鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第三章 口舌り

第三十五話 代筆 35 3-9-1/3 106

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 場の空気は泣き続けるソラの悲哀に支配されていた。それに耐えかねたヤマが口を開く。
「ところでユミ。お前……、アイの本当の鴛と知り合いなのかい? それにキリって……、6年前にもその名前を聞いたねぇ」
「あ……」
 ヤマが長年の秘密を打ち明けてくれたのだ。いい加減ユミも自身のことを話さねばなるまい。

「うん。キリは私の鴛。何言ってるか分かんないと思うけど孵卵で会ったの。お義父さんはトミサの医術院で会った。そう、ケンに……」
 慌てて口を手で抑える。涙を浮かべるソラの前で父親のことを悪く言う必要も無いだろう。
「ケン……。本当にバカな子だねぇ。せっかく助けてやったのに、結局ナガレへ行くはめになるなんて……」
 対するヤマは容赦が無い。ケンを我が子の様に思っていたところがあるのかもしれない。

「それでもソラへの思いは本物だ。碌に顔も合わせていないはずなのに、文にはソラを気遣う言葉が綴られていた」
「ねえ、先生……」
 ギンの胸に突っ伏していたソラが顔を上げ、正座をしてヤマに向き直った。そして改めてギンと手を繋ぎ直す。
「お父さんの文、読んでもいいかな?」
「……まあいいだろう。全ては奴の自業自得だ」
 ヤマは手に持っていた封筒をソラへ差し出した。
 
 封筒の中身についてはユミも気になっていたところではある。
 当時は気づかなかったことだが、他の村から隔絶されたナガレにおいて、ユミらの来訪は千載一遇の機会だったのだ。
 先ほどのソラの出自に関する話を聞く限り、彼にも募る思いのあったことが伺える。

「先生はそれをソラが読んでも傷つくことは無いと判断してるんだね」
「ああ、昔のあの子からは想像もつかない慈愛に満ちている」
 とっさにユミは顔をしかめてしまう。
 ヤマの言う昔のあの子とは、ケンがまだ幼い頃の話だろう。そして慈愛に満ちていると評価されているのは、6年前ソラに文を宛てた時点でのケンだ。
 ユミは未だに当時のケンに対しては強い嫌悪感を抱いていた。
 
 しかし考えてみれば、ユミが知る限りケンに人生を狂わされた者は、今やケンを恨んではいない。
 キリはケンに諭されるようにラシノへ帰り、それはケンがカラに交わしたキリを守るという約束を果たしたことも意味する。
 またヤマもケンに手を煩わされたことになるのだが、ソラと過ごした余生は幸せそうであった。

 嫌悪から信頼に変わっていく過程はギンに向ける感情とも共通するところがある。それには長い時間を要した。
 一方で、ユミがケンと過ごした時間は短い。ユミがまだ見ぬケンの一面もあるはずなのだ。それがソラの手にある文へ記されているのだろう。
 鳩の務めは人の思いを届けることにある。特定の人物に対して偏見を抱いているようでは、その思いも歪んで伝わってしまうかもしれない。
 これも立派な鳩になるためだと自らに言い聞かせ、ソラの手元に開かれた便箋を覗き込む。
 
 
 ――山先生へ
   突然すまない。剣です。今はナガレで暮らしています。
   愛の本当の鴛を殴ったことに対する罰です。全てオレが悪いです。何も言い訳するつもりもありません。
   遅かれ早かれこうなる運命だったのだと思います。ただ1つだけ、先生にお礼を言えないままだったことが心残りでした。あの時は空を助けてくれてありがとう。
   空にはこの文を見せないで欲しい。親が烏だなどと知る必要もないでしょう。
   
   孵卵の受験中だと言う女子が突然ナガレにやって来た。あろうことか愛の息子も連れて来やがった。空の弟ってことになる。妙な因果もあったものです。
   その女子なんだが、よく見たら眼が空にそっくりなんだ。空とはあの日一度会ったきりだが、懐かしくなってしまった。
   文を届けているのは女子の試験監督です。それと一緒に居るのはナガレで生まれた水というガキだ。無事ウラヤに辿り着いたら労ってやって欲しい。
   水はナガレの生まれなのです。まだ帰巣本能には目覚めていないが、必ずナガレの希望を繋ぐ鳩になれると信じている。だから、山先生の返事を水に託してもらえると嬉しいです。
   
   こんな状況で本当に申し訳ないが、空の近況を教えてくれないだろうか。
   願わくば、オレやアイのことなど知らないまま幸せに暮らしていて欲しい。父親らしい言葉の一つでもかけてやりたいが、その資格も無いでしょう。
   そう言えばウラヤに一人、心優しい百舌鳥が居たはずだ。今はもう引退しているのだろうが。あの方が空の母親になってくれないかとさえ思ってしまいます。

   空は今では12歳か。
   さぞ美人になっているんだろうな。水が余計なことしたら叱ってやってくれ。
   空には何もしてやれないが、今後もナガレはオレが烏どもを抑えておくつもりだ。何かの間違いでソラが烏と出くわすことの無い様に。

   先生もお元気で。
   剣より。


 汚い字。
 拭い切れない偏見のためか、初めの内こそそのような印象を受けた。
 文をヤマへ手渡ししたのはユミだったが、ケンが文をしたためている時、まだユミがウラヤに行くと決まっていなかった。
 クイが文を手渡したように綴られているのはそのためだろう。
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