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第三章 口舌り
第三十四話 出自 34 3-8-4/4 105
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「ユミ、森の隙間は分かるだろ? トミサからウラヤへ向かう門から森へ少し出たところにも、小さな隙間があるんだ。長年の鳩の経験のおかげでその存在に気づくことが出来た。と言っても大体の場所が分かると言うだけで、毎回その隙間に辿り着ける訳じゃない。当たりをつけてその近辺を彷徨えば、その日の内に2割ぐらいの確率で辿り着けるというところだな。待ち合わせには不向きな場所なんだろうが、他の奴らに見つかる危険も少ないと言える」
森の隙間についてはユミよりもギンの方が感覚的な理解は深い。ヤマの説明に対して、運次第ではその隙間へ辿り着くことも出来るだろうという印象を受けた。
「ケンにもその場所を教えてやった。相棒となるラシノの鳩にもな。……確かフデって名前だったな。アイのことを昔から知ってるらしい。だからそいつもアイのことを助けてやりたいと思ったようだ」
「フデ……」
ユミは一度、アイからその名前が語られたのを覚えていた。ユミがアイに囚われの身になっていた時、フデがアイに例の茶葉を提供していたはずだ。
おかげでアイが眠りに就き、その手から逃れることが叶ったのだが、一歩間違えばユミが茶を飲まされるところであった。
そこまで考えを巡らせ、ユミは複雑な顔を浮かべてしまう。
「基本的にトミサの門をくぐる時は2人1組だが、鳩の引退で村に帰る時は単独で出門することになる。私はアイのお産に立ち会うため、ケンとフデに先行してその隙間を目指した。幸いにもその日はすんなりと隙間に至ることが出来た。だが、ケンとフデはなかなかやってこなくてねぇ……。まあ、この辺はいいだろう。時間はかかったが、結果的にはラシノへ着くことが出来た。フデの帰巣本能に従ってな」
「先生、それって……」
「ああそうだ。ウラヤの鳩である私が本来ラシノに行くことは無いんだがな。まあ、最初で最後の冒涜だ。鳩と、この世界に対するな」
ヤマの不敵な笑みには自虐的な色も含まれていた。
「ケンとフデとの合流が遅れたこともあって、ソラはもう生まれちまってた。その時点でのアイは……、ソラを傷つける意思の無いことだけは分かった」
ユミがアイに囚われた時にも、傷つける意思のないことは感じ取れた。とは言えユミに向けられた過剰な執着が怖いと思ったのも事実だ。生まれたばかりのソラにまで何をしていたのかと思うと背筋が凍る。
「しかしアイ自身も、不義密通が悪とされることは知っていたようだ。私の姿を見た奴はソラを奪われると思ったらしい。まあその通りだったんだが。アイはソラを抱えて森へ逃げ出した」
「え!?」
ヤマに対面する3人が一斉に眼を丸くする。帰巣本能を持たぬ者が森へ入るのは無謀なことだ。自殺行為と言っても良い。
「もちろん私らはすぐに追いかけた。森に紛れた者を再び探し出すのは苦労したが、まだお産から間のないこともあって、アイは遠くまで逃げることは出来なかったようだ」
ヤマの声が少しずつ小さくなっていく。
自身の身に何かあったのだろうと察したソラは固唾を飲む。
「アイを見つけた時、奴は手に小刀を持っていた。ソラを地に寝かせ、そしてソラの眼に向かって……」
「ひっ……」
ソラは体をくるりと捻り、ギンの胸元へ顔を押し付ける。そして彼の腰へと腕を回した。
「すまないソラ。やめておこう。ギンにも苦労かけるね」
「大丈夫です」
ギンもソラに応えるように、背中の辺りを優しくぽんぽんと叩いてやる。
「それを見たケンはすぐに飛びだして行ったよ。それでアイの体を突き飛ばした。暴れるアイに向かって、『ソラは必ず戻ってくる、だから今は手放せ。そしたらオレがこれからもラシノに通ってやる』そんなことを言ってたかな」
「お父さん、ありがとう……」
ギンの胸の中でソラがむせび泣く。
一方のユミは、ケンの発言に思いあたる節があった。それはアイと初めて会った時に発した「ちゃんと約束通り戻ってきてくれたんだね」という言葉に対応する。
ケンはその場を収めるためにソラが戻ってくるなどと宣っただろうが、ユミはその無責任さに憤りを感じていた。
「その間のソラは泣きっぱなしだ。私が抱き上げてやったら大人しくなったがな。今思えば、あの時にソラが帰巣本能に目覚めたんじゃないかと思ってる。帰巣本能の根源は森で恐怖に打ち勝つ力だ。赤子ながらにアイの凶刃から逃れようと必死だったんじゃないかと」
話の山場は終わった。そのことを示すように、ヤマはふうと息を吐いた。
「そのままケンらに別れも告げず、私はウラヤに向かった。そうしてお前が今ここにいるんだ」
「先生……、ありがとう。私、先生の元で育って良かったと思う……」
洟をすすりながら、ゆっくりと言葉が紡がれていく。
――どんな雲にも銀の裏地がついている。
5年前、ユミの母から託されたソラへの文の一文。
自身が銀の光となれるよう、これからソラと歩んで行こう。改めて決意を固めるギンであった。
森の隙間についてはユミよりもギンの方が感覚的な理解は深い。ヤマの説明に対して、運次第ではその隙間へ辿り着くことも出来るだろうという印象を受けた。
「ケンにもその場所を教えてやった。相棒となるラシノの鳩にもな。……確かフデって名前だったな。アイのことを昔から知ってるらしい。だからそいつもアイのことを助けてやりたいと思ったようだ」
「フデ……」
ユミは一度、アイからその名前が語られたのを覚えていた。ユミがアイに囚われの身になっていた時、フデがアイに例の茶葉を提供していたはずだ。
おかげでアイが眠りに就き、その手から逃れることが叶ったのだが、一歩間違えばユミが茶を飲まされるところであった。
そこまで考えを巡らせ、ユミは複雑な顔を浮かべてしまう。
「基本的にトミサの門をくぐる時は2人1組だが、鳩の引退で村に帰る時は単独で出門することになる。私はアイのお産に立ち会うため、ケンとフデに先行してその隙間を目指した。幸いにもその日はすんなりと隙間に至ることが出来た。だが、ケンとフデはなかなかやってこなくてねぇ……。まあ、この辺はいいだろう。時間はかかったが、結果的にはラシノへ着くことが出来た。フデの帰巣本能に従ってな」
「先生、それって……」
「ああそうだ。ウラヤの鳩である私が本来ラシノに行くことは無いんだがな。まあ、最初で最後の冒涜だ。鳩と、この世界に対するな」
ヤマの不敵な笑みには自虐的な色も含まれていた。
「ケンとフデとの合流が遅れたこともあって、ソラはもう生まれちまってた。その時点でのアイは……、ソラを傷つける意思の無いことだけは分かった」
ユミがアイに囚われた時にも、傷つける意思のないことは感じ取れた。とは言えユミに向けられた過剰な執着が怖いと思ったのも事実だ。生まれたばかりのソラにまで何をしていたのかと思うと背筋が凍る。
「しかしアイ自身も、不義密通が悪とされることは知っていたようだ。私の姿を見た奴はソラを奪われると思ったらしい。まあその通りだったんだが。アイはソラを抱えて森へ逃げ出した」
「え!?」
ヤマに対面する3人が一斉に眼を丸くする。帰巣本能を持たぬ者が森へ入るのは無謀なことだ。自殺行為と言っても良い。
「もちろん私らはすぐに追いかけた。森に紛れた者を再び探し出すのは苦労したが、まだお産から間のないこともあって、アイは遠くまで逃げることは出来なかったようだ」
ヤマの声が少しずつ小さくなっていく。
自身の身に何かあったのだろうと察したソラは固唾を飲む。
「アイを見つけた時、奴は手に小刀を持っていた。ソラを地に寝かせ、そしてソラの眼に向かって……」
「ひっ……」
ソラは体をくるりと捻り、ギンの胸元へ顔を押し付ける。そして彼の腰へと腕を回した。
「すまないソラ。やめておこう。ギンにも苦労かけるね」
「大丈夫です」
ギンもソラに応えるように、背中の辺りを優しくぽんぽんと叩いてやる。
「それを見たケンはすぐに飛びだして行ったよ。それでアイの体を突き飛ばした。暴れるアイに向かって、『ソラは必ず戻ってくる、だから今は手放せ。そしたらオレがこれからもラシノに通ってやる』そんなことを言ってたかな」
「お父さん、ありがとう……」
ギンの胸の中でソラがむせび泣く。
一方のユミは、ケンの発言に思いあたる節があった。それはアイと初めて会った時に発した「ちゃんと約束通り戻ってきてくれたんだね」という言葉に対応する。
ケンはその場を収めるためにソラが戻ってくるなどと宣っただろうが、ユミはその無責任さに憤りを感じていた。
「その間のソラは泣きっぱなしだ。私が抱き上げてやったら大人しくなったがな。今思えば、あの時にソラが帰巣本能に目覚めたんじゃないかと思ってる。帰巣本能の根源は森で恐怖に打ち勝つ力だ。赤子ながらにアイの凶刃から逃れようと必死だったんじゃないかと」
話の山場は終わった。そのことを示すように、ヤマはふうと息を吐いた。
「そのままケンらに別れも告げず、私はウラヤに向かった。そうしてお前が今ここにいるんだ」
「先生……、ありがとう。私、先生の元で育って良かったと思う……」
洟をすすりながら、ゆっくりと言葉が紡がれていく。
――どんな雲にも銀の裏地がついている。
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