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第三章 口舌り
第三十六話 失言 36 3-10-1/3 109
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トミサの巣にあるクイの居室。イイバ各地の村から託された鴛鴦文は1度そこに集約される。
ユミも例に漏れず、ソラから受け取ったキリへの文を提出するためにやって来た。
「ソラさんへの配達、ご苦労様でした」
ユミに突き出された封筒を受け取りながら、クイは恭しい態度で頭を下げた。
「まだソラとキリのやり取りは続けるよ。だからその文はちゃんと届けさせてね」
鴛鴦文をクイへと手渡す際、書き手の意思を伝えることになっている。
鴛鴦文のやり取りを続けるか、打ち切るか、あるいは文通先の相手と鴛鴦の契りを結ぶ決意をするか。以上の3通りの選択肢がある。
目的はともかくとして、ソラとキリとのやり取りは現時点でキリからの往路が行われたのみである。
1通目から打ち切りを告げられる例は極めてまれだ。
「はい、いいでしょう。ラシノの鳩にお渡ししておきます」
本来の目的とは異なることは把握しているが、クイは自然な流れで文通の継続を受け入れた。
「ラシノの鳩……」
キリが住む村の鳩とユミとも全く接点がない訳では無い。とは言え、未だに七班以外の人物にはユミの秘密は明かされていない。
ラシノの鳩を介してキリの様子など探りを入れようとすれば、ユミの異質さについてぼろが出てしまう懸念があるのだ。
「そういえば、サイもギンもラシノに行ったことないって言ってたな」
「それは仕方のないことでしょう。イイバの地にはこれだけの村があるのです」
クイは後方に配置された書棚へと振り返る。鴛鴦文の立ち並んだそこには、イイバにある村々の名を表す名札が掲示されている。
「む……、まあそうか」
ユミは5年前、サイかギンかを経由してキリと繋がることは出来ないかとクイに問うたことがある。
その時はユミの秘密を他者と共有することになるため、推奨できないと回答を得た。
しかし、雛を終えた時点でユミのもりすとキリとの関係は七班の全員が知るところとなった。従ってサイかギンかがラシノへ行き、キリと接触すること自体に問題は生じないのだが、そのきっかけが無い。
ラシノの鳩から七班へ、ラシノへの同伴を依頼されるのなら良い。一方で、トミサの鳩から特定の村へ行きたいと他の班の者へ頼み込むと、あらぬ勘繰りを入れられることがある。
分かりやすい例がウラヤだ。クイがそうであったように、ユミは男の鳩からウラヤに連れて行けと迫られることがしばしばあった。目的はマイハに行くことなのだろうとすぐに分かる。その度に辟易とした思いが押し寄せたものだった。
従ってサイとギンは他の硬派な鳩と同様、受動的に依頼通りの業務をこなすに留めていたのであった。
「ねえクイさん」
「何でしょう?」
ユミとクイとが出会ってから幾度と繰り返されたこのやり取りである。
かつては名前を呼ばれる度にこめかみの辺りが引きつったものだが、さすがに今となってはクイも穏やかな顔を向けることが出来ていた。
「キリ、私のこと大好きだって」
ウラヤに届けたキリの文の内容について、どこまでクイに明かすべきか。この居室に入るまで思惑していた。
いっそ黙ったままでいようかとも思ったが、数少ないユミの理解者を前にして口に出さずにはいられなかった。
「それは良かったですねぇ」
クイは笑顔を作る。例によって飛びっきりの笑顔だが。
「……そんなことが文に書かれていたんですか」
「うん」
クイは額に手を当てる。
「いや全く……、私がこの係に就任して良かった」
クイの言わんとすることは、ユミにもよく分かる。
「キリも賭けだったみたい。私に届くと信じて」
私とキリとは飽くまでも真剣だ。そのような思いを眼に宿し、クイをじっと見つめる。
「まあ良いでしょう。過ぎたことに対してどうこう言っても仕方ないですし、結果としてことがうまく運んだようですね。あなた方は似た者同士だ」
皮肉めいた口調だが、ユミはぱあっと眼を輝かせる。
「うん。キリとは気が合うんだから!」
「やれやれ……」
クイは呆れたように肩を落とす。
「となると、なおさらユミさんはキリさんへ会いに行かざるを得なくなりましたね。何か計画でも?」
「うん。まずはトキ教官を含めて七班の皆を招集する。それで七班の縛めを解く。キリと会いに行くことについて皆から了承を得ないと。そういう約束だから」
七班の縛めについてはクイもトキから聞き及んでいたことだ。身勝手な行動の多いユミへの縛めでもあり、七班の絆を深める証とも言える。
「トキさんはうまい仕組みを考えたものですね。おかげで私が無駄に手を焼かずに済みました」
クイの言葉には依然として棘は残るが、それも仕方のないことだと受け入れユミは話を続ける。
「近い内に七班の縛めを解いておく」
「なるほど。トキさん達を招集するんですね」
「うん。で、さっきクイさんに預けた文、その返事がキリから来たら、ソラへ届けるためにまたウラヤへ行くことになる」
「ええ、そうなるでしょうね」
キリもまた、ソラとのやり取りの継続を望むのは当然のことだろう。
「その時に行こうと思う。ウラヤからラシノへと」
「ふむ。……ん?」
納得したように見えたのも束の間、クイは小首を傾げ眉をひそめる。
「どうしたのクイさん?」
「ラシノへ行くためには1度ナガレを通らなくてはならないはずですよね?」
「あ……」
秘密を守ることの難しさを思い知る。よく今日まで、他の者へと露呈しなかったものだと肝が冷える。
トミサへの出発の前日、ユミはソラとともにラシノへ立ち寄ったことによりその最短経路を覚えていた。
クイにはその事実を明かしていない。そしてこれはソラにとって繊細な部分である。
クイとは協力関係にあり、秘め事はなるべく避けたいところであるが、ソラの出生の秘密にまで言及するべきではないだろう。
ユミも例に漏れず、ソラから受け取ったキリへの文を提出するためにやって来た。
「ソラさんへの配達、ご苦労様でした」
ユミに突き出された封筒を受け取りながら、クイは恭しい態度で頭を下げた。
「まだソラとキリのやり取りは続けるよ。だからその文はちゃんと届けさせてね」
鴛鴦文をクイへと手渡す際、書き手の意思を伝えることになっている。
鴛鴦文のやり取りを続けるか、打ち切るか、あるいは文通先の相手と鴛鴦の契りを結ぶ決意をするか。以上の3通りの選択肢がある。
目的はともかくとして、ソラとキリとのやり取りは現時点でキリからの往路が行われたのみである。
1通目から打ち切りを告げられる例は極めてまれだ。
「はい、いいでしょう。ラシノの鳩にお渡ししておきます」
本来の目的とは異なることは把握しているが、クイは自然な流れで文通の継続を受け入れた。
「ラシノの鳩……」
キリが住む村の鳩とユミとも全く接点がない訳では無い。とは言え、未だに七班以外の人物にはユミの秘密は明かされていない。
ラシノの鳩を介してキリの様子など探りを入れようとすれば、ユミの異質さについてぼろが出てしまう懸念があるのだ。
「そういえば、サイもギンもラシノに行ったことないって言ってたな」
「それは仕方のないことでしょう。イイバの地にはこれだけの村があるのです」
クイは後方に配置された書棚へと振り返る。鴛鴦文の立ち並んだそこには、イイバにある村々の名を表す名札が掲示されている。
「む……、まあそうか」
ユミは5年前、サイかギンかを経由してキリと繋がることは出来ないかとクイに問うたことがある。
その時はユミの秘密を他者と共有することになるため、推奨できないと回答を得た。
しかし、雛を終えた時点でユミのもりすとキリとの関係は七班の全員が知るところとなった。従ってサイかギンかがラシノへ行き、キリと接触すること自体に問題は生じないのだが、そのきっかけが無い。
ラシノの鳩から七班へ、ラシノへの同伴を依頼されるのなら良い。一方で、トミサの鳩から特定の村へ行きたいと他の班の者へ頼み込むと、あらぬ勘繰りを入れられることがある。
分かりやすい例がウラヤだ。クイがそうであったように、ユミは男の鳩からウラヤに連れて行けと迫られることがしばしばあった。目的はマイハに行くことなのだろうとすぐに分かる。その度に辟易とした思いが押し寄せたものだった。
従ってサイとギンは他の硬派な鳩と同様、受動的に依頼通りの業務をこなすに留めていたのであった。
「ねえクイさん」
「何でしょう?」
ユミとクイとが出会ってから幾度と繰り返されたこのやり取りである。
かつては名前を呼ばれる度にこめかみの辺りが引きつったものだが、さすがに今となってはクイも穏やかな顔を向けることが出来ていた。
「キリ、私のこと大好きだって」
ウラヤに届けたキリの文の内容について、どこまでクイに明かすべきか。この居室に入るまで思惑していた。
いっそ黙ったままでいようかとも思ったが、数少ないユミの理解者を前にして口に出さずにはいられなかった。
「それは良かったですねぇ」
クイは笑顔を作る。例によって飛びっきりの笑顔だが。
「……そんなことが文に書かれていたんですか」
「うん」
クイは額に手を当てる。
「いや全く……、私がこの係に就任して良かった」
クイの言わんとすることは、ユミにもよく分かる。
「キリも賭けだったみたい。私に届くと信じて」
私とキリとは飽くまでも真剣だ。そのような思いを眼に宿し、クイをじっと見つめる。
「まあ良いでしょう。過ぎたことに対してどうこう言っても仕方ないですし、結果としてことがうまく運んだようですね。あなた方は似た者同士だ」
皮肉めいた口調だが、ユミはぱあっと眼を輝かせる。
「うん。キリとは気が合うんだから!」
「やれやれ……」
クイは呆れたように肩を落とす。
「となると、なおさらユミさんはキリさんへ会いに行かざるを得なくなりましたね。何か計画でも?」
「うん。まずはトキ教官を含めて七班の皆を招集する。それで七班の縛めを解く。キリと会いに行くことについて皆から了承を得ないと。そういう約束だから」
七班の縛めについてはクイもトキから聞き及んでいたことだ。身勝手な行動の多いユミへの縛めでもあり、七班の絆を深める証とも言える。
「トキさんはうまい仕組みを考えたものですね。おかげで私が無駄に手を焼かずに済みました」
クイの言葉には依然として棘は残るが、それも仕方のないことだと受け入れユミは話を続ける。
「近い内に七班の縛めを解いておく」
「なるほど。トキさん達を招集するんですね」
「うん。で、さっきクイさんに預けた文、その返事がキリから来たら、ソラへ届けるためにまたウラヤへ行くことになる」
「ええ、そうなるでしょうね」
キリもまた、ソラとのやり取りの継続を望むのは当然のことだろう。
「その時に行こうと思う。ウラヤからラシノへと」
「ふむ。……ん?」
納得したように見えたのも束の間、クイは小首を傾げ眉をひそめる。
「どうしたのクイさん?」
「ラシノへ行くためには1度ナガレを通らなくてはならないはずですよね?」
「あ……」
秘密を守ることの難しさを思い知る。よく今日まで、他の者へと露呈しなかったものだと肝が冷える。
トミサへの出発の前日、ユミはソラとともにラシノへ立ち寄ったことによりその最短経路を覚えていた。
クイにはその事実を明かしていない。そしてこれはソラにとって繊細な部分である。
クイとは協力関係にあり、秘め事はなるべく避けたいところであるが、ソラの出生の秘密にまで言及するべきではないだろう。
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