鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第三章 口舌り

第三十一話 過労 31 3-5-3/3 95

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「お母さんが百舌鳥だった?」
 束の間の沈黙の後、ユミは言葉をひねり出す。
 ウラヤに住んでいた女性にとってそれはあり得ない話ではないのかもしれない。しかし、母に限っては違うのだろうと思っていた。
 
 ユミ自身の孵卵の前夜、母親と食卓を囲いながら鳩になれなかったら百舌鳥になろうかという旨の発言をした。それはほんの軽い気持ちだった。その日は特別に兎肉を与えられたのだが、百舌鳥であればもっと頻繁に食べられるのだと知っていたためだ。しかし対するハコは顔を真っ赤にしてユミを制した。
 その頃のユミは、百舌鳥はトミサからやって来た鳩をもてなすのが仕事だと認識していた。
 しかし実際はもう少し込み入った事情があったようだ。それを知った時には羞恥心を覚えつつ、母親の前でとんでもないことを言ってしまったのだと自責の念に駆られたものだった。
 一方で百舌鳥に対する感謝が深まったのも事実だった。ギンがマイハに通っていたという疑惑についてなじりはしたが、言葉の端々に百舌鳥への尊敬が現れていた。
 とは言え、自身の母親がそうであったという考えは欠落していた。少なからず偏見を持っていたことは否定できない。

「ユミがお母さんに聞いたことがあったわよね。どうしてナガレなんて知っているのかって」
「あ……」
 先刻のギンとの対話でも議題に上がったことでもある。
 鳩の仕事は心身ともに負担が大きい。そして百舌鳥に癒してもらうことが犯罪の抑止力になっているのだろうと。
 ハコがナガレを知っていたのは、自身が担った責任からということだろう。

「ユミは嫌? お母さんが百舌鳥だったって知ったら」
「ううん。そんなことはない、でも……」
 そうだとすると父親は鳩だったと言うことだろうか。そして「森で帰らぬ人となった」という文言に別の意味を帯びてくる。

「ユミのお父さんは鳩よ。お母さんが会ったのも一度きり。森で帰らぬ人となったと言うのは、あれ以来ウラヤに来ることも無かったって意味だったの」
 ユミの疑問を察したようにハコは言葉を紡いでいく。
「え……、じゃあお父さんは今も?」
「ええ、トミサにいるはず……。ユミが私をトミサへ連れて行ってくれるって聞いて、本当は期待してたの。お父さんにまた会えるんじゃないかって」
 ユミにはそれで十分だった。ハコに向かって微笑みかける。
「お母さんは今もお父さんが好きなんだね」
「ええもちろん。結局まだ会えてないんだけど……」
 諦めのような表情だ。それでも割り切った色も伺えた。

「お母さんってこんな体でしょ? マイハでの暮らしもほとんど下働きだったの。あねさん達からもよくいじめられてた。お前なんかいつまで経っても郭公かっこうを迎えられないって」
「お母さん……」
 それはユミにとってある面安堵を覚える事実だった。体の弱い母親が何人も男を相手にしてきたと考えるよりよっぽど気が休まる。

「私が外で洗濯物を干している時だった。姐さん達に指を差されながら。そしたら体の大きな男の人が声をかけてきたの。君は百舌鳥なのかって。あの時のお父さん、格好良かったんだけどそれ以上に可愛かった……。信じられないものを見るかのように頬を赤らめて」
 母の惚気が始まったのかとユミは呆れそうになったが、黙って続きを聞くことにする。
「周りにいた姐さん達は血相を変えてた。『この者はお客様を相手に出来るような器ではありません。是非私と……』そんなこと言ってたっけ。正直少し滑稽だった」
 基本的に優しい母親だが、姐さんとやらに対しては思うところはあったようだ。
 
「そしたらお父さん懐からありったけのお金をばって出して、『こいつは俺がもらっていく』なんて言って私の手を引いてくれたの。姐さん達もお金の魅力には勝てなかったみたいね」
 ハコの顔がどんどん赤らんでいく。
「お父さんの手はすごく温かかった。お母さんもそれで思った。この人とならって。そのまま連れて行かれた先はヤマ先生の医院。その時は先生も現役の鳩だったから不在のことは多くて、医院だってことは分からなかったんだけどね。だから私はここでお父さんに……、そう思った。だけどお父さん『ここの家主のことは良く知っている。寝起きするなり好きに使え』そんなことを言って立ち去ろうとしたの。ねえ、これってすごく失礼だと思わない?」
 ユミにはそれが無礼に当たるのか判断がつかなかった。

「だからお母さん、奥の手を使った。姐さん達がやってることを真似をしたの。……具体的なことは言わないけどね。そしたらお父さん『やめてくれ、手加減出来なくなる』だなんて。それでそのまま……。あ、ごめんねユミ。娘に聞かせる話じゃなかったわよね」
 ユミがぎょっとした様子を察し、ハコは慌てて話を止める。親の性事情ほどおぞましい話は無いのだ。

「とにかく、お母さんが関係を持ったのは、後にも先にお父さん1人とあの1度だけ。だからユミのお父さんは間違いなくあの人」
「あの人……」
「そう、名前も知らないの。もしかしたら本当は誰かの鴛なのかもしれない」
「お母さん……」
 ハコは遠い眼をする。どこかまだ、恋焦がれた人への未練のようなものを感じてしまう。
 
「大丈夫、私が鳩をしていたらきっとお母さんの好きな人にもまた会える。そしたらお母さんの想いだって伝えられる」
「ふふふ。お母さんの好きな人だなんて……。あなたのお父さんなのよ? ユミからお父さんって呼んであげるのが一番よ」
「それは分かる、でも……」
 ユミは素直に頷くことが出来なかった。

「そうね。ユミのことを置いてけぼりにした訳だから、戸惑うわよね。でも、いつか会うことが出来ても怒らないであげて。ユミは立派に成長したんだから」
「……うん」
 不承不承といったところだが、ユミの返事に満足したハコはぽんと手を打つ。今度はユミの番だと言わんばかりに。
 
「ねえ、ユミの話も聞かせて」
「え?」
「キリ。あなたが好きな子の名前なんじゃないの?」
 ユミは驚愕の表情を浮かべる。一体母はいつの間に把握したのだろうか。
「さっきも寝てる間に呟いていたわよ」
「あ……」
 ユミの顔が赤くなるが構わずハコは続ける。
「もしかしたらお母さんも力になってあげられるかもしれない」
 ユミは1つ大きく息を吐いた。
「うん。お母さんに聞いて欲しい。キリのこと」
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