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第三章 口舌り
第三十四話 出自 34 3-8-1/4 102
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「すまないねソラ。本当はあんたが大人になった時に話してやろうと思ってたんだが、すっかり遅くなっちまった」
ヤマは座椅子へと身を委ねながら口を開く。
「さて、何から話したものか……」
ヤマの手には1通の封筒が携えられている。どこにでもあるような封筒のはずなのだが、ユミはそれが何か勘付いてしまった。
ユミはヤマと対面する位置に正座している。そしてユミの隣にはソラ、さらにその隣にはギンが腰を下ろす。
ギンは触れ合うソラの肩から震えを感じていた。その体を抱き留めてやりたくもなるが、それは場違いな行為だと思い動けなくなっていた。
しかしソラの方からのギンの膝の上へと手を乗せてきたので、ゆっくりとその上に手を重ねてやる。
ギンの温もりに触れソラは決心がついたのだろう。こくんと喉を鳴らして固唾を飲み、ヤマに向かって問いかける。
「先生は私の親を知っているの?」
伝えるべき第一声を考えあぐねていたヤマにとって、ある意味その問いは救いの手だったとも言える。
真剣なソラの眼差しに応じる様に、重々しく返答する。
「ああ、よく知っているよ」
やはりか、ソラの表情がその心証を物語っていた。
ソラにとってこれは問いかけというより答え合わせなのだ。
しかし次のヤマの言葉は、想定していた答えとは異なるものだった。
「あんたの父親のことはよく知ってるよ」
「え? そっち?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「……お父さんのことは全然頭に無かった。てっきり先生がお母さんの知り合いなのかと……。」
動揺を見せるソラを横目に、ユミはキリの父親から聞いた話を思い出していた。
カラによればソラはアイの娘ではあるが、彼自身の娘では無いそうなのだ。それにもかかわらず、露骨にソラの父親のことを隠そうとしていた。そのことを考えれば、それが誰なのかも推し量ることが出来た。
一方のヤマは指で頭を搔いていた。ソラの反応が意味することを思惑していた様子だったが、やがて思い至ることがあり眼を見開いた。
「ソラ、お前……、母親に会ったことがあるのかい?」
「うん……。あれが本当にお母さんだったらの話だけど……」
ギンの膝に乗せられた手に力がこもる。沸き立つ恐怖から逃れようと、何かに縋りつきたいという思いが伝わっていく。
「ソラさん……」
ギンにはソラの事情が分からない。せめて支えになれるよう、ソラに重ねた手をゆっくりと撫でてやる。
「ありがとうギンくん」
上目遣いにギンを見つめ、ソラは体を委ねていく。
「阿呆鴛鴦」
ソラを相手にこの言葉を使うことになろうとは、ユミは思っていなかった。
呆れた表情を浮かべつつ、阿呆鴛鴦の戯れが長くなりそうだったのでユミから説明を試みる。
「先生、5年前……。私がトミサに旅立つ前日だけど、ソラが森へ飛び出していったの覚えてる?」
「ああ、やっぱりその時か……」
ヤマの仮説を裏付ける問いかけだったようだ。
「ごめんな、ソラ。もっとソラの悩みに気づいてやれれば……」
「違うの!」
ソラの声。
「先生のせいじゃない!」
ユミもほぼ同時に声を発する。
ソラにはもっとハコのことを信じることが出来ればという思いがあった。そしてユミには、ソラの帰巣本能を試してみようなどと提案してしまった後悔がある。
しかし、責任の所在を問うても仕方のないことである。重要なのはその事実を受け止め、次にどう動くかだ。
「やっぱりあの人……、アイさんが私のお母さんなの?」
ヤマはゆっくりとそして厳かに頷いた。
「ああ、確かそんな名前だったな……」
「そんな名前だった? 先生はアイさんのことはあまり知らないの?」
少しずつソラの口が滑らかになっていく。恐怖心よりも真実を知りたいという気持ちが勝ってきたようだ。
「私がアイと会ったのは1度きりだ。あんたを救い出し……、なんてのは詭弁か。あんたを奪い取った時の1回だけだ」
「救い出した? 奪い取った?」
ソラは眼を丸くする。
「ああそうだ。お前がまだ生まれて間もない頃にな」
「なんでそんなことを……」
ヤマが詭弁だと言うからには少なからず後悔があると言うことだろうか。
ソラが居なくなったからアイがあんな風なのか、アイがあんな風だからソラが奪われたのか。
ヤマは後者だと認識しているようだ。
「私に後悔があるとすれば、あんたに帰巣本能を目覚めさせてしまったことだ。ああ、ソラは本当はアイの元へ行きたいんだなって……」
「そんなことない! アイさん怖かった……。キリくんをいじめてたみたいだし、私の眼がどうのって……」
ギンに委ねられた体がぐっと重くなる。ギンは今度こそ、ソラの肩を抱いてやる。
ヤマは座椅子へと身を委ねながら口を開く。
「さて、何から話したものか……」
ヤマの手には1通の封筒が携えられている。どこにでもあるような封筒のはずなのだが、ユミはそれが何か勘付いてしまった。
ユミはヤマと対面する位置に正座している。そしてユミの隣にはソラ、さらにその隣にはギンが腰を下ろす。
ギンは触れ合うソラの肩から震えを感じていた。その体を抱き留めてやりたくもなるが、それは場違いな行為だと思い動けなくなっていた。
しかしソラの方からのギンの膝の上へと手を乗せてきたので、ゆっくりとその上に手を重ねてやる。
ギンの温もりに触れソラは決心がついたのだろう。こくんと喉を鳴らして固唾を飲み、ヤマに向かって問いかける。
「先生は私の親を知っているの?」
伝えるべき第一声を考えあぐねていたヤマにとって、ある意味その問いは救いの手だったとも言える。
真剣なソラの眼差しに応じる様に、重々しく返答する。
「ああ、よく知っているよ」
やはりか、ソラの表情がその心証を物語っていた。
ソラにとってこれは問いかけというより答え合わせなのだ。
しかし次のヤマの言葉は、想定していた答えとは異なるものだった。
「あんたの父親のことはよく知ってるよ」
「え? そっち?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「……お父さんのことは全然頭に無かった。てっきり先生がお母さんの知り合いなのかと……。」
動揺を見せるソラを横目に、ユミはキリの父親から聞いた話を思い出していた。
カラによればソラはアイの娘ではあるが、彼自身の娘では無いそうなのだ。それにもかかわらず、露骨にソラの父親のことを隠そうとしていた。そのことを考えれば、それが誰なのかも推し量ることが出来た。
一方のヤマは指で頭を搔いていた。ソラの反応が意味することを思惑していた様子だったが、やがて思い至ることがあり眼を見開いた。
「ソラ、お前……、母親に会ったことがあるのかい?」
「うん……。あれが本当にお母さんだったらの話だけど……」
ギンの膝に乗せられた手に力がこもる。沸き立つ恐怖から逃れようと、何かに縋りつきたいという思いが伝わっていく。
「ソラさん……」
ギンにはソラの事情が分からない。せめて支えになれるよう、ソラに重ねた手をゆっくりと撫でてやる。
「ありがとうギンくん」
上目遣いにギンを見つめ、ソラは体を委ねていく。
「阿呆鴛鴦」
ソラを相手にこの言葉を使うことになろうとは、ユミは思っていなかった。
呆れた表情を浮かべつつ、阿呆鴛鴦の戯れが長くなりそうだったのでユミから説明を試みる。
「先生、5年前……。私がトミサに旅立つ前日だけど、ソラが森へ飛び出していったの覚えてる?」
「ああ、やっぱりその時か……」
ヤマの仮説を裏付ける問いかけだったようだ。
「ごめんな、ソラ。もっとソラの悩みに気づいてやれれば……」
「違うの!」
ソラの声。
「先生のせいじゃない!」
ユミもほぼ同時に声を発する。
ソラにはもっとハコのことを信じることが出来ればという思いがあった。そしてユミには、ソラの帰巣本能を試してみようなどと提案してしまった後悔がある。
しかし、責任の所在を問うても仕方のないことである。重要なのはその事実を受け止め、次にどう動くかだ。
「やっぱりあの人……、アイさんが私のお母さんなの?」
ヤマはゆっくりとそして厳かに頷いた。
「ああ、確かそんな名前だったな……」
「そんな名前だった? 先生はアイさんのことはあまり知らないの?」
少しずつソラの口が滑らかになっていく。恐怖心よりも真実を知りたいという気持ちが勝ってきたようだ。
「私がアイと会ったのは1度きりだ。あんたを救い出し……、なんてのは詭弁か。あんたを奪い取った時の1回だけだ」
「救い出した? 奪い取った?」
ソラは眼を丸くする。
「ああそうだ。お前がまだ生まれて間もない頃にな」
「なんでそんなことを……」
ヤマが詭弁だと言うからには少なからず後悔があると言うことだろうか。
ソラが居なくなったからアイがあんな風なのか、アイがあんな風だからソラが奪われたのか。
ヤマは後者だと認識しているようだ。
「私に後悔があるとすれば、あんたに帰巣本能を目覚めさせてしまったことだ。ああ、ソラは本当はアイの元へ行きたいんだなって……」
「そんなことない! アイさん怖かった……。キリくんをいじめてたみたいだし、私の眼がどうのって……」
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