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第三章 口舌り
第三十九話 博打 39 3-13-3/4 120
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ユミらがウラヤの村に着く頃には、既に日が沈みかけていた。マイハの煌びやかな明かりが灯り始めている。
「ラシノに行くのは明日でいいよな?」
「うんそうだね。キリの前でお姉ちゃんって呼んでるの見られたくないし」
「別に明日以降も呼んでくれていいんだぞ?」
「今日限りだよっ!」
さすがにユミの腹は落ち着いていた。
今夜はユミの生家で休むことになる。
キリに会うのは確認の作業だとは言ったものの、風呂に入るなり、香を焚きしめるなり、できる準備はしておきたい。
「晩飯はどうするんだ?」
「もー、お姉ちゃんはそればっかり……。ごめんだけど1人でなんか食べといてよ」
「む、それは寂しいな。そんじゃソラんとこでも行くか」
サイはぽんと手を叩き、ヤマの医院のある方向を見据えた。
「お、あれはハリか?」
サイの視線の先に、とてとてと歩く少年の姿が見える。
「そうっぽいね。今日の診療のお手伝いが終わったとこじゃないかな?」
「おーい。ハリぃいいい!」
サイは大きく手を振り呼びかけた。その声量にユミは思わず耳を塞いでしまう。
少年との距離はまだ遠い。しかし、サイの大声は届いたようだ。嬉しそうな顔を浮かべ、ユミらに向かって走ってくる。
「サイおねーちゃん!」
やがて傍までやって来たハリを、サイは両手を広げて迎えてやる。
「おー、ハリ元気だったか?」
胸へと飛び込んできたハリの頭を撫でながら言う。
「うん! サイおねーちゃん久しぶり!」
ぐー。
ハリの耳元でサイの腹の音が聞こえてくる。
「サイおねーちゃんお腹空いてるの?」
耳のすぐ傍で聞こえて来た雑音に、ハリは首を傾げた。
「ああ、今からソラんとこ行って飯にしようかと思ってた」
「今はソラおねーちゃんいないよ?」
「そうなのか?」
「うん。なんかきゅーかんが出たからおーしんって言ってた」
「そうか、残念だな……」
サイはユミに目配せし、どうするかと問いかける。
「ソラには明日の朝会いに行くつもりだったんだよね。キリと会う前に。だから今日は行かなくていいよ、先生のとこ」
「じゃあぼくのおうち来る?」
ハリはユミへと首を捻り、眼を輝かせる。
「いいの? 大飯食らいのお姉ちゃんも一緒だけど」
ユミの頭へゆっくりと手刀が振り下ろされた。
「今晩おかーさんいないの。トミサにしゅっちょーって言ってた」
「え、ハリ一人? 大丈夫なの?」
「ぼくもう6つだよ! おかーさん、明日の昼過ぎには帰って来るって。だから1人でも……」
気丈な言葉とは裏腹に、その口調はか細く頼りない。今にも泣きだしてしまいそうである。
やがてぶるぶると首を振り、再び口を開いた。
「あのね……。ソラおねーちゃんが忙しそうだったから、おかーさんのこと言わずに帰って来たの。でもやっぱり1人はこわくて……」
サイの胸へとぐっと頭が押し付けられる。
「なーんだ。そうならそう言ってくれればいいじゃないか! ユミ、今晩はハリと一緒に寝てやろうぜ!」
「そうだね。それにしてもハリ、優しくなったね。でも無理しちゃダメだよ? ソラだってハリが悲しむの見たくないんだから」
ユミはハリの頭の上にぽんと手を置いた。
「ユミおねーちゃん……。ごめんなさい」
「こらこらハリ。別に謝ることじゃないぞ。ユミはお前が心配なだけだ」
サイはハリの顔を覗き込み、微笑みかけた。
「よし、そうと決まれば飯だな!」
場の重い空気を裂くように、柏手を打ち立ち上がる。
「うん! おこめいっしょにたいてくれる?」
「おう、任せとけ! テコに美味い炊き方教わったからばっちりだぞ!」
食にこだわりのあるサイのことだ。さぞかしうまいのだろうと、ユミは思わず涎を垂らす。
「あ……、私は少しだけにしとくね?」
不意に戻って来た食欲を、理性で押さえつけた。
「ふふ、ユミ。遠慮はすることないんだぞ?」
サイは不敵な笑みを浮かべる。そしてひょいとハリの体を持ち上げると自らの首元へ跨がせた。
「お前んちまで肩車してやるよ!」
「やったぁ!」
その晩、ユミが苦しんだのは言うまでもない。
「ラシノに行くのは明日でいいよな?」
「うんそうだね。キリの前でお姉ちゃんって呼んでるの見られたくないし」
「別に明日以降も呼んでくれていいんだぞ?」
「今日限りだよっ!」
さすがにユミの腹は落ち着いていた。
今夜はユミの生家で休むことになる。
キリに会うのは確認の作業だとは言ったものの、風呂に入るなり、香を焚きしめるなり、できる準備はしておきたい。
「晩飯はどうするんだ?」
「もー、お姉ちゃんはそればっかり……。ごめんだけど1人でなんか食べといてよ」
「む、それは寂しいな。そんじゃソラんとこでも行くか」
サイはぽんと手を叩き、ヤマの医院のある方向を見据えた。
「お、あれはハリか?」
サイの視線の先に、とてとてと歩く少年の姿が見える。
「そうっぽいね。今日の診療のお手伝いが終わったとこじゃないかな?」
「おーい。ハリぃいいい!」
サイは大きく手を振り呼びかけた。その声量にユミは思わず耳を塞いでしまう。
少年との距離はまだ遠い。しかし、サイの大声は届いたようだ。嬉しそうな顔を浮かべ、ユミらに向かって走ってくる。
「サイおねーちゃん!」
やがて傍までやって来たハリを、サイは両手を広げて迎えてやる。
「おー、ハリ元気だったか?」
胸へと飛び込んできたハリの頭を撫でながら言う。
「うん! サイおねーちゃん久しぶり!」
ぐー。
ハリの耳元でサイの腹の音が聞こえてくる。
「サイおねーちゃんお腹空いてるの?」
耳のすぐ傍で聞こえて来た雑音に、ハリは首を傾げた。
「ああ、今からソラんとこ行って飯にしようかと思ってた」
「今はソラおねーちゃんいないよ?」
「そうなのか?」
「うん。なんかきゅーかんが出たからおーしんって言ってた」
「そうか、残念だな……」
サイはユミに目配せし、どうするかと問いかける。
「ソラには明日の朝会いに行くつもりだったんだよね。キリと会う前に。だから今日は行かなくていいよ、先生のとこ」
「じゃあぼくのおうち来る?」
ハリはユミへと首を捻り、眼を輝かせる。
「いいの? 大飯食らいのお姉ちゃんも一緒だけど」
ユミの頭へゆっくりと手刀が振り下ろされた。
「今晩おかーさんいないの。トミサにしゅっちょーって言ってた」
「え、ハリ一人? 大丈夫なの?」
「ぼくもう6つだよ! おかーさん、明日の昼過ぎには帰って来るって。だから1人でも……」
気丈な言葉とは裏腹に、その口調はか細く頼りない。今にも泣きだしてしまいそうである。
やがてぶるぶると首を振り、再び口を開いた。
「あのね……。ソラおねーちゃんが忙しそうだったから、おかーさんのこと言わずに帰って来たの。でもやっぱり1人はこわくて……」
サイの胸へとぐっと頭が押し付けられる。
「なーんだ。そうならそう言ってくれればいいじゃないか! ユミ、今晩はハリと一緒に寝てやろうぜ!」
「そうだね。それにしてもハリ、優しくなったね。でも無理しちゃダメだよ? ソラだってハリが悲しむの見たくないんだから」
ユミはハリの頭の上にぽんと手を置いた。
「ユミおねーちゃん……。ごめんなさい」
「こらこらハリ。別に謝ることじゃないぞ。ユミはお前が心配なだけだ」
サイはハリの顔を覗き込み、微笑みかけた。
「よし、そうと決まれば飯だな!」
場の重い空気を裂くように、柏手を打ち立ち上がる。
「うん! おこめいっしょにたいてくれる?」
「おう、任せとけ! テコに美味い炊き方教わったからばっちりだぞ!」
食にこだわりのあるサイのことだ。さぞかしうまいのだろうと、ユミは思わず涎を垂らす。
「あ……、私は少しだけにしとくね?」
不意に戻って来た食欲を、理性で押さえつけた。
「ふふ、ユミ。遠慮はすることないんだぞ?」
サイは不敵な笑みを浮かべる。そしてひょいとハリの体を持ち上げると自らの首元へ跨がせた。
「お前んちまで肩車してやるよ!」
「やったぁ!」
その晩、ユミが苦しんだのは言うまでもない。
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