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第四章 巣立ち
第四十三話 報い 43 4-4-3/4 133
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「なあ、ケン。ソラって誰だ?」
やはり見透かしてくるような発言に、ケンは背筋を凍らせる。カラがソラの名前を知っているとすれば、それはアイ経由であるとしか考えられない。
案の定と言うべきなのだろうが、アイはケン以外の者の前でもソラの名を口走っていたことを意味する。
そしてカラはソラの名を、キリと対照的に持ち出してきたのだ。そこから察するに、カラはソラが何者なのかに気づいている。
「知るか」
その強い口調は、むしろ知っていると宣言しているようなものであった。また、娘のことを知らないと言い張ることに心苦しさも感じていた。
そんなケンの心情など、カラにはお見通しだった。
「アイは言っていたよ。ソラは必ず帰ってくるんだって。そしたらケンと3人で一緒に暮らすんだって」
「そんなことまで言ってたのか!?」
畳みかけられるまま、ケンは反応してしまう。
「ああそうだよ! ソラさんについて僕はもうそれでもいいよ。でも……、どうしてその輪の中にキリを入れてやれないんだ?」
カラはケンに一歩詰め寄った。
「お前が居るからか? ケン。なんでお前はいつまでもラシノにやって来るんだ?」
「それは……」
ソラを逃がした日、ケンがラシノに通ってやるとアイに約束したからだ。その約束自体に拘りはない。
しかしケンが姿を現さなければ、程なくしてアイが狂気を発揮するだろうことは眼に見えていた。
逆説的にカラは誤った認識をしている。
ケンがラシノに来なくなったところでアイがキリを愛することは無いのだろう。むしろケンに会えない苛立ちを、息子に手を上げるという形で表現する懸念すらある。
従って、ケンの存在によってキリの安全が守られているとさえ言えるのだ。
とは言え、どう答えても言い訳がましく聞こえてしまう。そう感じたケンは暫く言葉を紡げないでいた。
「なんとか言えよ!」
温厚なカラに似合わない強い命令口調が飛び出した。
そしてケンの胸倉を掴む。
その行動は、ケンの禁忌に触れることとなる。
帰巣本能に目覚めてから、特に顕著に発現するようになった暴力衝動。
同僚である鳩であれば、その衝動を恐れてケンに手を出そうなどと考えることは無い。しかし、カラには知る由もないことだった。
「や、めろ……。手加減が出来なくなる……」
一連の出来事について罪の所在はケンにある。その事実を胸に、理性を保とうと歯を食いしばりながら懇願する。
「だったら話してくれ! これまでにお前がやったこと!」
ケンの祈りも虚しく、カラは止まらなかった。
ぼこっ。
鈍い音と共に、カラは後方に吹っ飛ぶ。
「それがお前の答えか……」
ゆっくりと上体を起こすカラの頬は、赤く腫れあがっていた。
カラは頬をさすりながら立ち上がると、再びケンに向かって歩いてくる。
「ち、違う……。オ、オレに近づくな」
右手に残るカラを殴った余韻が、ケンの理性が薄れさせていくようだった。
「やめて!」
突然、その場に少年の声が響き渡る。
カラは声の元へと顔を向け、眼を見開いた。
「キリ……!」
愛する我が子はケンに向かって駆け出して行ったようだ。
「父さんを殴らないで!」
声と共にケンの腰の辺り鈍い衝撃が走る。
瞬間、意識が引き戻されていくのを感じた。
そして俯瞰する。そこには体の小さな少年が、ケンに抱き着くような形で密着していた。
「やめろキリ! そいつはお前の手に負えるような奴じゃない!」
カラの声を振り切るように、キリはケンの胸をぽかぽかと叩き始めた。
その打撃自体に威力は無いが、ケンを害そうと言う確かな意志が、やはり忌諱に触れてしまう。
「カラすまん!」
ケンは叫ぶとキリの首根っこを掴み、小脇に抱えた。そしてそのまま締め上げる。
「ぐっ……」
キリは鈍い音を発すると、やがて力を失い腕をだらんと垂らす。
「お前何やってんだ!」
カラは激しい怒りの形相を浮かべ、一気にケンへと距離を詰める。
「落ち着け! 締め落としただけだ。直に目を覚ます」
「なんのために!?」
「後で話してやる」
ケンはそう言うと、気を失ったキリの体を肩に乗せて歩き出した。
「待て!」
淀みのないケンの所作には呆然としそうとになったが、声を張り上げを自らを奮い立たせる。
「どこへ行くつもりだ? ケン」
「お前の家だ。安全な場所に寝かせる」
ケンは振り向きもせずに答える。
「アイなら居ないぞ?」
「なら都合がいい」
カラは鴦が風呂へと出かけた隙を狙ってこの話し合いに臨んでいた。
ケンが徒に自宅へ足を踏み入れようものなら、アイがどのような態度をとるかは眼に見えていたからだ。
やがてアイとカラの家へと辿り着く。ケンにとってソラを逃がした時以来の訪問だった。
家の構造は把握していた。寝室へと繋がる障子を開き、畳の上へとキリを寝かせる。
黙ってその様子を見ていたカラだったが、中腰になったケンの傍へ寄り、眼の高さを合わせ口を開いた。
「話してくれると言ったよな?」
「ああ、なるべくお前の問いに答えてやるつもりだ。だがその前にこの手を放せ。……手加減が出来なくなる」
ケンの胸倉を掴んでいたカラの手首へと手を添えながらゆっくりと語る。
カラとしてもほぼ無意識の内に、手をそこにやっていたのだった。
やはり見透かしてくるような発言に、ケンは背筋を凍らせる。カラがソラの名前を知っているとすれば、それはアイ経由であるとしか考えられない。
案の定と言うべきなのだろうが、アイはケン以外の者の前でもソラの名を口走っていたことを意味する。
そしてカラはソラの名を、キリと対照的に持ち出してきたのだ。そこから察するに、カラはソラが何者なのかに気づいている。
「知るか」
その強い口調は、むしろ知っていると宣言しているようなものであった。また、娘のことを知らないと言い張ることに心苦しさも感じていた。
そんなケンの心情など、カラにはお見通しだった。
「アイは言っていたよ。ソラは必ず帰ってくるんだって。そしたらケンと3人で一緒に暮らすんだって」
「そんなことまで言ってたのか!?」
畳みかけられるまま、ケンは反応してしまう。
「ああそうだよ! ソラさんについて僕はもうそれでもいいよ。でも……、どうしてその輪の中にキリを入れてやれないんだ?」
カラはケンに一歩詰め寄った。
「お前が居るからか? ケン。なんでお前はいつまでもラシノにやって来るんだ?」
「それは……」
ソラを逃がした日、ケンがラシノに通ってやるとアイに約束したからだ。その約束自体に拘りはない。
しかしケンが姿を現さなければ、程なくしてアイが狂気を発揮するだろうことは眼に見えていた。
逆説的にカラは誤った認識をしている。
ケンがラシノに来なくなったところでアイがキリを愛することは無いのだろう。むしろケンに会えない苛立ちを、息子に手を上げるという形で表現する懸念すらある。
従って、ケンの存在によってキリの安全が守られているとさえ言えるのだ。
とは言え、どう答えても言い訳がましく聞こえてしまう。そう感じたケンは暫く言葉を紡げないでいた。
「なんとか言えよ!」
温厚なカラに似合わない強い命令口調が飛び出した。
そしてケンの胸倉を掴む。
その行動は、ケンの禁忌に触れることとなる。
帰巣本能に目覚めてから、特に顕著に発現するようになった暴力衝動。
同僚である鳩であれば、その衝動を恐れてケンに手を出そうなどと考えることは無い。しかし、カラには知る由もないことだった。
「や、めろ……。手加減が出来なくなる……」
一連の出来事について罪の所在はケンにある。その事実を胸に、理性を保とうと歯を食いしばりながら懇願する。
「だったら話してくれ! これまでにお前がやったこと!」
ケンの祈りも虚しく、カラは止まらなかった。
ぼこっ。
鈍い音と共に、カラは後方に吹っ飛ぶ。
「それがお前の答えか……」
ゆっくりと上体を起こすカラの頬は、赤く腫れあがっていた。
カラは頬をさすりながら立ち上がると、再びケンに向かって歩いてくる。
「ち、違う……。オ、オレに近づくな」
右手に残るカラを殴った余韻が、ケンの理性が薄れさせていくようだった。
「やめて!」
突然、その場に少年の声が響き渡る。
カラは声の元へと顔を向け、眼を見開いた。
「キリ……!」
愛する我が子はケンに向かって駆け出して行ったようだ。
「父さんを殴らないで!」
声と共にケンの腰の辺り鈍い衝撃が走る。
瞬間、意識が引き戻されていくのを感じた。
そして俯瞰する。そこには体の小さな少年が、ケンに抱き着くような形で密着していた。
「やめろキリ! そいつはお前の手に負えるような奴じゃない!」
カラの声を振り切るように、キリはケンの胸をぽかぽかと叩き始めた。
その打撃自体に威力は無いが、ケンを害そうと言う確かな意志が、やはり忌諱に触れてしまう。
「カラすまん!」
ケンは叫ぶとキリの首根っこを掴み、小脇に抱えた。そしてそのまま締め上げる。
「ぐっ……」
キリは鈍い音を発すると、やがて力を失い腕をだらんと垂らす。
「お前何やってんだ!」
カラは激しい怒りの形相を浮かべ、一気にケンへと距離を詰める。
「落ち着け! 締め落としただけだ。直に目を覚ます」
「なんのために!?」
「後で話してやる」
ケンはそう言うと、気を失ったキリの体を肩に乗せて歩き出した。
「待て!」
淀みのないケンの所作には呆然としそうとになったが、声を張り上げを自らを奮い立たせる。
「どこへ行くつもりだ? ケン」
「お前の家だ。安全な場所に寝かせる」
ケンは振り向きもせずに答える。
「アイなら居ないぞ?」
「なら都合がいい」
カラは鴦が風呂へと出かけた隙を狙ってこの話し合いに臨んでいた。
ケンが徒に自宅へ足を踏み入れようものなら、アイがどのような態度をとるかは眼に見えていたからだ。
やがてアイとカラの家へと辿り着く。ケンにとってソラを逃がした時以来の訪問だった。
家の構造は把握していた。寝室へと繋がる障子を開き、畳の上へとキリを寝かせる。
黙ってその様子を見ていたカラだったが、中腰になったケンの傍へ寄り、眼の高さを合わせ口を開いた。
「話してくれると言ったよな?」
「ああ、なるべくお前の問いに答えてやるつもりだ。だがその前にこの手を放せ。……手加減が出来なくなる」
ケンの胸倉を掴んでいたカラの手首へと手を添えながらゆっくりと語る。
カラとしてもほぼ無意識の内に、手をそこにやっていたのだった。
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