鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第二章 雛

第十九話 奇術 19 2-6-1/3 54

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「クイ!」
 大きく開かれた門から入ってきたクイへと、ユミは声を上げる。クイはヤミをウラヤへと送り届けた後、トミサへと戻って来たところだった。
「ユミさん!? どうしたんです?」
 ユミのただならぬ剣幕に、クイは驚いた表情を見せた。
「あ、すみません。彼女は私に用があるようなので先に巣へ戻っていてください」
 クイはすぐ隣で怪訝な顔を浮かべていたカサへ促す。ユミがウラヤで顔なじみのあった鳩だ。ヤミと入れ替わりに、クイを案内するためトミサへと同行してきたということだろう。
「ユミ……。お前あまり無茶なことするんじゃないぞ」
 それだけ告げるとカサはその場を立ち去っていく。

「知ってたの? 私がキリと会えないって!」
「ちょっ、ユミさん。声が大きいです」
 クイは人差し指を立て口元にあてがうと、慌てたように周りの雑踏を見渡した。そしてユミに近づき、眼の高さを合わせじっと見つめる。
 しかし、ユミは動じない。
「答えて!」
 とっさにユミの口を空いた手で覆う。
「落ち着いてください。ユミさんの意図することは分かってますから……」
「むー!!」
 くぐもらせた声を上げつつも、クイをきっと睨む。
 クイに刺さるのはユミの眼差しだけではない。近くを往来する人々のからの視線が痛い。
初生雛愛者しょせいびなあいしゃ……、ナガレ送りだ……」
 ユミと出会ってからこの悪態をつかれたのは何度目だろうか。断じてクイにはその手の趣味はない。
 とは言え、ユミの名はある程度知れ渡っている。騒ぎを起こされては面倒なので、口を覆った手を離してやる。

「どうして!? キリとまた会えるって言ったよね? 鴛鴦文も交わせるって言ってたよね!?」
 どちらもヤミが発言したことではある。しかしクイも、それに乗じてその場をはぐらかしていた。
「……弁明をさせて下さい。そのためにまず、どこか席につきませんか?」
 ユミはクイを睨んだままだ。しかし、その腹からぐーと音が鳴る。この音を聞き逃すようなクイではなかった。
「どうでしょう。お食事には早いですがおやつぐらいならご馳走しますよ?」
「……あんみつ。孔雀屋の大きいやつ……」
 頬を赤らめながら呟くユミに、クイは飛びっきりの笑顔を見せた。

 ――――

「どうです、トミサの暮らしは? もう慣れました?」
 番傘の下、横並びに腰を掛けるユミへ声をかける。
「むー」
 食べるのに夢中なのか、クイへの反抗のつもりなのか、ユミは曖昧な返事をした。
 落ち着くまで待とうかと、クイは手元にある小鉢から落花生の実を取り口に入れる。
 そして改めてユミが抱えている大鉢を見る。白玉と角切りの寒天。その側にはあんこが添えられ、上からは黒蜜がとろりと垂らされていた。またミカンの房とスイカの果肉とが同居し彩りを与えている。ウラヤに居続けたのではありつけなかったはずの逸品だ。本当にユミが食べきれるのかと不安にもなる。
 まだユミがトミサへ来てから10日程だが、さっそく味を占めたのだろうか。
 
 ユミは一旦掻き込むを手を止め、ふぅと息をついた。
「このあんみつ。サイが教えてくれた……」
 ユミの言葉にクイから自然と笑みが漏れる。
「サイさん……。彼女と仲良くやれているのですね」
 クイの雛時代、同じ班だったスナの妹だ。ユミの宣言通り、彼女の良いところを見つけられたのだろうか。
「サイ、私よりも変な子だね」
「いや、さすがに……」
 そんな奴はいないだろうと喉まで出かかった言葉を押しとどめる。
 これからユミと対話を試みようというのだ。いたずらに刺激する必要はないだろう。
 
「サイがこのお店を教えてくれた日、一緒に食べてたらなんか男の人が声をかけてきたんだけどね」
 ユミは手に持っていた匙を眼の前に掲げ、その先を上に向ける。
「その人、この匙を曲げてみましょうとか言うの」
 クイは何となくその人物を察する。会ったことはないが、トミサでしばしば噂になる男だ。
「そしたらサイ、そのぐらいできらぁとか言って、男の人が持ってた匙を分捕ぶんどってぽっきり折っちゃった」
 ふふっ、とユミから笑みが零れる。よっぽどおかしかったのだろう。
 クイにも懐かしさがこみあげる。思い出されるのはスナがトキを悠々と持ち上げる様だ。妹のサイも同様に怪力を持っているらしい。
「で、男の人、しばらくぽかんって顔してたんだけど、折れちゃった匙を黙って受け取ったの。それでこんな風に」
 ユミは手元の匙に息を吹き付ける。
「ふってしたら元に戻っちゃった!」
 皿のようにした眼をクイへと見せつける。
「その時のサイの驚きようがほんっとおかしくて!」
 先ほどよりも大げさに、ユミは笑顔を湛えて見せた。
 クイは少し安堵する。先ほどまでユミは不機嫌そうだったので、どう話を切り出したものかと考えあぐねていたのだが、なんとかなりそうな気がしてきている。

「その方は奇術師ですね。話には聞きますが、目の前で術を見られたのは運が良かったと思いますよ」
 クイも一度はお目にかかりたいものだと思っていた。
「奇術師?」
 ユミは匙を目の前でくるくる回す。
「ええ、現実では不可能なことを、まるで起きているかのように見せる人のことですね」
「起きているかのように見せる?」
 俄然興味が湧いた様子のユミに、クイは例の如く饒舌になっていく。
「そうですね。先ほど匙が元に戻ったとおっしゃいましたが、実際には折れたままなのでしょう」
「そうなの?」
「察するに、奇術師の方はもう一本同じ匙を持っていたのではないかと。そしてあなた達に見えないようにすり替えてしまった」
「んー? そうなのかなぁ?」
 ユミの記憶力を以てすれば、目の前で繰り広げられた現象を明確に思い出せるのかもしれない。それでいてなお、納得いかないという様子だ。
「大前提として、折れた匙が元に戻ることはあり得ません」
「戻ることはあり得ない……。その前提が間違ってはいないの?」
「おっと……」
 ユミの指摘がぐさりと刺さる。言われてみればその通りだ。
「私の述べたことは方法の1つです。ユミさんが見た物とはやり方は違うかもしれませんが、必ず説明可能な原理があるものなのです」
 クイが知らないだけで匙を元に戻す方法があるのかもしれない。しかしそうだとしても必ず原理がある。前提は「原理がある」ことの方だろう。
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