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第三章 口舌り
第二十九話 外堀 29 3-3-3/3 89
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「先ほどもご指摘頂いたように、この職には人の心に寄り添える能力が必要です。そしてその糸口はミズさんにありました」
「ミズに?」
クイの言わんとすることがまだ読めない。
「ええ、ユミさんの孵卵でナガレに踏み入ってしまった時、ミズさんはユミさんへと抱き着いた」
「うん。さっきもミズとその話をしてた」
恥ずかしい思い出を蒸し返され、言葉に棘を含んだ言い方になってしまう。
「ミズさんの見た目のせいもありますが、ユミさんへの態度を見て私は彼女が女子であることを見抜けなかった」
「ミズのことが女の子だって分からなかったのは私も同じだけど、抱き着いてきたことは関係なくない? 私、小さい頃からソラとはいっぱい抱き合ってきたよ」
言ってしまってからユミは顔を赤くする。何故この男に乙女の思い出を語らなくてはならないのだろうと。
「そういうこともあるでしょうね。しかしあの時、あなたに抱き着くミズさんの顔には優越感があった。キリさんに向けての。そしてユミさんも少し嬉しそうだった」
「なっ! そ、そんなことないよ。確かにミズは男の子の中では可愛い方だと思ったし、年下だったけど……」
図星を突かれ、余計なことまで口走ってしまう。実際のところ、嬉しそうに見えたと言うのなら嫉妬に燃えるキリが可愛いと思ったことが要因のはずだ。そしてそれもやはり、あの場にいた者の多くがミズを男だと思っていたことに起因する。
「これが偏見というものだったんでしょうね。女を好きになるのは男だけだと言う」
「うん……。それはそうかも。私はキリを好きになったし、キリも私を好きになってくれた。ソラのことはもちろん好きだけど……、やっぱり違う。認めたくはないけど、ソラがギンのことを好きだって言うなら応援する。キリがもし他の女の子を好きになったって言うなら……、絶対許さない」
ユミの切れ眼がさらに鋭くなる。
その眼光に一瞬ひるんでしまったが、クイは眼を逸らさず話を続ける。
「私は思ったのです。ミズさんの他にも似たような指向を持つ者がいるのではないか。女が女を好きになり、男が男を好きになることもあるのではないかと。そして鳩達に協力を募りました。何か悩みを抱えている者がいれば教えて欲しいと」
クイの口が滑らかになっていくのを感じる。ずっと話したかったことなのだろう。
「しかし、すぐに悩みを打ち明けてくれる人はいませんでした。今思えば無神経なことをしてしまったと思います。少数派となる指向を吹聴するのは躊躇われることなのでしょう」
少数派の指向と聞きユミにも思い当たることがあった。
鳩になって以来、姉のような存在としてクイの息子であるハリの成長を見届けてきた。そんな彼へと頬ずりしたくなる衝動に駆られることが度々あったのだが、それは良くないことだと耐え忍び、誰にも打ち明けることはなかったのだ。
「それでもコナさんは打ち明けてくれたのです。男を好きになれない質の様であると。このことは今でもテコさんは知らないはずです。他の鳩を経由して聞いたのです。これは個々人にとって繊細な部分です。血の繋がった家族よりも話しやすい相手もいるのでしょうね」
クイはふうっと息をつく。重要なことは話し終えたと言う合図のようだ。
ユミもすっかり感心してしまった。クイのことを腹黒い男だとは思っていたが、だからこそ人のことがよく見えるのだろう。
大切なのはその能力をどう使うか。コナが前へ踏み出すことが出来たのだから、クイの功績を称えてやっても良いのではないだろうか。
「私の活動について、鳩の間では知る人ぞ知るものとなりました。その結果与えられたのがこの居室です」
クイは立ち上がり、両腕を広げ部屋を示して見せる。
「女から女へ鴛鴦文を渡すこと。私が良いと言えば良いのです」
クイは書棚へと振り返り、指を差しながらモバラの名札に示された領域を探す。やがて一通の封筒を引き出すとユミの前へと掲げる。
間髪入れずユミはそれを受け取ろうとしたが、封筒はクイの元へと引き戻されてしまう。
「え? なんで?」
「ユミさん、分かりませんか? あなたは致命的な失態を犯していることに」
「え、えと……、そんな。まだハリに頬ずりなんてしてないよ? あ……」
クイの眼が点になり、2人の間に沈黙が訪れる。
「……本当の初生雛愛者はあなただったようですね。まあ、手を出していないなら良しとしましょうか。そのことではありません。何故コナさんのことを知っているのですか?」
「あ……、そっか。私が知ってたらおかしいのか。テコでさえ、コナさんが女の子を好きなこと知らないんだもんね……」
クイの鋭い視線に、ユミは呆然としてしまう。
「森巣記憶」
クイがぽつりと呟く。
「森巣……記憶? なんでクイさんがそれを?」
「トキさんから聞きましたよ。ユミさん。雛の渡りでやらかしてくれたそうじゃないですか。テコさんとともにモバラへ逢引きですって?」
「ご、ごめんなさい……」
クイからもりすのことは他言しない様に釘を刺されていたのだ。テコを家族に引き合わせた結果、七班にはユミの能力を露呈させてしまった。
その事実をクイに隠していたのだが、既にトキから伝わってしまっていたようだ。当然トキのことなど責めるわけにはいかない。
「いいですよ。むしろ結果としては良かったと思います。ユミさんの力は無闇にひけらかして良い物ではありませんが、他でもないトキさんです。これからも力になってくれるはずです。ユミさんがキリさんに会うための必要な工程だったかもしれません」
「ありがとう……。そう言ってくれて」
安堵覚えつつも、ユミは不貞腐れた様子だ。
「こうやって外堀を埋めることは大事です。ふふ、トミサを囲う外堀なんかも、埋め尽くしてしまえば簡単に出られちゃうかもしれませんね」
「別に面白くないよ」
「ユミさんらしくて何よりです」
クイは飛びっきりの笑顔を見せた。
「ミズに?」
クイの言わんとすることがまだ読めない。
「ええ、ユミさんの孵卵でナガレに踏み入ってしまった時、ミズさんはユミさんへと抱き着いた」
「うん。さっきもミズとその話をしてた」
恥ずかしい思い出を蒸し返され、言葉に棘を含んだ言い方になってしまう。
「ミズさんの見た目のせいもありますが、ユミさんへの態度を見て私は彼女が女子であることを見抜けなかった」
「ミズのことが女の子だって分からなかったのは私も同じだけど、抱き着いてきたことは関係なくない? 私、小さい頃からソラとはいっぱい抱き合ってきたよ」
言ってしまってからユミは顔を赤くする。何故この男に乙女の思い出を語らなくてはならないのだろうと。
「そういうこともあるでしょうね。しかしあの時、あなたに抱き着くミズさんの顔には優越感があった。キリさんに向けての。そしてユミさんも少し嬉しそうだった」
「なっ! そ、そんなことないよ。確かにミズは男の子の中では可愛い方だと思ったし、年下だったけど……」
図星を突かれ、余計なことまで口走ってしまう。実際のところ、嬉しそうに見えたと言うのなら嫉妬に燃えるキリが可愛いと思ったことが要因のはずだ。そしてそれもやはり、あの場にいた者の多くがミズを男だと思っていたことに起因する。
「これが偏見というものだったんでしょうね。女を好きになるのは男だけだと言う」
「うん……。それはそうかも。私はキリを好きになったし、キリも私を好きになってくれた。ソラのことはもちろん好きだけど……、やっぱり違う。認めたくはないけど、ソラがギンのことを好きだって言うなら応援する。キリがもし他の女の子を好きになったって言うなら……、絶対許さない」
ユミの切れ眼がさらに鋭くなる。
その眼光に一瞬ひるんでしまったが、クイは眼を逸らさず話を続ける。
「私は思ったのです。ミズさんの他にも似たような指向を持つ者がいるのではないか。女が女を好きになり、男が男を好きになることもあるのではないかと。そして鳩達に協力を募りました。何か悩みを抱えている者がいれば教えて欲しいと」
クイの口が滑らかになっていくのを感じる。ずっと話したかったことなのだろう。
「しかし、すぐに悩みを打ち明けてくれる人はいませんでした。今思えば無神経なことをしてしまったと思います。少数派となる指向を吹聴するのは躊躇われることなのでしょう」
少数派の指向と聞きユミにも思い当たることがあった。
鳩になって以来、姉のような存在としてクイの息子であるハリの成長を見届けてきた。そんな彼へと頬ずりしたくなる衝動に駆られることが度々あったのだが、それは良くないことだと耐え忍び、誰にも打ち明けることはなかったのだ。
「それでもコナさんは打ち明けてくれたのです。男を好きになれない質の様であると。このことは今でもテコさんは知らないはずです。他の鳩を経由して聞いたのです。これは個々人にとって繊細な部分です。血の繋がった家族よりも話しやすい相手もいるのでしょうね」
クイはふうっと息をつく。重要なことは話し終えたと言う合図のようだ。
ユミもすっかり感心してしまった。クイのことを腹黒い男だとは思っていたが、だからこそ人のことがよく見えるのだろう。
大切なのはその能力をどう使うか。コナが前へ踏み出すことが出来たのだから、クイの功績を称えてやっても良いのではないだろうか。
「私の活動について、鳩の間では知る人ぞ知るものとなりました。その結果与えられたのがこの居室です」
クイは立ち上がり、両腕を広げ部屋を示して見せる。
「女から女へ鴛鴦文を渡すこと。私が良いと言えば良いのです」
クイは書棚へと振り返り、指を差しながらモバラの名札に示された領域を探す。やがて一通の封筒を引き出すとユミの前へと掲げる。
間髪入れずユミはそれを受け取ろうとしたが、封筒はクイの元へと引き戻されてしまう。
「え? なんで?」
「ユミさん、分かりませんか? あなたは致命的な失態を犯していることに」
「え、えと……、そんな。まだハリに頬ずりなんてしてないよ? あ……」
クイの眼が点になり、2人の間に沈黙が訪れる。
「……本当の初生雛愛者はあなただったようですね。まあ、手を出していないなら良しとしましょうか。そのことではありません。何故コナさんのことを知っているのですか?」
「あ……、そっか。私が知ってたらおかしいのか。テコでさえ、コナさんが女の子を好きなこと知らないんだもんね……」
クイの鋭い視線に、ユミは呆然としてしまう。
「森巣記憶」
クイがぽつりと呟く。
「森巣……記憶? なんでクイさんがそれを?」
「トキさんから聞きましたよ。ユミさん。雛の渡りでやらかしてくれたそうじゃないですか。テコさんとともにモバラへ逢引きですって?」
「ご、ごめんなさい……」
クイからもりすのことは他言しない様に釘を刺されていたのだ。テコを家族に引き合わせた結果、七班にはユミの能力を露呈させてしまった。
その事実をクイに隠していたのだが、既にトキから伝わってしまっていたようだ。当然トキのことなど責めるわけにはいかない。
「いいですよ。むしろ結果としては良かったと思います。ユミさんの力は無闇にひけらかして良い物ではありませんが、他でもないトキさんです。これからも力になってくれるはずです。ユミさんがキリさんに会うための必要な工程だったかもしれません」
「ありがとう……。そう言ってくれて」
安堵覚えつつも、ユミは不貞腐れた様子だ。
「こうやって外堀を埋めることは大事です。ふふ、トミサを囲う外堀なんかも、埋め尽くしてしまえば簡単に出られちゃうかもしれませんね」
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「ユミさんらしくて何よりです」
クイは飛びっきりの笑顔を見せた。
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