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第二章 雛
第十八話 鴛鴦文 18 2-5-1/3 51
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自己紹介の最後に指名された少年は、ゆっくりと口を開いた。
「おれ、テコ。12歳」
12歳。キリと同じ年齢だ。まだ声が幼い。しかし、先ほどのユミよりもよっぽど落ち着いている。
「生まれはモバラってとこ。おれには兄ちゃんと姉ちゃんがいっぱいいて……、家族を助けるために……」
「テコも家族と一緒にトミサへ来たの?」
家族と聞き、ユミは文机に突っ伏していた顔を上げた。
「いや、おれだけ」
テコはぽつりと呟く。ユミにはそれがどうして家族への助けになるのか分からない。
「おれが頑張れば、家族にもお金が入るって……」
鳩と言えば、このイイバの地の要だ。業務に対する相応の見返りがあってもおかしくない。
「兄ちゃん姉ちゃんも頑張ったんだけど、鳩になれたのはおれ1人だけ」
テコにとってそれは幸か不幸か。家族を助けるために家族と別れた。
「この雛が終われば、また帰れるって監督さんも言ってた……」
テコは唇を嚙みしめる。また家族に会える見込みがあるとは言え、12歳の少年にとってこの状況は酷な物であるだろう。
「うおおおおおお! テコおおおおおおおおおおおおおおお!」
ユミの隣から興奮を帯びた声が聞こえる。サイが立ち上がったようだ。今度はユミが制する間もなかった。
「お前は優しいなぁ。一緒に頑張ろうなぁ」
テコに駆け寄ったサイが力強くその体を抱き締める。
「寂しいよなぁ。1人でこんなところまで……。今日から私がお前の家族だ」
この言動も、初めの内は冗談だろうと眺めていたユミだったが、やがてサイの眼から大粒の涙が零れ落ちるのが見えた。
「サイ……、ありがとう。おれ、頑張る」
テコの腕もサイの腰へと回されていた。
やはりサイは、家族に対する思いが人一倍強いのだろうとユミは感じたのだった。
「よーし、ありがとなテコ。改めて、お前ら七班の担当のトキだ。歳は34だ。ナガラって村からきた。見ての通りのこの体でな。部屋に入りきらんから家から出てけって言われたんだ。ガハハハハハっ!」
テコを抱き締めたままサイがトキを睨む。
「テコの前で楽しげに言うな!」
テコの故郷には兄と姉がたくさんだ。場所も取るし、食い代もかかる。言ってしまえばテコは口減らしだ。
鳩としての才能を持ってしまったがための災難とも言える。
家を追い出されたと言う無神経な言葉を、サイは許せなかったのだろう。
「だがな、このトミサにいる奴らは俺を受け入れてくれた。でかいやつもちっこいやつもここでは関係ない。誰もがどこか違うんだ。そこの怪力女は分かりやすい例だが」
トキがサイを顎で示す。
「サイはトミサの生まれだから、この感覚は分からんかも知れん。しかし、お前がしれっとテコのことを家族だと言ったのはすごいことなんだ」
「義兄さん……」
サイはテコに回していた腕を解いた。体の密着が失われたテコは名残惜しそうな顔を見せる。
「お前と俺のつながりも、きっかけはスナだった。それでも今も変わらず家族だと思ってる」
「にいさあああああん」
サイはトキに向かって駆け出して行った。
「ちょ、お前引っ付くなって。お前の力じゃ腕が折れる……」
トキは右腕にしがみついたサイを鬱陶しそうにする。それでも残りの3人に向かって笑顔を湛えた。
「テコも俺のことを兄貴……、にしちゃでかすぎるか。親父でも良い、家族だと思ってくれ」
「父ちゃん……」
テコは遠い眼をする。思い浮かべているのは故郷の父親のことだろうか。一体、何と言われて送り出されたのか。
少なくともテコの眼からは恨みのような気配は感じない。しかしそれも現時点での話だ。雛が辛いものとなれば、自身を送り出した家族に対して憎しみを覚えるかもしれない。トミサの思い出は苦く、故郷の家族は薄情。そんな心情がテコに渦巻けば、自身の居場所を見失ってしまうだろう。
一方で、この七班で家族の様にテコを支えることが出来るのなら、雛の困難も乗り越えられるかもしれない。胸を張ってモバラへ帰れるはずだ。
「ユミ、お前もだ。確かにお前は普通の鳩とは違うらしい。しかし、人より孵卵に時間がかかったと言うだけで、クイが鳩の適性があると判断したんだから何も問題はない。それにお前より有名な奴らなんていくらでもいる。あまり自分が特別だと思うな」
特別。それは一見誉め言葉の様にも感じる。しかし、他者からの疎外感もある。昨日、トミサを歩いた時にユミが感じていたのはこれだろう。
特別だと思うなと言うトキの言葉には、温かみを孕んでいた。それこそ家族の様な。
「ギン……、お前にも何か人と違うことがあるはずだ。特に帰巣本能に目覚めるきっかけとかな」
それを聞いたギンの顔が、みるみる内に赤くなっていく。
「それが恥ずかしいのは仕方ない。でも皆同じだ。大概の者はそれを語りたがらない。その一方で、むしろ誰かに聞いて欲しくなる瞬間があるかもしれん。辛いことを1人で抱えるのは重いからな。そんな時、この七班でも思い出してくれ」
口には出さなかったが、俺たちはもう家族なのだから、と言っているような気がした。
ユミはウラヤの村ですら、同年代の子供たちと馴染めないでいた。しかし、人と人とを繋ぐのが鳩の務めだ。人付き合いが苦手だからと避けて通れるものではない。
まずは、この七班での絆を確かなものにすること。それがユミへ与えられた雛での最初の課題だった。
「よし、サイ。いい加減席につけ。講義を始める」
トキは無遠慮にも左の掌でサイの顔を押しやる。それは気心が知れた仲であるからこその所作なのだと感じさせた。
「おれ、テコ。12歳」
12歳。キリと同じ年齢だ。まだ声が幼い。しかし、先ほどのユミよりもよっぽど落ち着いている。
「生まれはモバラってとこ。おれには兄ちゃんと姉ちゃんがいっぱいいて……、家族を助けるために……」
「テコも家族と一緒にトミサへ来たの?」
家族と聞き、ユミは文机に突っ伏していた顔を上げた。
「いや、おれだけ」
テコはぽつりと呟く。ユミにはそれがどうして家族への助けになるのか分からない。
「おれが頑張れば、家族にもお金が入るって……」
鳩と言えば、このイイバの地の要だ。業務に対する相応の見返りがあってもおかしくない。
「兄ちゃん姉ちゃんも頑張ったんだけど、鳩になれたのはおれ1人だけ」
テコにとってそれは幸か不幸か。家族を助けるために家族と別れた。
「この雛が終われば、また帰れるって監督さんも言ってた……」
テコは唇を嚙みしめる。また家族に会える見込みがあるとは言え、12歳の少年にとってこの状況は酷な物であるだろう。
「うおおおおおお! テコおおおおおおおおおおおおおおお!」
ユミの隣から興奮を帯びた声が聞こえる。サイが立ち上がったようだ。今度はユミが制する間もなかった。
「お前は優しいなぁ。一緒に頑張ろうなぁ」
テコに駆け寄ったサイが力強くその体を抱き締める。
「寂しいよなぁ。1人でこんなところまで……。今日から私がお前の家族だ」
この言動も、初めの内は冗談だろうと眺めていたユミだったが、やがてサイの眼から大粒の涙が零れ落ちるのが見えた。
「サイ……、ありがとう。おれ、頑張る」
テコの腕もサイの腰へと回されていた。
やはりサイは、家族に対する思いが人一倍強いのだろうとユミは感じたのだった。
「よーし、ありがとなテコ。改めて、お前ら七班の担当のトキだ。歳は34だ。ナガラって村からきた。見ての通りのこの体でな。部屋に入りきらんから家から出てけって言われたんだ。ガハハハハハっ!」
テコを抱き締めたままサイがトキを睨む。
「テコの前で楽しげに言うな!」
テコの故郷には兄と姉がたくさんだ。場所も取るし、食い代もかかる。言ってしまえばテコは口減らしだ。
鳩としての才能を持ってしまったがための災難とも言える。
家を追い出されたと言う無神経な言葉を、サイは許せなかったのだろう。
「だがな、このトミサにいる奴らは俺を受け入れてくれた。でかいやつもちっこいやつもここでは関係ない。誰もがどこか違うんだ。そこの怪力女は分かりやすい例だが」
トキがサイを顎で示す。
「サイはトミサの生まれだから、この感覚は分からんかも知れん。しかし、お前がしれっとテコのことを家族だと言ったのはすごいことなんだ」
「義兄さん……」
サイはテコに回していた腕を解いた。体の密着が失われたテコは名残惜しそうな顔を見せる。
「お前と俺のつながりも、きっかけはスナだった。それでも今も変わらず家族だと思ってる」
「にいさあああああん」
サイはトキに向かって駆け出して行った。
「ちょ、お前引っ付くなって。お前の力じゃ腕が折れる……」
トキは右腕にしがみついたサイを鬱陶しそうにする。それでも残りの3人に向かって笑顔を湛えた。
「テコも俺のことを兄貴……、にしちゃでかすぎるか。親父でも良い、家族だと思ってくれ」
「父ちゃん……」
テコは遠い眼をする。思い浮かべているのは故郷の父親のことだろうか。一体、何と言われて送り出されたのか。
少なくともテコの眼からは恨みのような気配は感じない。しかしそれも現時点での話だ。雛が辛いものとなれば、自身を送り出した家族に対して憎しみを覚えるかもしれない。トミサの思い出は苦く、故郷の家族は薄情。そんな心情がテコに渦巻けば、自身の居場所を見失ってしまうだろう。
一方で、この七班で家族の様にテコを支えることが出来るのなら、雛の困難も乗り越えられるかもしれない。胸を張ってモバラへ帰れるはずだ。
「ユミ、お前もだ。確かにお前は普通の鳩とは違うらしい。しかし、人より孵卵に時間がかかったと言うだけで、クイが鳩の適性があると判断したんだから何も問題はない。それにお前より有名な奴らなんていくらでもいる。あまり自分が特別だと思うな」
特別。それは一見誉め言葉の様にも感じる。しかし、他者からの疎外感もある。昨日、トミサを歩いた時にユミが感じていたのはこれだろう。
特別だと思うなと言うトキの言葉には、温かみを孕んでいた。それこそ家族の様な。
「ギン……、お前にも何か人と違うことがあるはずだ。特に帰巣本能に目覚めるきっかけとかな」
それを聞いたギンの顔が、みるみる内に赤くなっていく。
「それが恥ずかしいのは仕方ない。でも皆同じだ。大概の者はそれを語りたがらない。その一方で、むしろ誰かに聞いて欲しくなる瞬間があるかもしれん。辛いことを1人で抱えるのは重いからな。そんな時、この七班でも思い出してくれ」
口には出さなかったが、俺たちはもう家族なのだから、と言っているような気がした。
ユミはウラヤの村ですら、同年代の子供たちと馴染めないでいた。しかし、人と人とを繋ぐのが鳩の務めだ。人付き合いが苦手だからと避けて通れるものではない。
まずは、この七班での絆を確かなものにすること。それがユミへ与えられた雛での最初の課題だった。
「よし、サイ。いい加減席につけ。講義を始める」
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