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第三章 口舌り
第三十六話 失言 36 3-10-2/3 110
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「大丈夫ですか? あの時はアサさんが助けてくれましたが、次はどうでしょう? あの場所は危険じゃないですか?」
「あ……」
ここまでのユミの発言は、まだウラヤからラシノへの道のりを覚えたことを確定させるものではなかった。
まだ隠し通せる余地があると悟り、慌てて取り繕って見せる。
「そ、そうだよね。私達、あの時はアサを騙したことになるんだよね。ミズが帰巣本能を得たって。そのミズがもう鳩になれないとなったらアサも怒ってるよね……。それにあのケンの、ケンの……」
「どうしたんですユミさん? 歯切れが悪いですね。いつもならケンさんのことをバカだの、不潔だのおっしゃるくせに」
ケンに対する悪口を躊躇う理由。ソラの優しさに触れたからに他ならない。
許すことで前に進めるというソラの言葉が、ずっと脳裏に渦巻いている。
「ケンはね……、私の……」
脳裏にソラの顔が浮かび上がり、思わず核心を突く言葉を口に出しそうになったが、ぶるぶると首を振って押し黙る。
「クイさんはケンのことどこまで知ってるの?」
「ユミさんの孵卵で見た以上のことは知りませんよ。ナガレにいるのは、キリさんの父親を傷つけたらからなのだろうと思っていますが」
「キリのお父さんには会ったよ」
「何ですって?」
クイは眼を皿のようにする。
「医術院で会った。今まで会わなかったのが不思議なぐらい」
「ほう、そうでしたか。確かに筋は通りますね。てっきり亡くなられたのかと思っていましたが、医術院なら最悪の事態も避けられるということなのでしょう」
カラの痛ましい姿を思い出しながら、ユミは言葉を紡いでいく。
「お義父さん、ケンには酷い目にあわされたのにケンのことを恨んでないって。それに6年前、キリがラシノに帰る決意をしたのもケンに唆されたせいだけど、キリは私の為にも帰るんだって言ってた。キリもケンのことを許そうとしてたってことだよね」
あくまでも客観的に、事実を捉えようとする。
「だから、今ケンを恨んでるのは私だけってことになる。その理由もキリとお義父さんのことがあったから。だから……、私がケンを恨む理由なんてもうないはずなの」
そう言ってはみたものの、相変わらずありがとうと口に出せない。それがユミの本心なのだ。その理由にも気づきつつある。
「恨む理由はない、ですか。そうは言っても一度嫌いになった者を好きになるのは難しいものです」
「うん。クイさんは身を以て経験してることなんだと思う。嫌いな人でも協力を募らなきゃいけないことはあるんだって」
「ええ、そうですねぇ」
クイは感慨深そうに唸る。
「だから、ナガレに行ったら今度はケンのことも当てにする。」
「ほう、それ自体は殊勝な心掛けと言っても良いかもしれません。ですが向こうはどうでしょう? 先ほどユミさんも指摘された通り、怒っているかもしれませんよ?」
クイの問いかけに焦る。いずれはソラがケンに宛てた文を届けるつもりではいたが、今日の時点ではナガレに行くことまで考えていなかった。
思えばナガレの鳩に頼らず、ナガレに辿り着くこと自体が不可解な話である。
6年前、ヤマからの文を受け取ったケンは、ユミらがウラヤからナガレに戻ってきたことを信じたはずだ。実際にその通りなのだが。
しかしこれは、ミズが帰巣本能に目覚めていないことと矛盾する。ナガレではあの日の出来事をどのように処理されているのだろうか。
ユミはアサを騙したとは言ったが、アサが騙されて当然の状況だったと言える。
「どうでしょう? 私がナガレに着いて行ってもいいのですよ?」
ユミが黙り込んでいたのを見かねたのか、クイから救いの手が差し伸べられる。
「え? ……どういうこと?」
「私が初めてケンさんと会った時、彼は言いました。赤子をナガレで生ませて差し出せと。要はナガレの鳩が欲しいと言うことです」
やはりケンは鬼畜だ。ユミは再認識すると、自然と顔へ不快感が現れてくる。
「今現在の私がナガレに行けば、現地の方はどう思うでしょうか?」
「あ、そうか。ハリの力でナガレに辿り着いたと考えるのか」
ハリの成長を見届けて来た月日が、彼の生い立ちについて失念させていた。
「でもハリはまだ年齢が……。いや可能性はある……」
孵卵の受験資格は10歳から16歳の少年少女に与えられる。
17歳になれば帰巣本能に目覚める可能性がなくなるため年齢の上限が設定されているが、下限については受験者の安全を考慮してのものだ。
原理上は生まれたばかりの赤子でも帰巣本能に目覚められるのだ。他でもないソラがそれを証明している。
「もちろん、ハリを売るようなことはしませんよ。それでもナガレの男達にとっては我々が救世主だと思うのではないでしょうか。ユミさんに騙されたことを怒っている場合じゃありません」
「確かに。でもそうなると……」
「ええ、彼らに手土産が必要でしょう」
手土産。即ちナガレの烏達に何か利益をもたらす必要があると言うことだ。
ソラがケンに宛てた文はそれに該当すると言える。しかし、クイはまだ知る由もないことだ。
またクイが禄でもないことを考えているのではなかろうかと、ユミに緊張が走る。
「ナガレに何か与えようと言うの?」
「ええ、そうですね。ですがそれは決して悪いことだと思っていません。私は自由な世界を作りたいと言いましたよね? ナガレはその足がかりになるのではないかと思っています」
「どういうこと?」
「ミズさんがナガレの鳩になれないとなった今、現行の鳩が引退すればもう誰も彼の地に行くことは出来ません。ユミさんを除いてね」
「……だから?」
ユミの額から汗が滲みだす。
「ナガレはいずれ究極の自由の地となるはずです。そこで私は、ナガレとウラヤとの伝達経路を確立させたいと考えています」
「そんなことが出来るとでも?」
「ええ、ウラヤはおあつらえ向きにもマイハが――」
「それはダメ!!」
最大限の声量で拒絶を示した。
「あ……」
ここまでのユミの発言は、まだウラヤからラシノへの道のりを覚えたことを確定させるものではなかった。
まだ隠し通せる余地があると悟り、慌てて取り繕って見せる。
「そ、そうだよね。私達、あの時はアサを騙したことになるんだよね。ミズが帰巣本能を得たって。そのミズがもう鳩になれないとなったらアサも怒ってるよね……。それにあのケンの、ケンの……」
「どうしたんですユミさん? 歯切れが悪いですね。いつもならケンさんのことをバカだの、不潔だのおっしゃるくせに」
ケンに対する悪口を躊躇う理由。ソラの優しさに触れたからに他ならない。
許すことで前に進めるというソラの言葉が、ずっと脳裏に渦巻いている。
「ケンはね……、私の……」
脳裏にソラの顔が浮かび上がり、思わず核心を突く言葉を口に出しそうになったが、ぶるぶると首を振って押し黙る。
「クイさんはケンのことどこまで知ってるの?」
「ユミさんの孵卵で見た以上のことは知りませんよ。ナガレにいるのは、キリさんの父親を傷つけたらからなのだろうと思っていますが」
「キリのお父さんには会ったよ」
「何ですって?」
クイは眼を皿のようにする。
「医術院で会った。今まで会わなかったのが不思議なぐらい」
「ほう、そうでしたか。確かに筋は通りますね。てっきり亡くなられたのかと思っていましたが、医術院なら最悪の事態も避けられるということなのでしょう」
カラの痛ましい姿を思い出しながら、ユミは言葉を紡いでいく。
「お義父さん、ケンには酷い目にあわされたのにケンのことを恨んでないって。それに6年前、キリがラシノに帰る決意をしたのもケンに唆されたせいだけど、キリは私の為にも帰るんだって言ってた。キリもケンのことを許そうとしてたってことだよね」
あくまでも客観的に、事実を捉えようとする。
「だから、今ケンを恨んでるのは私だけってことになる。その理由もキリとお義父さんのことがあったから。だから……、私がケンを恨む理由なんてもうないはずなの」
そう言ってはみたものの、相変わらずありがとうと口に出せない。それがユミの本心なのだ。その理由にも気づきつつある。
「恨む理由はない、ですか。そうは言っても一度嫌いになった者を好きになるのは難しいものです」
「うん。クイさんは身を以て経験してることなんだと思う。嫌いな人でも協力を募らなきゃいけないことはあるんだって」
「ええ、そうですねぇ」
クイは感慨深そうに唸る。
「だから、ナガレに行ったら今度はケンのことも当てにする。」
「ほう、それ自体は殊勝な心掛けと言っても良いかもしれません。ですが向こうはどうでしょう? 先ほどユミさんも指摘された通り、怒っているかもしれませんよ?」
クイの問いかけに焦る。いずれはソラがケンに宛てた文を届けるつもりではいたが、今日の時点ではナガレに行くことまで考えていなかった。
思えばナガレの鳩に頼らず、ナガレに辿り着くこと自体が不可解な話である。
6年前、ヤマからの文を受け取ったケンは、ユミらがウラヤからナガレに戻ってきたことを信じたはずだ。実際にその通りなのだが。
しかしこれは、ミズが帰巣本能に目覚めていないことと矛盾する。ナガレではあの日の出来事をどのように処理されているのだろうか。
ユミはアサを騙したとは言ったが、アサが騙されて当然の状況だったと言える。
「どうでしょう? 私がナガレに着いて行ってもいいのですよ?」
ユミが黙り込んでいたのを見かねたのか、クイから救いの手が差し伸べられる。
「え? ……どういうこと?」
「私が初めてケンさんと会った時、彼は言いました。赤子をナガレで生ませて差し出せと。要はナガレの鳩が欲しいと言うことです」
やはりケンは鬼畜だ。ユミは再認識すると、自然と顔へ不快感が現れてくる。
「今現在の私がナガレに行けば、現地の方はどう思うでしょうか?」
「あ、そうか。ハリの力でナガレに辿り着いたと考えるのか」
ハリの成長を見届けて来た月日が、彼の生い立ちについて失念させていた。
「でもハリはまだ年齢が……。いや可能性はある……」
孵卵の受験資格は10歳から16歳の少年少女に与えられる。
17歳になれば帰巣本能に目覚める可能性がなくなるため年齢の上限が設定されているが、下限については受験者の安全を考慮してのものだ。
原理上は生まれたばかりの赤子でも帰巣本能に目覚められるのだ。他でもないソラがそれを証明している。
「もちろん、ハリを売るようなことはしませんよ。それでもナガレの男達にとっては我々が救世主だと思うのではないでしょうか。ユミさんに騙されたことを怒っている場合じゃありません」
「確かに。でもそうなると……」
「ええ、彼らに手土産が必要でしょう」
手土産。即ちナガレの烏達に何か利益をもたらす必要があると言うことだ。
ソラがケンに宛てた文はそれに該当すると言える。しかし、クイはまだ知る由もないことだ。
またクイが禄でもないことを考えているのではなかろうかと、ユミに緊張が走る。
「ナガレに何か与えようと言うの?」
「ええ、そうですね。ですがそれは決して悪いことだと思っていません。私は自由な世界を作りたいと言いましたよね? ナガレはその足がかりになるのではないかと思っています」
「どういうこと?」
「ミズさんがナガレの鳩になれないとなった今、現行の鳩が引退すればもう誰も彼の地に行くことは出来ません。ユミさんを除いてね」
「……だから?」
ユミの額から汗が滲みだす。
「ナガレはいずれ究極の自由の地となるはずです。そこで私は、ナガレとウラヤとの伝達経路を確立させたいと考えています」
「そんなことが出来るとでも?」
「ええ、ウラヤはおあつらえ向きにもマイハが――」
「それはダメ!!」
最大限の声量で拒絶を示した。
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