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第二章 雛
第十八話 鴛鴦文 18 2-5-2/3 52
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鳩。それが何であるか。改めてトキの口から語られ始める。
「このイイバの地は森に覆われている。森は人を迷わせる。唯一森を迷わずに歩ける存在、それが鳩だ。その特性を活かして村々を渡り歩き、人々の生活を支えている」
ここまでは、ユミが孵卵を受ける前から知っていたことだ。
「鳩は帰巣本能によって出生地へと導かれる。孵卵は帰巣本能を目覚めさせるための儀式とも言える」
これも既にクイから教わっていたことだ。とは言え、ユミには未だ腑に落ちないところがある。
ユミは孵卵の最後、母のことを思いウラヤへの道を選び取った。
しかし、いざウラヤへ帰ってみればキリに会いたいと、後ろ髪を引かれる一方だった。
今だってそうだ。母親と一緒に居られるからこそ、別の望みに誘惑される。そして、その気になればユミは望みを叶えられるのだ。
それでもキリとは約束した。キリが大人になったら迎えに行くと。その約束がラシノに導かれる思いを引き留めている。
また不可解なのは、キリと約束を交わしたその日のソラの行動だ。
森へ入ったソラに導かれるまま辿り着いた先はラシノだった。いつからラシノへ導かれるようになったかも不明だが、それが帰巣本能によるものならソラの生まれはラシノということになる。
当然、ユミとしては信じたくない。ユミをラシノへ導くのはキリの存在だが、ソラはキリと会ったことが無い。ならば、ソラをラシノに導くのは何か?
そこまで考えて、思考を停止する。辿り着きたくない答えを避けるように。願わくば、出生地へ導かれる力という帰巣本能の前提が、嘘であってくれとさえ思ってしまう。
「鳩が村の間を移動する時、通常2人1組で行動する。ここトミサの鳩と、それ以外の村の鳩との組み合わせだ。七班の面々もそうなるように組み込んでいる」
サイとギンがトミサの生まれ。ユミがウラヤ、テコはモバラの鳩だ。そしてユミは「あれ?」と思う。
「私はウラヤの鳩だから、サイかギンかと一緒に行動するってこと……、ですか? テコは?」
少しずつ緊張の解けていたユミが尋ねる。
「おお、察しが良いな。……クイもそんなこと言ってたな」
「そんなこと?」
ユミは怪訝そうな顔を見せる。クイの意地悪な部分に一度触れた者は嫌な感じがするのである。
「いや悪い意味じゃない。お前の頭が良いってことだ」
「えへへへ……」
褒められたユミは不覚にも口元を緩めてしまう。
「じゃあ、おれもサイかギンと?」
口を挟んできたテコの言葉を聞き、ユミは緩んでいた自身の頬をぴしゃりと手で打つ。感じていた違和感はまだ消えていないのだ。
「おう、そうだ。鳩として森を出るようになったら、しばらくはその組み合わせでの行動となるだろうな」
「しばらくは、ってことはゆくゆく別の鳩とも?」
ユミの言葉には一縷の望みが孕んでいる。
「ああ、もちろんだ。鳩の仕事は村を渡り歩くだけじゃないからな。ギンやサイが不在なら、お前は他の鳩とウラヤへ行くことになる。他のトミサの鳩とな」
「テコとは一緒にならないの? 同じ七班なのに?」
だんだんと不安の正体が露わになっていく。
「どうしたユミ? 落ち着きがないな。まあ、考えてみろ。お前がテコとトミサを出たとして、どうやってトミサへ帰って来るんだ?」
「私、帰れるよ!」
ついにユミは声を張り上げてしまった。黙って話を聞いていたサイとギンも驚いた表情でユミを見る。
「ユミ? 帰れるって?」
サイの問いかけには棘を感じる。ユミは焦る。サイを不快にさせてしまったのではないかと。
「え、えっと……。ウラヤにはカサさんってトミサの鳩が居て、その人についていけば……」
とっさに言葉が出た。ユミの悪知恵が功を奏したと言えよう。
ウラヤに生まれたクイはウラヤ、トミサに生まれたヤミはトミサの場所しか分からないと言っていた。
ウラヤにもイチカにもラシノにもナガレにも、今となってはトミサにも。それらに辿り着くことが出来るユミが異端なのだと気づき始めてはいた。
そしてクイはユミがウラヤの鳩であることを強調していた。出生地を疑われたくなければ余計なことを他言しないようにとも。
「ガハハハハハっ! なるほど、クイが言っていた狡賢さとはそういうことか。言われてみれば確かにそうだ。お前の言うことは間違っていない」
ユミは狡いと言われた気がしたが、ひとまず危機を脱したのかと安堵する。
「これは俺の聞き方が悪かった。しかしカサにはカサの仕事がある。主にウラヤに住む人達のための仕事だ。お前らのために駆り出されていたら何のための鳩か分からない」
それもそうかとユミは思う。カサはトミサからやってきた鳩を取り次ぎ、ウラヤの人々へ配達物を配分するのが主な役目だったはずだ。そして、今後はヤミもその仕事を担うことになる。
「それに前提としてトミサを介さず、その他の村の間を行き来することは禁じられている。それをやると鳩の居所が掴めなくなっちまうからな」
それに関しては些か疑問を覚えた。まるで何か、それらしい理由をつけて行動を制限されているような、そんな束縛感を覚えた。
「故に、ユミがテコとともに行動することはない。ユミはこのトミサとウラヤとを往復するのが仕事だ。他の村に行くことはない」
ここでやっと、ユミに渦巻いていた引っかかりの正体が明らかとなった。
ユミはウラヤ以外の村に行くことはない。すなわちラシノにも行くことはない。
それは大人になったキリを、正式な形で迎えに行けないことを意味する。
「例外的に雛の終盤、お前らを俺の村へ案内することにはなる。それまでまずは、みっちりトミサでお勉強だ」
呆然とした様子のユミの耳には、もうトキの言葉は届いていなかった。
「このイイバの地は森に覆われている。森は人を迷わせる。唯一森を迷わずに歩ける存在、それが鳩だ。その特性を活かして村々を渡り歩き、人々の生活を支えている」
ここまでは、ユミが孵卵を受ける前から知っていたことだ。
「鳩は帰巣本能によって出生地へと導かれる。孵卵は帰巣本能を目覚めさせるための儀式とも言える」
これも既にクイから教わっていたことだ。とは言え、ユミには未だ腑に落ちないところがある。
ユミは孵卵の最後、母のことを思いウラヤへの道を選び取った。
しかし、いざウラヤへ帰ってみればキリに会いたいと、後ろ髪を引かれる一方だった。
今だってそうだ。母親と一緒に居られるからこそ、別の望みに誘惑される。そして、その気になればユミは望みを叶えられるのだ。
それでもキリとは約束した。キリが大人になったら迎えに行くと。その約束がラシノに導かれる思いを引き留めている。
また不可解なのは、キリと約束を交わしたその日のソラの行動だ。
森へ入ったソラに導かれるまま辿り着いた先はラシノだった。いつからラシノへ導かれるようになったかも不明だが、それが帰巣本能によるものならソラの生まれはラシノということになる。
当然、ユミとしては信じたくない。ユミをラシノへ導くのはキリの存在だが、ソラはキリと会ったことが無い。ならば、ソラをラシノに導くのは何か?
そこまで考えて、思考を停止する。辿り着きたくない答えを避けるように。願わくば、出生地へ導かれる力という帰巣本能の前提が、嘘であってくれとさえ思ってしまう。
「鳩が村の間を移動する時、通常2人1組で行動する。ここトミサの鳩と、それ以外の村の鳩との組み合わせだ。七班の面々もそうなるように組み込んでいる」
サイとギンがトミサの生まれ。ユミがウラヤ、テコはモバラの鳩だ。そしてユミは「あれ?」と思う。
「私はウラヤの鳩だから、サイかギンかと一緒に行動するってこと……、ですか? テコは?」
少しずつ緊張の解けていたユミが尋ねる。
「おお、察しが良いな。……クイもそんなこと言ってたな」
「そんなこと?」
ユミは怪訝そうな顔を見せる。クイの意地悪な部分に一度触れた者は嫌な感じがするのである。
「いや悪い意味じゃない。お前の頭が良いってことだ」
「えへへへ……」
褒められたユミは不覚にも口元を緩めてしまう。
「じゃあ、おれもサイかギンと?」
口を挟んできたテコの言葉を聞き、ユミは緩んでいた自身の頬をぴしゃりと手で打つ。感じていた違和感はまだ消えていないのだ。
「おう、そうだ。鳩として森を出るようになったら、しばらくはその組み合わせでの行動となるだろうな」
「しばらくは、ってことはゆくゆく別の鳩とも?」
ユミの言葉には一縷の望みが孕んでいる。
「ああ、もちろんだ。鳩の仕事は村を渡り歩くだけじゃないからな。ギンやサイが不在なら、お前は他の鳩とウラヤへ行くことになる。他のトミサの鳩とな」
「テコとは一緒にならないの? 同じ七班なのに?」
だんだんと不安の正体が露わになっていく。
「どうしたユミ? 落ち着きがないな。まあ、考えてみろ。お前がテコとトミサを出たとして、どうやってトミサへ帰って来るんだ?」
「私、帰れるよ!」
ついにユミは声を張り上げてしまった。黙って話を聞いていたサイとギンも驚いた表情でユミを見る。
「ユミ? 帰れるって?」
サイの問いかけには棘を感じる。ユミは焦る。サイを不快にさせてしまったのではないかと。
「え、えっと……。ウラヤにはカサさんってトミサの鳩が居て、その人についていけば……」
とっさに言葉が出た。ユミの悪知恵が功を奏したと言えよう。
ウラヤに生まれたクイはウラヤ、トミサに生まれたヤミはトミサの場所しか分からないと言っていた。
ウラヤにもイチカにもラシノにもナガレにも、今となってはトミサにも。それらに辿り着くことが出来るユミが異端なのだと気づき始めてはいた。
そしてクイはユミがウラヤの鳩であることを強調していた。出生地を疑われたくなければ余計なことを他言しないようにとも。
「ガハハハハハっ! なるほど、クイが言っていた狡賢さとはそういうことか。言われてみれば確かにそうだ。お前の言うことは間違っていない」
ユミは狡いと言われた気がしたが、ひとまず危機を脱したのかと安堵する。
「これは俺の聞き方が悪かった。しかしカサにはカサの仕事がある。主にウラヤに住む人達のための仕事だ。お前らのために駆り出されていたら何のための鳩か分からない」
それもそうかとユミは思う。カサはトミサからやってきた鳩を取り次ぎ、ウラヤの人々へ配達物を配分するのが主な役目だったはずだ。そして、今後はヤミもその仕事を担うことになる。
「それに前提としてトミサを介さず、その他の村の間を行き来することは禁じられている。それをやると鳩の居所が掴めなくなっちまうからな」
それに関しては些か疑問を覚えた。まるで何か、それらしい理由をつけて行動を制限されているような、そんな束縛感を覚えた。
「故に、ユミがテコとともに行動することはない。ユミはこのトミサとウラヤとを往復するのが仕事だ。他の村に行くことはない」
ここでやっと、ユミに渦巻いていた引っかかりの正体が明らかとなった。
ユミはウラヤ以外の村に行くことはない。すなわちラシノにも行くことはない。
それは大人になったキリを、正式な形で迎えに行けないことを意味する。
「例外的に雛の終盤、お前らを俺の村へ案内することにはなる。それまでまずは、みっちりトミサでお勉強だ」
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