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第二章 雛
第二十四話 家族 24 2-11-3/3 71
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「ねえ、ユミ。鳩だったら分かるよね。鴛鴦文って女から女に送ることはできないの?」
突然コナが問いかけてくる。正座した彼女の膝の上にはテコが顔を突っ伏し、寝息を立てていた。
「え……、どうなんだろう。考えたこと無かった……」
村を隔てた者同士が鴛鴦の契りを結ぶために交わされる文。男と女で交わすのが通常だ。
ユミがキリに惹かれたのは男だったためなのか、今となってもよく分からないが、子の成し方を母から聞いた時はキリが男で良かったと感じたものだった。
とは言え、女が女に惹かれる例をユミは既に目の当たりにしていた。
例えばアイ、彼女から向けられた執着は母子の関係とは違う何かを感じさせた。
そしてミズ、生い立ちが特殊だったため男に対する嫌悪感が強いのかもしれないが、ユミやソラに向けられる好意は狂気すら孕んでいた。
そうはいうものの、アイはキリの父親と鴛鴦の契りを結んだはずだ。
一方のミズは将来どうするのだろうか。順当に行けば彼女はナガレの鳩となるのだが、彼女がナガレの男と結ばれることを望むとは思えない。
いや、居住地は関係ない。男に対する嫌悪が鴛鴦の契りを結ぶことを妨げるはずだ。
「さっき、コナさんは鴛鴦文で悩んでるって……。そういうこと?」
「うん……。テコにははぐらかしてるんだけどね」
コナは膝の上の頭を一撫ですると、母親に眼を向ける。
「あんたの好きにしたらいいさ」
「ありがとう、お母さん」
鴛鴦文が男と女とでしか交わせないものだとしたら、ここにも鳩の縛めにより制限を受けた者がいる。
またユミの中で、クイの言葉が重くのしかかって来た。
――――
「ねーちゃん、かーちゃんまたね! とーちゃん達にも元気でねって!」
テコが手を上げ、2人に別れを告げる。立っているのは森のすぐ傍だ。まっすぐ歩けばトキ達が眠る森の隙間がある。
「うん、今日はありがとうテコ。ごめんね、きっと辛くなって帰って来たんだろうね……」
「大丈夫! ちょっと教官は怖いけど……、あれもおれの為だったんだなって。ユミもいるし、それに鴦だって……」
「おし?」
コナの詰め寄るような口調に、テコはしまったという顔になる。
「そう、推し! 野菜と獣肉を香辛料と一緒に煮込んだ奴。とっても美味しい料理がトミサにはあるんだ。今度帰って来る時には材料持って帰って来るよ!」
あながち嘘とも言えないごまかしの言葉。すらすらとこのような言葉を紡げるのは、一体誰の影響なのだろうとユミは頭を捻る。
「だから、鳩になって良かった! おれをトミサへ送り出してくれてありがとう!」
テコは強いな。ユミは感心する。ここに来るまではとても悲しそうにしていた。それが今ではとても元気そうに見えた。
「あの、ネギごちそうさまでした。……鳩の縛めに従えば、私はもうここに来ることはできません」
ユミが軽く礼をすると、コナは露骨に残念そうな顔を見せた。
「そうなの? 結構ユミのこと可愛いと思ってたんだけどな……」
「え? あー……。ともかく私がここに来たこと、内緒にしといてもらいたいなーって」
「分かった。ユミのことは大事な思い出にするね!」
「あはははは……」
ギンに対する不快感と違うのは明らかだったが、覚えた感情の正体が分からず笑ってごまかすことしかできなかった。
「じゃあ、テコ。行くよ」
テコの手を取り、森へと足を踏み入れる。コナの顔を振り返ろうとは思わなかった。
――――
「ありがとう、ユミ。おれ、もう少し頑張れそう。渡りが終われば、またねーちゃん達に会えるんだって」
「そうだね。テコの場合、渡りが終わったらトミサとモバラの往復の試験だから……、サイを家族に会わせてあげられるね!」
「うん!」
我ながら無責任なことを言っているなとユミは思う。確かなのは「ねーちゃん」と呼ばれたのが嬉しかったということだ。
サイは初対面の時点でテコのことを家族だと言った。それは恐らく姉弟を意味していたのだろうが、テコが温かい気持ちになれるのなら、それ以上の関係になることを応援してあげても良いのではないだろうか。
歩き始めてすぐは、なんということの無い言葉を交わし合っていた2人だったが、徐々に口数は減っていく。
碌に寝ていなかったこともあり、疲労は限界に近い。
トキ達が目覚める前に戻ることが出来れば事なきを得るだろう、と思っていたがそれは甘い考えであった。
姉としてテコを導いてやらねばならない、その一心でユミは手を引き続けた。
あと15分程でトキらの寝床へ着こうという頃、テコの手を引いていた方の肩ががくんと落ちる。
肩の先を見やれば、テコの体が正面に向かって倒れていた。
「テコ!? 大丈夫?」
ユミは慌てて繋いでいた手を離し、その体を起こそうと奮闘する。テコも両手をついて起き上がろうとするが、上体を起こすのがやっとのようで、尻もちをつき膝を抱える。
「ごめん。たてない。ねーちゃん、おんぶして……」
「おんぶぅ!?」
涙を浮かべながら上目づかいで見てくるテコだったが、未だ力には自信の無いユミだった。
テコが立てるようになるまでにどれくらいの時間を要するだろう。
いや、考える時間も勿体ない。元来ユミは後先のことを考えずに突っ走る人間なのだ。特に、家族の為には。
テコはまだ何も与えてくれていない、などということはない。「ねーちゃん」と呼んでくれた。それだけで十分ではないか。
「テコはここから動かないでいい子で待ってて! ギンを呼んで来る!」
ユミは立ち上がり、駆け出して行く。
突然コナが問いかけてくる。正座した彼女の膝の上にはテコが顔を突っ伏し、寝息を立てていた。
「え……、どうなんだろう。考えたこと無かった……」
村を隔てた者同士が鴛鴦の契りを結ぶために交わされる文。男と女で交わすのが通常だ。
ユミがキリに惹かれたのは男だったためなのか、今となってもよく分からないが、子の成し方を母から聞いた時はキリが男で良かったと感じたものだった。
とは言え、女が女に惹かれる例をユミは既に目の当たりにしていた。
例えばアイ、彼女から向けられた執着は母子の関係とは違う何かを感じさせた。
そしてミズ、生い立ちが特殊だったため男に対する嫌悪感が強いのかもしれないが、ユミやソラに向けられる好意は狂気すら孕んでいた。
そうはいうものの、アイはキリの父親と鴛鴦の契りを結んだはずだ。
一方のミズは将来どうするのだろうか。順当に行けば彼女はナガレの鳩となるのだが、彼女がナガレの男と結ばれることを望むとは思えない。
いや、居住地は関係ない。男に対する嫌悪が鴛鴦の契りを結ぶことを妨げるはずだ。
「さっき、コナさんは鴛鴦文で悩んでるって……。そういうこと?」
「うん……。テコにははぐらかしてるんだけどね」
コナは膝の上の頭を一撫ですると、母親に眼を向ける。
「あんたの好きにしたらいいさ」
「ありがとう、お母さん」
鴛鴦文が男と女とでしか交わせないものだとしたら、ここにも鳩の縛めにより制限を受けた者がいる。
またユミの中で、クイの言葉が重くのしかかって来た。
――――
「ねーちゃん、かーちゃんまたね! とーちゃん達にも元気でねって!」
テコが手を上げ、2人に別れを告げる。立っているのは森のすぐ傍だ。まっすぐ歩けばトキ達が眠る森の隙間がある。
「うん、今日はありがとうテコ。ごめんね、きっと辛くなって帰って来たんだろうね……」
「大丈夫! ちょっと教官は怖いけど……、あれもおれの為だったんだなって。ユミもいるし、それに鴦だって……」
「おし?」
コナの詰め寄るような口調に、テコはしまったという顔になる。
「そう、推し! 野菜と獣肉を香辛料と一緒に煮込んだ奴。とっても美味しい料理がトミサにはあるんだ。今度帰って来る時には材料持って帰って来るよ!」
あながち嘘とも言えないごまかしの言葉。すらすらとこのような言葉を紡げるのは、一体誰の影響なのだろうとユミは頭を捻る。
「だから、鳩になって良かった! おれをトミサへ送り出してくれてありがとう!」
テコは強いな。ユミは感心する。ここに来るまではとても悲しそうにしていた。それが今ではとても元気そうに見えた。
「あの、ネギごちそうさまでした。……鳩の縛めに従えば、私はもうここに来ることはできません」
ユミが軽く礼をすると、コナは露骨に残念そうな顔を見せた。
「そうなの? 結構ユミのこと可愛いと思ってたんだけどな……」
「え? あー……。ともかく私がここに来たこと、内緒にしといてもらいたいなーって」
「分かった。ユミのことは大事な思い出にするね!」
「あはははは……」
ギンに対する不快感と違うのは明らかだったが、覚えた感情の正体が分からず笑ってごまかすことしかできなかった。
「じゃあ、テコ。行くよ」
テコの手を取り、森へと足を踏み入れる。コナの顔を振り返ろうとは思わなかった。
――――
「ありがとう、ユミ。おれ、もう少し頑張れそう。渡りが終われば、またねーちゃん達に会えるんだって」
「そうだね。テコの場合、渡りが終わったらトミサとモバラの往復の試験だから……、サイを家族に会わせてあげられるね!」
「うん!」
我ながら無責任なことを言っているなとユミは思う。確かなのは「ねーちゃん」と呼ばれたのが嬉しかったということだ。
サイは初対面の時点でテコのことを家族だと言った。それは恐らく姉弟を意味していたのだろうが、テコが温かい気持ちになれるのなら、それ以上の関係になることを応援してあげても良いのではないだろうか。
歩き始めてすぐは、なんということの無い言葉を交わし合っていた2人だったが、徐々に口数は減っていく。
碌に寝ていなかったこともあり、疲労は限界に近い。
トキ達が目覚める前に戻ることが出来れば事なきを得るだろう、と思っていたがそれは甘い考えであった。
姉としてテコを導いてやらねばならない、その一心でユミは手を引き続けた。
あと15分程でトキらの寝床へ着こうという頃、テコの手を引いていた方の肩ががくんと落ちる。
肩の先を見やれば、テコの体が正面に向かって倒れていた。
「テコ!? 大丈夫?」
ユミは慌てて繋いでいた手を離し、その体を起こそうと奮闘する。テコも両手をついて起き上がろうとするが、上体を起こすのがやっとのようで、尻もちをつき膝を抱える。
「ごめん。たてない。ねーちゃん、おんぶして……」
「おんぶぅ!?」
涙を浮かべながら上目づかいで見てくるテコだったが、未だ力には自信の無いユミだった。
テコが立てるようになるまでにどれくらいの時間を要するだろう。
いや、考える時間も勿体ない。元来ユミは後先のことを考えずに突っ走る人間なのだ。特に、家族の為には。
テコはまだ何も与えてくれていない、などということはない。「ねーちゃん」と呼んでくれた。それだけで十分ではないか。
「テコはここから動かないでいい子で待ってて! ギンを呼んで来る!」
ユミは立ち上がり、駆け出して行く。
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