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第二章 雛
第十九話 奇術 19 2-6-2/3 55
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「じゃあ、帰巣本能ってどういう原理なの?」
「それは……」
突然の話題転換に焦る。クイは森へ入るとウラヤへと導かれる。何故ウラヤへ導かれるのかと問われれば、そこで生まれたからと答えることになる。考えてみればおかしな話ではある。鳩になって以来当たり前のように使ってきた能力だが、一体どういう原理で導かれているのだろうか。
一方のユミはと言うと、森へ入ると歩いた道のりを覚え、そして辿っていく。実に単純な原理であり、説明も出来る。
しかしクイは、この原理に長らく気づくことが出来なかった。それは「森は迷う」という固定観念のせいだった。自身の常識に無いからと言って、可能性を排除するのは危険だということを身を以て体験したはずだった。それが匙をきっかけとして、ユミに再認識させられることになってしまった。
「その奇術師さんは匙が戻る原理を教えてくれなかったのですよね? それでも楽しめましたでしょ? 帰巣本能の原理は理解しなくても使えるから何も問題はないのです」
「むむむ?」
我ながら何を言っているのか分からない。
ユミは自身の持つ特性について戸惑っているのだろう。先ほどはサイ程ではないにしても、自身が異なる存在であることを自覚している節を見せた。
孵卵の最後、ユミは普通の鳩同様に帰巣本能に目覚めたのだと納得したかのように見えたが、早くもそれが崩れてきたと思われる。他の鳩との接点が増えてきたのだからそれも仕方ないことだろう。
鳩の常識とユミの当たり前。この差異を埋めるために帰巣本能の原理を問うたのかもしれない。とは言え、分からないものは答えられない。
ユミが異端な存在であることを気に病んでいるのかもしれないが、サイの怪力がそのわだかまりを和らげているのだろう。
ユミとサイ、両者ともにもはや無関係とはいえない存在だ。お互いに良い影響を与え合って欲しいものだと、指導者の端くれとしてクイは思うのだった。
「奇術師さん。もう1つすごいことをやってくれたんだよね」
「ほう」
クイは身構える。ひねくれものの彼には、術を暴いてやりたいという雑念がある。
「私に向かって、初恋の人の名前を当てて見せようとか言い出したの」
「なるほど。透視術というものでしょうね」
目を隠したまま賽の目の数を当てたり、紙に書いた文字を当てたり。その手の奇術だと推測する。
「もちろん私はキリのことを考えたよ。で、奇術師さん私の眼の前で指をぱちぱちって鳴らしたの」
「ふむ」
「そしたら『読み取れました。キリですね?』って! もうほんとびっくり!」
それが本当だとしたら確かにすごい話である。しかし、クイにはもっと気がかりなことがあった。
「ユミさん? キリさんのことを話したんですか?」
キリのことは他言しないように釘を刺したはずだ。それを破ったのだろうか?
「言ってないよ! 勝手に読み取られただけ……。ちゃんとクイの言いつけは守ってるよぉ」
「何かにキリさんの名前を書いたりも?」
「してない!」
ユミは何かと屁理屈をこねるきらいがあると感じていた。しかし今回に関しては、本当に意図せずキリの名前が伝わってしまったということだろう。
「……ユミさん。名前以外には明かしてないですよね?」
「うん。でも私の反応を見たサイがにやにやしてたから、多分サイにはばれちゃった……」
名前ぐらいなら露呈したところでどうにもならないとは思われる。とはいえユミの言うことが本当だとして、その奇術師はどこまで読み取ったのだろうか。ユミの能力や孵卵での出来事まで透視できたというのなら、非常に面倒臭いことになる。
原理はあるのだろうがその原理をクイが説明できない以上、奇術師の存在は脅威だ。ユミにとっても、クイにとっても。思わぬところに伏兵が潜んでいたものである。
「ユミさん。もしまたその奇術師と出会ったら逃げてください。余計なことを読み取られる前に」
「え?」
「この初生雛愛者! って叫べば多分逃げきれますから……」
ユミにもクイの意図は分かる。鳩の縛めについてある程度学んできたところだ。例えば、トミサを介さず他の村を渡り歩くことが禁じられていると言ったことなど。それが出来てしまうことを誰かに知られてはまずいのだ。
「ねえ、クイ……。私、もうキリには会えないの? 仕事でラシノに行けない、鴛鴦文も書けない……」
やっとのことで本題に入る。
「正直……、難しいでしょうね……」
クイも苦い顔をする。
「鴛鴦文じゃない文も書けないの?」
「そうですね……、その文を書くとすればユミさんがキリさんを知っていることが前提となります。通常であれば出会うはずの無かった2人、どういった名目で文を送るかが問題になります。下手をすれば、孵卵でユミさんのやらかした所業が明るみに出てしまうかもしれない」
「じゃあ、サイは? サイかギンかにこっそり文を届けてもらうとか。門で持ち物の検分が障壁になるんだったら口伝てでもいい!」
「それもあまりお勧めできませんね。ユミさんの大きな秘密を共有することになる」
ぽつり。ユミの眼から大粒の涙が零れ落ちる。
「うう……。キリ、キリに会いたいよぉ……」
キリが大人になるまで、会いに行くのは我慢するつもりでいた。しかし、大人になっても会えないのではないかという懸念に直面してしまった。
「それは……」
突然の話題転換に焦る。クイは森へ入るとウラヤへと導かれる。何故ウラヤへ導かれるのかと問われれば、そこで生まれたからと答えることになる。考えてみればおかしな話ではある。鳩になって以来当たり前のように使ってきた能力だが、一体どういう原理で導かれているのだろうか。
一方のユミはと言うと、森へ入ると歩いた道のりを覚え、そして辿っていく。実に単純な原理であり、説明も出来る。
しかしクイは、この原理に長らく気づくことが出来なかった。それは「森は迷う」という固定観念のせいだった。自身の常識に無いからと言って、可能性を排除するのは危険だということを身を以て体験したはずだった。それが匙をきっかけとして、ユミに再認識させられることになってしまった。
「その奇術師さんは匙が戻る原理を教えてくれなかったのですよね? それでも楽しめましたでしょ? 帰巣本能の原理は理解しなくても使えるから何も問題はないのです」
「むむむ?」
我ながら何を言っているのか分からない。
ユミは自身の持つ特性について戸惑っているのだろう。先ほどはサイ程ではないにしても、自身が異なる存在であることを自覚している節を見せた。
孵卵の最後、ユミは普通の鳩同様に帰巣本能に目覚めたのだと納得したかのように見えたが、早くもそれが崩れてきたと思われる。他の鳩との接点が増えてきたのだからそれも仕方ないことだろう。
鳩の常識とユミの当たり前。この差異を埋めるために帰巣本能の原理を問うたのかもしれない。とは言え、分からないものは答えられない。
ユミが異端な存在であることを気に病んでいるのかもしれないが、サイの怪力がそのわだかまりを和らげているのだろう。
ユミとサイ、両者ともにもはや無関係とはいえない存在だ。お互いに良い影響を与え合って欲しいものだと、指導者の端くれとしてクイは思うのだった。
「奇術師さん。もう1つすごいことをやってくれたんだよね」
「ほう」
クイは身構える。ひねくれものの彼には、術を暴いてやりたいという雑念がある。
「私に向かって、初恋の人の名前を当てて見せようとか言い出したの」
「なるほど。透視術というものでしょうね」
目を隠したまま賽の目の数を当てたり、紙に書いた文字を当てたり。その手の奇術だと推測する。
「もちろん私はキリのことを考えたよ。で、奇術師さん私の眼の前で指をぱちぱちって鳴らしたの」
「ふむ」
「そしたら『読み取れました。キリですね?』って! もうほんとびっくり!」
それが本当だとしたら確かにすごい話である。しかし、クイにはもっと気がかりなことがあった。
「ユミさん? キリさんのことを話したんですか?」
キリのことは他言しないように釘を刺したはずだ。それを破ったのだろうか?
「言ってないよ! 勝手に読み取られただけ……。ちゃんとクイの言いつけは守ってるよぉ」
「何かにキリさんの名前を書いたりも?」
「してない!」
ユミは何かと屁理屈をこねるきらいがあると感じていた。しかし今回に関しては、本当に意図せずキリの名前が伝わってしまったということだろう。
「……ユミさん。名前以外には明かしてないですよね?」
「うん。でも私の反応を見たサイがにやにやしてたから、多分サイにはばれちゃった……」
名前ぐらいなら露呈したところでどうにもならないとは思われる。とはいえユミの言うことが本当だとして、その奇術師はどこまで読み取ったのだろうか。ユミの能力や孵卵での出来事まで透視できたというのなら、非常に面倒臭いことになる。
原理はあるのだろうがその原理をクイが説明できない以上、奇術師の存在は脅威だ。ユミにとっても、クイにとっても。思わぬところに伏兵が潜んでいたものである。
「ユミさん。もしまたその奇術師と出会ったら逃げてください。余計なことを読み取られる前に」
「え?」
「この初生雛愛者! って叫べば多分逃げきれますから……」
ユミにもクイの意図は分かる。鳩の縛めについてある程度学んできたところだ。例えば、トミサを介さず他の村を渡り歩くことが禁じられていると言ったことなど。それが出来てしまうことを誰かに知られてはまずいのだ。
「ねえ、クイ……。私、もうキリには会えないの? 仕事でラシノに行けない、鴛鴦文も書けない……」
やっとのことで本題に入る。
「正直……、難しいでしょうね……」
クイも苦い顔をする。
「鴛鴦文じゃない文も書けないの?」
「そうですね……、その文を書くとすればユミさんがキリさんを知っていることが前提となります。通常であれば出会うはずの無かった2人、どういった名目で文を送るかが問題になります。下手をすれば、孵卵でユミさんのやらかした所業が明るみに出てしまうかもしれない」
「じゃあ、サイは? サイかギンかにこっそり文を届けてもらうとか。門で持ち物の検分が障壁になるんだったら口伝てでもいい!」
「それもあまりお勧めできませんね。ユミさんの大きな秘密を共有することになる」
ぽつり。ユミの眼から大粒の涙が零れ落ちる。
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