか。
 助けて欲しい。いや、助けたい。

  ――キリ、キリ、キリ、キリ、キリ!

「キリいいいいいいいい!」
 
 声に出ていた。その声はアイの耳をつんざき、ひるませる。
 
 ――お願い、近くにいるなら返事して!

 ユミは髪を結い上げている白い帯――キリのタスキに触れる。
 孵卵に合格した日、母を選ぶと決めた。母は嬉しそうだった。ユミも安堵した。
 しかし、やはり記憶の中にはキリが居た。記憶の影に手を伸ばしては、すっと空を切る。そして空しくなって、頭へと手を伸ばす。
 キリから奪い取ったタスキは、2人で歩いた形だった。

「キリいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
 
 2人でつかみ取った物。諦めずに歩くこと。
 それは過程でしかなかった。結果として2人は手を放すことになった。
 それでも藻掻いた軌跡は脳裏に焼き付いている。
 だから何度だって叫ぶ。

「キリいいいいいいいいいいいいい!」
 
 しばらくひるんだ様子を見せていたアイだったが、ぶるぶると首を振り鬼の形相を見せた。
「あんな子のことばっかり! 私を見なさい!」
 言葉を言い放つとずんずんと近づいてくる。
 それでもユミは逃げない。キリの無事を確認するまではこの場を離れる訳にはいかないのだ。
 ユミはソラを庇うため、体を大の字に開いた。
 ユミまであと一歩、と言う距離にまで近づいたアイの手が、大きく振り上げられる。
 ソラは守りたい、でも怖いものは怖い。ユミは顔を逸らし、瞼を固く閉じた。

 ――叩くのなら叩けばいい。キリでもソラでもなくこの私を。

 覚悟を決め、その瞬間を待つ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...