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第二章 雛
第二十五話 詰問 25 2-12-1/4 72
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「ユミ! どこへ行ってた!」
あわよくばギンだけを引き連れてテコの元へ。それはとんだ甘い考えであった。
朝もやがかかる中、1人寝床へと戻ってきたユミをトキが激しい剣幕で叱責する。
「え、えっと……」
いつもの癖で言い訳を考えてしまう。しかし妙案が浮かぶ訳もなく、身を固めたままトキに詰め寄られる。
目の前に迫る顔がなんとも恐ろしい。鬼など見たことはないが、鬼の形相とはこういう物なのだろうとユミは身を縮めた。教官が怖いと発言したテコの気持ちが今ならよく分かる。ユミの目頭も熱くなっていく。
「テコ? テコはどこ!?」
ユミとトキの間に流れる殺伐とした空気を裂くように、サイが声を上擦らせる。
状況からして、ユミが何も関与していないとは考えにくい。サイはトキの体を突き飛ばし、ユミの胸倉を掴む。
「ユミ! テコをどこへやった!」
「あの……、えっとぉ……」
「えっとじゃない!」
サイは怒声を飛ばすが、その眼は涙で潤んでいる。ユミにはこれ以上隠し通すことなどできなかった。
「森に……」
「森だと!? この広い?」
胸倉を掴む手の力が少しずつ強くなっていくのが分かる。
「お願い……、ついて来て。テコのところまで……」
ばちん。
乾いた音ともに、ユミの視界がぐるんと回る。頬には焼けるような痛みが駆け巡る。
「ついて来いだと!? そんなことが出来たら姉さんだって……」
ユミの頬をはたくために振りぬいた掌を、引き戻しながら握りこぶしを作っていく。
次のユミの返答次第では、今度は本気で殴られかねないだろう。
「お願い……、私を信じてついて来て……。このままじゃほんとにテコが居なくなっちゃう……」
涙ながらに訴える。同情を誘おうなどという気はさらさらない。
しかしその態度が、かえってサイの忌諱に触れたようだ。
「泣きたいのはテコの方だ!」
「やめろ。サイ」
立ち上がったトキが引き手になったサイの肘を掴む。
「ぐっ……」
しばらくトキの手を振り払おうとする動作を見せていたが、やがて落ち着いたのか腕を下す。
「ユミについて行ってどうなるんだよ……」
「ユミを殴ったところでもどうにもならん」
不貞腐れた様子のサイの頭を軽く撫でると、トキは改めてその大きな顔をユミに向ける。
「ユミ、お前、テコの場所が分かるのか?」
「……うん。テコと一緒に歩いてたんだけど、眠くて転んで……、足をくじいて動けなくなっちゃったみたいで……。助けを呼んでくるから動かずに待っててって……」
余計な意図を読み取られない様に、誰を呼ぼうとしたか言及は避けた。
「サイ、ユミを信じてみないか? 俺達にテコの場所が分からん以上、そうするしかない」
「……ああ。だったら行動は早い方がいい」
相変わらずユミを射るような、冷たいサイの視線だったが、ひとまずは話を聞き入れてくれたことに感謝した。
――――
「テコ!」
「サイぃいいいい!」
ユミの言いつけ通り、テコは転んだ場所から動かずに待っていたようだ。
尻もちをついた状態で座り込んでいた彼の姿を認めると、サイは一目散に駆け出し抱き締めた。
「怖かったろう? こんなところに一人で……」
「うん……。でもかーちゃん達にも会えたから」
「かーちゃん?」
サイが素っ頓狂な声を上げると、トキとギンがユミの方へと眼を向ける。
昨晩の寝床からここへ来るまでの間、何故テコを連れ出すような真似をしたのか真実を話すことが出来ないでいたのだ。
ユミがもりす記憶を使い、鳩の縛めを犯すことの条件として、自ら掲げていた規律が2点あった。
1つは他者の為の行動であること。
もう1つは縛めを犯したことの責任は自らで負うことだ。
モバラへ帰りたいと言い出したのはテコだったが、その背中を押したのはユミだ。それを肝に銘じなければならない。
従って、あくまでもユミの意志でテコとともに夜の散歩に耽る。そのような状況であったと説明していた。
それを聞いたサイとトキは唖然とした様子だった。一方ギンだけは、場違いにも不満そうな顔を浮かべ「逢引きかよ」と呟いていた。
「おれがモバラに帰りたいって言ったから、ユミがついて来てくれた」
「テコ、お前モバラに行ってたのか? それが許されざることだと分かっているのか?」
「……うん」
トミサを介さずに村と村を渡り歩く。鳩の縛めに従えば禁じられていることだ。というよりも、トミサを出入りする際に行われる検分により原理上不可能とされる。
ただし、渡りに関しては例外だ。トミサでない村へ帰巣本能を発現した者が、複数名同時に外へ出ることが許された機会となる。やろうと思えば村同士の移動も可能なのだ。
また万が一はぐれてしまった時は、帰巣本能に従い生まれの村へ向かえば良い。トキはその様に指導もしていた。
「確かに出入りした門のことを考えれば、モバラがナガラの近くにあってもおかしくないが……」
そこまではトキの理解が及ぶところではある。不可解なのはユミの行動だ。
テコとともにモバラへ赴いたが、その帰り道でテコが動けなくなり、助けを呼びに寝床へと戻って来た。さらにはトキらを引き連れ、テコの居場所まで案内した。
鳩の常識から考えてあり得ないことを成し遂げている。
「ユミ、お前……。クイが言っていた通り――」
「クイ?」
何故その名前が飛び出したのか、テコを引き合わせることが出来た今では疑問に思う余裕が生まれていた。
「いや気にしないでくれ」
トキ自身も、その安堵からか怒気が収まり始めているようだった。
あわよくばギンだけを引き連れてテコの元へ。それはとんだ甘い考えであった。
朝もやがかかる中、1人寝床へと戻ってきたユミをトキが激しい剣幕で叱責する。
「え、えっと……」
いつもの癖で言い訳を考えてしまう。しかし妙案が浮かぶ訳もなく、身を固めたままトキに詰め寄られる。
目の前に迫る顔がなんとも恐ろしい。鬼など見たことはないが、鬼の形相とはこういう物なのだろうとユミは身を縮めた。教官が怖いと発言したテコの気持ちが今ならよく分かる。ユミの目頭も熱くなっていく。
「テコ? テコはどこ!?」
ユミとトキの間に流れる殺伐とした空気を裂くように、サイが声を上擦らせる。
状況からして、ユミが何も関与していないとは考えにくい。サイはトキの体を突き飛ばし、ユミの胸倉を掴む。
「ユミ! テコをどこへやった!」
「あの……、えっとぉ……」
「えっとじゃない!」
サイは怒声を飛ばすが、その眼は涙で潤んでいる。ユミにはこれ以上隠し通すことなどできなかった。
「森に……」
「森だと!? この広い?」
胸倉を掴む手の力が少しずつ強くなっていくのが分かる。
「お願い……、ついて来て。テコのところまで……」
ばちん。
乾いた音ともに、ユミの視界がぐるんと回る。頬には焼けるような痛みが駆け巡る。
「ついて来いだと!? そんなことが出来たら姉さんだって……」
ユミの頬をはたくために振りぬいた掌を、引き戻しながら握りこぶしを作っていく。
次のユミの返答次第では、今度は本気で殴られかねないだろう。
「お願い……、私を信じてついて来て……。このままじゃほんとにテコが居なくなっちゃう……」
涙ながらに訴える。同情を誘おうなどという気はさらさらない。
しかしその態度が、かえってサイの忌諱に触れたようだ。
「泣きたいのはテコの方だ!」
「やめろ。サイ」
立ち上がったトキが引き手になったサイの肘を掴む。
「ぐっ……」
しばらくトキの手を振り払おうとする動作を見せていたが、やがて落ち着いたのか腕を下す。
「ユミについて行ってどうなるんだよ……」
「ユミを殴ったところでもどうにもならん」
不貞腐れた様子のサイの頭を軽く撫でると、トキは改めてその大きな顔をユミに向ける。
「ユミ、お前、テコの場所が分かるのか?」
「……うん。テコと一緒に歩いてたんだけど、眠くて転んで……、足をくじいて動けなくなっちゃったみたいで……。助けを呼んでくるから動かずに待っててって……」
余計な意図を読み取られない様に、誰を呼ぼうとしたか言及は避けた。
「サイ、ユミを信じてみないか? 俺達にテコの場所が分からん以上、そうするしかない」
「……ああ。だったら行動は早い方がいい」
相変わらずユミを射るような、冷たいサイの視線だったが、ひとまずは話を聞き入れてくれたことに感謝した。
――――
「テコ!」
「サイぃいいいい!」
ユミの言いつけ通り、テコは転んだ場所から動かずに待っていたようだ。
尻もちをついた状態で座り込んでいた彼の姿を認めると、サイは一目散に駆け出し抱き締めた。
「怖かったろう? こんなところに一人で……」
「うん……。でもかーちゃん達にも会えたから」
「かーちゃん?」
サイが素っ頓狂な声を上げると、トキとギンがユミの方へと眼を向ける。
昨晩の寝床からここへ来るまでの間、何故テコを連れ出すような真似をしたのか真実を話すことが出来ないでいたのだ。
ユミがもりす記憶を使い、鳩の縛めを犯すことの条件として、自ら掲げていた規律が2点あった。
1つは他者の為の行動であること。
もう1つは縛めを犯したことの責任は自らで負うことだ。
モバラへ帰りたいと言い出したのはテコだったが、その背中を押したのはユミだ。それを肝に銘じなければならない。
従って、あくまでもユミの意志でテコとともに夜の散歩に耽る。そのような状況であったと説明していた。
それを聞いたサイとトキは唖然とした様子だった。一方ギンだけは、場違いにも不満そうな顔を浮かべ「逢引きかよ」と呟いていた。
「おれがモバラに帰りたいって言ったから、ユミがついて来てくれた」
「テコ、お前モバラに行ってたのか? それが許されざることだと分かっているのか?」
「……うん」
トミサを介さずに村と村を渡り歩く。鳩の縛めに従えば禁じられていることだ。というよりも、トミサを出入りする際に行われる検分により原理上不可能とされる。
ただし、渡りに関しては例外だ。トミサでない村へ帰巣本能を発現した者が、複数名同時に外へ出ることが許された機会となる。やろうと思えば村同士の移動も可能なのだ。
また万が一はぐれてしまった時は、帰巣本能に従い生まれの村へ向かえば良い。トキはその様に指導もしていた。
「確かに出入りした門のことを考えれば、モバラがナガラの近くにあってもおかしくないが……」
そこまではトキの理解が及ぶところではある。不可解なのはユミの行動だ。
テコとともにモバラへ赴いたが、その帰り道でテコが動けなくなり、助けを呼びに寝床へと戻って来た。さらにはトキらを引き連れ、テコの居場所まで案内した。
鳩の常識から考えてあり得ないことを成し遂げている。
「ユミ、お前……。クイが言っていた通り――」
「クイ?」
何故その名前が飛び出したのか、テコを引き合わせることが出来た今では疑問に思う余裕が生まれていた。
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トキ自身も、その安堵からか怒気が収まり始めているようだった。
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