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第三章 口舌り
第三十話 灰色 30 3-4-2/3 91
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「私がやったことは鳩の縛めの範囲で、人の偏見を少し払拭しただけに過ぎないのです。鳩の縛めを改正するだけの力は今の私にはありません」
「むー……」
5年前のユミであれば、クイの無能さをなじったかもしれないが今の彼は協力者だ。ユミから発せられた唸り声はクイへの同情に近い物がある。
「分かった。5年前に提案してくれた通り、キリからの鴛鴦文をソラへ渡す心づもりをしておく。でも、せめて教えて。この5年間考えても分からなかった部分があるの。トキ教官から教わった内容だけでは読み解けなかった」
「何でしょう、ユミさん。実際この職務に就き、考える時間が増えました。人並み以上にお話しすることが出来るかもしれません」
クイは明らかに上機嫌になる。人を導きたいと言う彼の気質は相変わらずだった。ましてやトキよりも自身を頼ってくれようとするその態度には心躍るものがあったのだ。
「鳩の縛めの大きな目的として、鳩をはじめ人々の安全を守るためにあるって。それに関してはテコを怪我させてしまったこともあって痛感した。森での行動に制限を設けるのには意義があるなって」
クイは大きく頷く。
「渡りでの出来事は本来許されざることだったのですが、結果としてユミさんを成長させたようですね。さすがです。転んでもただで起きるようなあなたでは無いのでしょう」
皮肉めいた言葉だが嫌味は感じられない。ユミは冷静に言葉を紡いでいく。
「でもね、それと同時に私の力がないとテコを助けるために皆を呼んでくることも出来なかったなって。クイさんは誰かを助けられる可能性を持つ私の力を人に明かすなって言ってるんだよ」
「それに関して理由は分かっているのでしょう? 鳩の縛めにより村から村を渡り歩くことは禁じられています。あなたの力はその縛めを踏み潰してしまう懸念がある。ならばそんなあなたを、野放しには出来ないと考える者がいてもおかしくはないでしょう」
「だから!」
クイの言葉を断ち切る。
「なんでそんな縛めがあるのかが知りたいの! 私はキリに会うために縛めを破ろうとしてる。でも無制限に破ろうって言うんじゃないの。前提として七班の縛めだけは絶対に守るつもり。それにしたってほとんどトキ教官の思い付きの様な物。やっぱり不用意にキリに会いに行ったら皆に迷惑かけちゃう」
ユミは一息つく。対するクイは圧倒されているようだ。
「もちろん、キリに会う時は七班以外の鳩にはばれない様にする。でもそれって危険な考えなんだってトキ教官も言ってた。縛めというものは、それを破った先にある弊害を起こさないためにあるものなんだよね。だから鳩の縛めの本質を知らないとダメなんじゃないかって。その目的を知って、目的に反しない範囲での脱法行為であれば、この世界の人達が被る迷惑も最低限に抑えられるんじゃないかって。そこを気にすることが出来なければ立派な鳩だとも言えないと思う」
クイはほうと息をついた。
「……さすがユミさんですね。よく考えられている。思わず感心してしまいました」
言葉と共に拍手で称えてくる。しかしユミは構わず続ける。
「クイさん言ってたよね? 鳩の縛めは鳩の偉い人がこの地を支配するためのものじゃないかって。偉い人って何? 偉い人のための縛めなの? それが本質なんだったら、私はキリへ会いに行くことをもう躊躇わない!」
言葉を重ねるごとにユミの呼吸が荒くなっていく。見かねたクイが口を開いた。
「少し落ち着いてください。声が大きいです」
「……ごめん。あまり人に聞かれていい話じゃないよね」
クイと二人きりであるが、トミサの要である巣の内部なのだ。ユミは素直に反省の色を見せた。
「いいでしょう。キリさんには会いたくても身勝手な行動は避けようとするその意志、私は評価しますよ」
「皆への迷惑のこともあるけど、お母さんがいるから。不用意なことしたらお母さんがカトリに送られちゃう……」
「ええ、その通りなのです。トミサにお母様を連れて来ることこそユミさんが鳩になった目的だった訳ですが、人質を与えてしまったという見方もできるのですよ」
クイは酷だとは思いながらも、ユミが既に辿り着いている真実を突きつける。
「鳩の偉い人。その言葉を私が使った頃、ユミさんは14歳でしたか。少し幼稚な言い方だったかもしれませんね。具体的にはトミサの鳩の長とその側近、鳩の縛めに関する司法官、学舎の長、孵卵の統括など。それに加え、鴛鴦文の集約である私も含まれるのでしょうか」
クイから列挙された鳩の偉い人達、ユミも一通り会ったことがある。
鳩の長や司法官は厳格な人ではあったが、それは村の者を守りたいという確固たる意志に由来するはずだ。
学舎の長は物腰柔らかな人物だった。トキも尊敬の念を抱いているように感じた。
また先ほど会話した孵卵の統括も、不愛想ではあるがユミのことを気遣ってくれた。
「皆、あまり悪い人達だとは思えないね。見えてないだけかもしれないけど」
「ええ、私の疑心を以てもしても、何か後ろ暗さを見出すことが出来ませんでした。人を支配することによって私腹を肥やそうというような」
自虐と諦めを含んだ口調である。
「私にしたってそうです。未だにハリはトミサから隠された存在です。私がこの立場になったからと言って望みを叶えられる訳では無いのです」
「じゃあ何? あの時言っていたことはクイさんの勘違いだったの?」
なかなか核心に迫らないクイへ、ユミは苛立ちを覚えてくる。
「そうですね……。『鳩の縛めは鳩をはじめその他の人々を守るためのもの』雛の講義でも学ぶ文言ですが、これを建前だと疑っていたことについては勘違いだったのでしょう。一方、鳩の偉い人がこの世界を支配するためのものではないか、という疑念はあながち勘違いでもなかったと思っています」
「何それ?」
ユミは眉をひそめる。
「まとめると、支配により皆が平等に不自由な生活を強いられた結果、人々の安全が守られているということです」
ユミの眉間の皺がさらに深くなった。
「むー……」
5年前のユミであれば、クイの無能さをなじったかもしれないが今の彼は協力者だ。ユミから発せられた唸り声はクイへの同情に近い物がある。
「分かった。5年前に提案してくれた通り、キリからの鴛鴦文をソラへ渡す心づもりをしておく。でも、せめて教えて。この5年間考えても分からなかった部分があるの。トキ教官から教わった内容だけでは読み解けなかった」
「何でしょう、ユミさん。実際この職務に就き、考える時間が増えました。人並み以上にお話しすることが出来るかもしれません」
クイは明らかに上機嫌になる。人を導きたいと言う彼の気質は相変わらずだった。ましてやトキよりも自身を頼ってくれようとするその態度には心躍るものがあったのだ。
「鳩の縛めの大きな目的として、鳩をはじめ人々の安全を守るためにあるって。それに関してはテコを怪我させてしまったこともあって痛感した。森での行動に制限を設けるのには意義があるなって」
クイは大きく頷く。
「渡りでの出来事は本来許されざることだったのですが、結果としてユミさんを成長させたようですね。さすがです。転んでもただで起きるようなあなたでは無いのでしょう」
皮肉めいた言葉だが嫌味は感じられない。ユミは冷静に言葉を紡いでいく。
「でもね、それと同時に私の力がないとテコを助けるために皆を呼んでくることも出来なかったなって。クイさんは誰かを助けられる可能性を持つ私の力を人に明かすなって言ってるんだよ」
「それに関して理由は分かっているのでしょう? 鳩の縛めにより村から村を渡り歩くことは禁じられています。あなたの力はその縛めを踏み潰してしまう懸念がある。ならばそんなあなたを、野放しには出来ないと考える者がいてもおかしくはないでしょう」
「だから!」
クイの言葉を断ち切る。
「なんでそんな縛めがあるのかが知りたいの! 私はキリに会うために縛めを破ろうとしてる。でも無制限に破ろうって言うんじゃないの。前提として七班の縛めだけは絶対に守るつもり。それにしたってほとんどトキ教官の思い付きの様な物。やっぱり不用意にキリに会いに行ったら皆に迷惑かけちゃう」
ユミは一息つく。対するクイは圧倒されているようだ。
「もちろん、キリに会う時は七班以外の鳩にはばれない様にする。でもそれって危険な考えなんだってトキ教官も言ってた。縛めというものは、それを破った先にある弊害を起こさないためにあるものなんだよね。だから鳩の縛めの本質を知らないとダメなんじゃないかって。その目的を知って、目的に反しない範囲での脱法行為であれば、この世界の人達が被る迷惑も最低限に抑えられるんじゃないかって。そこを気にすることが出来なければ立派な鳩だとも言えないと思う」
クイはほうと息をついた。
「……さすがユミさんですね。よく考えられている。思わず感心してしまいました」
言葉と共に拍手で称えてくる。しかしユミは構わず続ける。
「クイさん言ってたよね? 鳩の縛めは鳩の偉い人がこの地を支配するためのものじゃないかって。偉い人って何? 偉い人のための縛めなの? それが本質なんだったら、私はキリへ会いに行くことをもう躊躇わない!」
言葉を重ねるごとにユミの呼吸が荒くなっていく。見かねたクイが口を開いた。
「少し落ち着いてください。声が大きいです」
「……ごめん。あまり人に聞かれていい話じゃないよね」
クイと二人きりであるが、トミサの要である巣の内部なのだ。ユミは素直に反省の色を見せた。
「いいでしょう。キリさんには会いたくても身勝手な行動は避けようとするその意志、私は評価しますよ」
「皆への迷惑のこともあるけど、お母さんがいるから。不用意なことしたらお母さんがカトリに送られちゃう……」
「ええ、その通りなのです。トミサにお母様を連れて来ることこそユミさんが鳩になった目的だった訳ですが、人質を与えてしまったという見方もできるのですよ」
クイは酷だとは思いながらも、ユミが既に辿り着いている真実を突きつける。
「鳩の偉い人。その言葉を私が使った頃、ユミさんは14歳でしたか。少し幼稚な言い方だったかもしれませんね。具体的にはトミサの鳩の長とその側近、鳩の縛めに関する司法官、学舎の長、孵卵の統括など。それに加え、鴛鴦文の集約である私も含まれるのでしょうか」
クイから列挙された鳩の偉い人達、ユミも一通り会ったことがある。
鳩の長や司法官は厳格な人ではあったが、それは村の者を守りたいという確固たる意志に由来するはずだ。
学舎の長は物腰柔らかな人物だった。トキも尊敬の念を抱いているように感じた。
また先ほど会話した孵卵の統括も、不愛想ではあるがユミのことを気遣ってくれた。
「皆、あまり悪い人達だとは思えないね。見えてないだけかもしれないけど」
「ええ、私の疑心を以てもしても、何か後ろ暗さを見出すことが出来ませんでした。人を支配することによって私腹を肥やそうというような」
自虐と諦めを含んだ口調である。
「私にしたってそうです。未だにハリはトミサから隠された存在です。私がこの立場になったからと言って望みを叶えられる訳では無いのです」
「じゃあ何? あの時言っていたことはクイさんの勘違いだったの?」
なかなか核心に迫らないクイへ、ユミは苛立ちを覚えてくる。
「そうですね……。『鳩の縛めは鳩をはじめその他の人々を守るためのもの』雛の講義でも学ぶ文言ですが、これを建前だと疑っていたことについては勘違いだったのでしょう。一方、鳩の偉い人がこの世界を支配するためのものではないか、という疑念はあながち勘違いでもなかったと思っています」
「何それ?」
ユミは眉をひそめる。
「まとめると、支配により皆が平等に不自由な生活を強いられた結果、人々の安全が守られているということです」
ユミの眉間の皺がさらに深くなった。
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