鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第四章 巣立ち

第四十話 痣 40 4-1-1/3 122

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 サイは木陰に隠れてそっと涙を流していた。
「うう……。良かったなぁユミ。お姉ちゃんも嬉しいぞ……」
 若い鴛鴦を見ながら呟く。

 抱き着きながら胸に顔を押し当ててくるユミを、キリはやや膝を曲げ迎え入れる。
 ことあるごとにユミは、キリのことを可愛いと発言していたが、それもかつてのことなのだろう。
 サイの眼には、逞しい男に甘える女の図が映っていた。

「大好きだよぉ。キリぃ……」
「ユミ……」
 キリにはまだ状況が理解できていない。
 それでも体が先に動いていた。

「迎えに来たんだよ、キリ」
「うん、ありがとう……」
 胸元から響いてくる声が心地よい。
 
 しかしこの体勢では、お互いの顔を見ることも出来ない。
 キリが抱き締めていた手を緩めると、ユミとの密着が解かれていく。
 そして互いに半歩づつ下がり、見つめ合う。
 
「……姉さんからの返事読んだよ。もちろん、ユミの言葉も」
 ユミの心にぽっと灯がともる。
 
「キリの鴛鴦文をソラに読んでもらった時、私すっごくうれしかった」
「ごめんね。正直賭けだったんだ」
「それでもいい! ちゃんと届いたんだから。それよりもキリ……」
 ユミには懸念していたことがある。キリの頭から足先へと視線を這わせていく。そして気づいてしまう。
「あっ……」
 キリはとっさに自身の体を抱き締める。まるで乙女が見られてはいけない場所を隠すかのように。

「キリ、それ……」
 ユミの顔は蒼白になる。
「うん。母さんに……」
 キリに刻まれた痣は、とても隠しきれるものでは無かった。
 そしてユミの指摘を受け、キリは現実に引き戻されてしまう。
 
「ごめんユミ。ユミとの約束まだ守れてない」
「約束? アイと仲良くなるって話? そんな……、もういいんだよキリ?」
 何故キリがその約束にこだわるのか、ユミには分からなかった。
 
「私、キリのお父さんにも会ったんだよ?」
「父さんに!?」
 キリは眼を皿のようにして驚いて見せる。
「うん。トミサの医術院で」
 キリへどこまで話すべきだろうか。医術院に腰を据える義父の姿を思い出せば、元気だったと告げるには些か相応ふさわしくないと感じてしまう。

「キリ。苦労をかけました。お父さんはなんとかやってます。キリは大事なものとこれからも健やかに過ごしてください」
 ユミは淡々と、頼まれていた言葉を届ける。
「それは?」
「お義父さんは言ってたよ。大事なものは何か、もう判断がつくだろうって」
「それは……」
 言わずもがな、ユミのはずだ。そして約束を交わした相手がユミである。そのユミがもう良いと言うのだから、約束など反故にして良いはずなのだ。

「うん。僕の大事なものはユミだよ」
 淀みの無い真っ直ぐな眼で訴える。ユミの心の臓はとくんと跳ね上がった。
「だったら……」
 ユミはキリに向かって手を伸ばした。
 キリの手も自ずとその手へ向かっていく。
 しかし、てのひらが触れ合うすんでのところでぴたりと止まる。

「ごめん」
 キリは小さくこうべを垂れる。
「なんで!?」
 ユミは一歩前へ踏み出し、両手に作った握り拳でキリの胸を打つ。すると胸の硬さが、拳へと返ってくる。
 それは6年前、ケンの胸を打った時の感触にも似ていた。

「母さんとの決着を着けなきゃ、僕はユミを守れない」
「関係ない!」
 キリの言いたいことは分かっている。
 今後ユミがラシノに通い、キリとの関係を維持するのであればアイを避けては通れない。
 しかしユミにはもりすがある。かつての孵卵の時の様に、キリとの逃避行だって可能なのだ。

「キリが一緒に来るって言うまで離さないから!」
 ユミはその場で飛び上がり、両腕をキリの首へと絡めた。ユミの顎がキリの肩にのしかかる。
 地から離れた足は、キリの腰のあたりに巻き付けた。
 
「ぐっ……」
 ユミの体重の全てがキリに委ねられた。
 しかし、ユミを取り落とす訳にもいかない。彼女の尻の下へと手をやり支えてやる。
 
「お願い……。一緒に来てよぉ。ずっと頑張って来たんだよぉ……」
「ユミ……」
 ユミの孵卵の終盤、ラシノへ帰って来たキリは鳩のフデから激しい叱責を受けた。
 しかしケンからは、ユミを守りたければ孵卵での出来事を他言しない様に言いつけられていた。
 キリにとって仇とも言うべきケンではあるが、かつて父親のカラにキリを守ると約束したのだとも語っていた。
 それを全面的に信用し、焦れるフデにも黙秘を貫いた。その一方で母はキリに対して一切の関心を見せなかった。やがて呆れたフデは、キリの追求を止めてしまう。
 当時は若気の至りとして見過ごされていたのかもしれない。
 しかし、今のキリは大人だ。ユミに至っては鳩という立場にもある。ここで再びユミの手を取ってしまったら、当時よりも失う物は大きいはずだ。

「キリのバカぁ……」
 6年前の別れ際にもユミから投げられた言葉だった。そこまでなら涙を堪えることが出来ていた。
「キリなんてぇ……」
 ――キリなんて嫌い。
 バカに続く言葉には当時も耐えることが出来なかった。

「行くよ」
「キリ?」
 ユミは期待を眼に宿す。
「ユミと一緒に――」

「ソラ!」

 突然、キリの背後から声が聞こえてくる。それとともにキリの体は強張っていく。
 
 ユミもその声には聞き覚えがあった。声の主が誰であるかは明らかだ。
 しかし確かめずにはいられなかった。キリの肩に乗せた顎をくいっと上げ、声のした方向へと視線を向ける。
 
「あ、あ……」
 そこに立つアイの姿を目の当たりにして、キリにしがみつくユミの体は震え始める。彼の腰に巻き付けていた脚も力を失い、地へとすとんと落ちる。
 アイの凶行は先日ヤマから聞かされたばかりだ。ソラと同じ眼を持つユミも、同じ運命を辿ることになるかもしれない。
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