鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第三章 口舌り

第三十九話 博打 39 3-13-4/4 121

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 母の折檻は昼前まで続いた。
 早く飯炊きの支度をしなくては、またあの狂気を浴びることになる。
 ひりひりと痛む頬に手を当て、キリは森を見つめていた。
 
 ラシノの鳩であるフデは何かとキリのことを気にかけてはくれる。しかし、母の暴力までは止めることが出来ないようだ。
 アイはこっそりとフデにくだんの茶葉を要求することがある。それは母に束の間の安らぎを与えるのだが、効果が切れて眼を覚ました頃には気が狂ったようにキリを責め立てる。

 アイの狂気は5年前、ユミとソラがラシノへ訪れた日より一層強く現れるようになったとキリは感じていた。
 キリが2人を逃がしたことが原因だが、当然ユミを恨むつもりはなかった。むしろキリに希望をもたらす出来事だったと言える。

 募るユミへの想いを鴛鴦文に託したことは博打だった。
 想いが届かないどころか、誘拐というユミの凶行が露呈してしまう懸念さえあったのだ。それでも気持ちを抑えることが出来なかった。きっとユミも同じ気持ちなのだろうと信じていたこともある。

 ソラからの返信が来た時は狂喜乱舞した。

 キリはユミのことが大好きだと書いた。
 ユミもキリのことが大好きだと書いてきた。

 そしてユミは約束を守るため、頑張って来たとも書いてあった。立派な鳩になり、素敵な鴦になってキリを迎えに行く。5年前に交わした約束だ。
 一方のキリも約束を守ると書いていた。アイと仲良くなるという約束だ。それは父の想いに報いる決意であり、ユミと再会するまでに果たさなければならない縛めであった。

 しかし、キリは約束を果たせていなかった。体中に刻まれた痣がそれを物語っている。
 故に姉のソラが返してきた鴛鴦文には未だ返事を書けないままでいた。

 それでも約束を交わしたあの日以来、再会を果たした場所に佇み、森を呆然と見つめることはやめられないでいた。今現在のキリがそうであるように。
 またひょっこりと、ユミがやって来てくれるのではないかと願いながら。
 とは言え約束すら果たせぬ自分に、再びユミに手を引かれることなど許されないとも考えていた。

 ユミとの森での生活が脳裏に浮かび上がる。
 気恥ずかしくも麗しい記憶に心を温めながら、くるりと森へと背を向けた。
 腰の上辺りまで伸びた髪がしなる。その中程にはユミから受け取った赤い織物が結われていた。

「キリ!」
 不意に背後から、女の声が聞こえてくる。
 信じられない声だった。森がキリを誘おうとしているのだろうか。
 しかし既に森に惑わされなくなる歳だ。そもそも森に足を踏み入れている訳でもない。
 何がこの声をキリに聞かせているのだろう。

「キリ!」
 もう一度声が聞こえる。先ほどよりも大きく、はっきりとした声だ。
 思わず森の方へ向き直る。
 
 そこには鴦の姿があった。ずっと想いを募らせてきた鴦の姿である。
 
「なん……で」
 呟いたきり、キリは動けなくなってしまう。

 鴦はキリに向かって駆け出した。

「キリ!」
 三度目の呼びかけにキリは我慢できなくなった。たとえ幻影でだとしても、その声の主を迎え入れたくなっていた。
 腕が自然と開かれる。

 鴦が近づいてくる毎に、その姿は大きく眼に写る。それと同時に、その体の小ささが露わになっていく。
 
 眼の前にユミの顔が迫る。当時は見上げていたその顔を、今では見下ろしている。
 
 キリの脇の下にユミの腕が回される。
 キリもその体を抱き留めた。



鳩の縛め 第三章 口舌り完
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