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第三章 口舌り
第三十二話 義父 32 3-6-1/3 96
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「キリはどんな人?」
ハコは言葉を選ぶ。当時のユミは13歳だった。幼気な娘をたぶらかしたのは一体どのような男なのか気になって仕方はないが、ユミの力になってやろうと決意したのだ。自身がユミの父親を愛したように、たとえユミがどんな相手を選んだのであろうと受け入れてやらねばなるまい。
「私の2つ年下の子。だから今は……、17歳の男の子」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声がもれてしまう。
「おかしい……、かな?」
「い、いえ、そんなことないわ。ユミが好きになった人なんだもんね」
娘に対して失礼な反応だったと、必死で取り繕う。
てっきり大人の男にでも魅了されてしまったものとばかり思っていた。故に娘の貞操を危惧していたのだが、そうなると事情が変わってくる。
「となると……、出会った時のその子は11歳?」
「うん。キリもそう言ってた」
「えっと、その……、ユミからってこと?」
「うん。キリが私の手を取ってくれたの」
娘がここまで積極的な子だとは思わなかった。かつて、雛の班員に言い寄られて辟易としていると語られたこともあったが、このキリへの一途な想いがそうさせていたと言うことか。
「それでね……、えっと……。お母さんがお父さんを好きになったのは出会ってすぐだったってことだよね?」
「ん? そうよ」
意味深長な問いかけだ。ハコは首を傾げる。
「私もね、キリのことがすぐに好きになった。可愛くて、でも頼もしくって……。私のために包帯だって巻いてくれたの」
「そう……。それは好きになってもしょうがないわね」
ユミはぱぁっと顔を輝かせる。
「そうだよね! だから私たち、出会ったその日に鴛鴦になったの!」
「おしぃいいい!?」
「あ……」
母の雄叫びに、間の抜けた声を上げてしまうユミ。
それと同時に病室の奥側からごそっという音が立つ。
垂れ幕の中で眠っていた患者が眼を覚ましたのかもしれない。
「ご、ごめんなさい」
ハコは垂れ幕に向かって慌てて頭を下げる。
「ユミもごめんね。好きな人と鴛鴦になりたいと思うのは当然のこと。ユミの想いが今まで続いてるんだもの。契りを結ぶのが早すぎるなんてことはなかったはずよ」
「ありがとうお母さん」
ユミの事情を知る者は既に何人か存在する。しかし、秘密を最も打ち明けたい相手は母親だった。
それが出来なかったのはクイに口止めされていたためであり、その縛めが解かれた訳でもない。とは言えユミの中では、キリに会うための決意が固まっていた。もはやユミを阻むものは無いのだ。
「私はね、お母さん。普通の鳩とは少し違うの。普通じゃないから他の子たちよりも家に帰ってくるのが遅くなった。でもそのおかげでキリに会うことが出来た。孵卵を乗り越えられたのもキリが居たおかげ。なのに……」
ユミは髪を束ねていた帯を引っ張り、結び目を解いた。そしてハコの前に掲げる。
「これはキリが使ってたタスキなの。もともと着けてた赤い織物はキリに渡した。私たちはいつでも一緒だよって別れちゃった。それが鳩の縛めなんだって」
「鳩の縛め……」
「うん。お母さんも百舌鳥だったって言うなら知ってはいるんだよね。それでも直接かかわることはあんまりないと思う。でもね、こうやって医術院に通えるのも縛めの恩恵だったりするの」
病室に訪れた時のハコの顔は穏やかだった。それを見ると無闇に壊してはいけない幸せを感じてしまう。
「またキリに会うためには縛めを破るしかない。でもさっきクイさんとお話した。鳩の縛めの目的について。全部納得できた訳じゃないけど、制限の上に成り立つ均衡があるんだってのも分かった」
「ユミ……」
「だからお母さんは安心して。これからも一緒にトミサで暮らそ?」
ユミは飛びっきりの笑顔を見せる。
一方のハコもいい加減気づいていた。ユミが見せる笑顔の意味を。ウラヤで暮らしていた頃には、決して見せることの無かった我が子の飛びっきりの笑顔。
人との関りが増えることで身に着けた処世術ということだろう。それが分かった今ではその笑顔も痛々しいだけだった。
ユミはもっと自分勝手に生きる娘だったはずだ。時には行き過ぎた行動を制さなければならないこともあったが、そんなユミのことを愛していた。
キリに関する話の全てを理解できた訳では無い。それでも鳩の縛めによって、ユミが恋い慕う者との逢瀬が叶わぬ状況にあるのだと痛感した。
それはハコ自身が身を以て苦しいと感じていたことにも共通する。その辛苦を乗り越えることが出来たのはユミが生まれて来たからに他ならない。ハコは十分に幸せだったのだ。
一方のユミはどうだろう。かつては赤子がいるなどと突拍子もないことを言い出したが、キリとの愛の形だと思い込んでいたということなのだろう。それは幻想に過ぎなかったのだ。今後は何がユミの支えになると言うのか。
ハコは言葉を選ぶ。当時のユミは13歳だった。幼気な娘をたぶらかしたのは一体どのような男なのか気になって仕方はないが、ユミの力になってやろうと決意したのだ。自身がユミの父親を愛したように、たとえユミがどんな相手を選んだのであろうと受け入れてやらねばなるまい。
「私の2つ年下の子。だから今は……、17歳の男の子」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声がもれてしまう。
「おかしい……、かな?」
「い、いえ、そんなことないわ。ユミが好きになった人なんだもんね」
娘に対して失礼な反応だったと、必死で取り繕う。
てっきり大人の男にでも魅了されてしまったものとばかり思っていた。故に娘の貞操を危惧していたのだが、そうなると事情が変わってくる。
「となると……、出会った時のその子は11歳?」
「うん。キリもそう言ってた」
「えっと、その……、ユミからってこと?」
「うん。キリが私の手を取ってくれたの」
娘がここまで積極的な子だとは思わなかった。かつて、雛の班員に言い寄られて辟易としていると語られたこともあったが、このキリへの一途な想いがそうさせていたと言うことか。
「それでね……、えっと……。お母さんがお父さんを好きになったのは出会ってすぐだったってことだよね?」
「ん? そうよ」
意味深長な問いかけだ。ハコは首を傾げる。
「私もね、キリのことがすぐに好きになった。可愛くて、でも頼もしくって……。私のために包帯だって巻いてくれたの」
「そう……。それは好きになってもしょうがないわね」
ユミはぱぁっと顔を輝かせる。
「そうだよね! だから私たち、出会ったその日に鴛鴦になったの!」
「おしぃいいい!?」
「あ……」
母の雄叫びに、間の抜けた声を上げてしまうユミ。
それと同時に病室の奥側からごそっという音が立つ。
垂れ幕の中で眠っていた患者が眼を覚ましたのかもしれない。
「ご、ごめんなさい」
ハコは垂れ幕に向かって慌てて頭を下げる。
「ユミもごめんね。好きな人と鴛鴦になりたいと思うのは当然のこと。ユミの想いが今まで続いてるんだもの。契りを結ぶのが早すぎるなんてことはなかったはずよ」
「ありがとうお母さん」
ユミの事情を知る者は既に何人か存在する。しかし、秘密を最も打ち明けたい相手は母親だった。
それが出来なかったのはクイに口止めされていたためであり、その縛めが解かれた訳でもない。とは言えユミの中では、キリに会うための決意が固まっていた。もはやユミを阻むものは無いのだ。
「私はね、お母さん。普通の鳩とは少し違うの。普通じゃないから他の子たちよりも家に帰ってくるのが遅くなった。でもそのおかげでキリに会うことが出来た。孵卵を乗り越えられたのもキリが居たおかげ。なのに……」
ユミは髪を束ねていた帯を引っ張り、結び目を解いた。そしてハコの前に掲げる。
「これはキリが使ってたタスキなの。もともと着けてた赤い織物はキリに渡した。私たちはいつでも一緒だよって別れちゃった。それが鳩の縛めなんだって」
「鳩の縛め……」
「うん。お母さんも百舌鳥だったって言うなら知ってはいるんだよね。それでも直接かかわることはあんまりないと思う。でもね、こうやって医術院に通えるのも縛めの恩恵だったりするの」
病室に訪れた時のハコの顔は穏やかだった。それを見ると無闇に壊してはいけない幸せを感じてしまう。
「またキリに会うためには縛めを破るしかない。でもさっきクイさんとお話した。鳩の縛めの目的について。全部納得できた訳じゃないけど、制限の上に成り立つ均衡があるんだってのも分かった」
「ユミ……」
「だからお母さんは安心して。これからも一緒にトミサで暮らそ?」
ユミは飛びっきりの笑顔を見せる。
一方のハコもいい加減気づいていた。ユミが見せる笑顔の意味を。ウラヤで暮らしていた頃には、決して見せることの無かった我が子の飛びっきりの笑顔。
人との関りが増えることで身に着けた処世術ということだろう。それが分かった今ではその笑顔も痛々しいだけだった。
ユミはもっと自分勝手に生きる娘だったはずだ。時には行き過ぎた行動を制さなければならないこともあったが、そんなユミのことを愛していた。
キリに関する話の全てを理解できた訳では無い。それでも鳩の縛めによって、ユミが恋い慕う者との逢瀬が叶わぬ状況にあるのだと痛感した。
それはハコ自身が身を以て苦しいと感じていたことにも共通する。その辛苦を乗り越えることが出来たのはユミが生まれて来たからに他ならない。ハコは十分に幸せだったのだ。
一方のユミはどうだろう。かつては赤子がいるなどと突拍子もないことを言い出したが、キリとの愛の形だと思い込んでいたということなのだろう。それは幻想に過ぎなかったのだ。今後は何がユミの支えになると言うのか。
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