135 / 181
第四章 巣立ち
第四十三話 報い 43 4-4-4/4 134
しおりを挟む
両者の睨み合いは暫く続いていた。
しかし、やがてカラの手は力を失ったように胸倉から離れる。そしてその体はケンの胸元へと倒れ込む。
「カラ?」
「あ、ああ……」
呻くような声を上げる。
「どうした!? しっかりしろ!」
カラの両肩を揺らしながら呼びかける。
「う、う……」
明らかに様子のおかしいカラの体をゆっくりと畳へと横たえた。そして気づく。
カラの背中から、血が溢れ出していることに。
同時にケンは、カラの背後から視線を感じていた。恐る恐る視線の根源へと顔を上げる。
「きゃははっ! やぁっとケンと2人きりだぁ!」
実際は顔を上げるまでもなく、そこにいる者が誰であるか分かっていた。
「アイ……!」
しかし眼の前のアイの笑みは、これまでにも見たことが無い。
彼女の右手には小刀が握られている。その刃先は既に赤く染まっていた。
「お前!」
考えるより先に体が動いた。
アイの右手首の辺りを叩いて小刀を払い落とす。
さらにアイの首を掴み、ぎりぎりと締め上げる。先ほどのキリに対する処置と同様だ。
「あははー、ケンのうでー、あったかーい……」
不気味なうわ言を述べながら、アイの意識は途絶えていく。
完全に体が動かなくなったのを感じると、ケンは乱暴にアイの体をキリの傍へと寝かせた。
次いでその部屋にある押し入れを開き、中から白い敷布を引っ張り出す。
そして荒々しく布を1尺ほどの幅に裂き、カラの体に巻き付けていく。
「け、ケン……」
「しゃべるな!」
カラの体に重ねられていく布は、すぐに最表面まで赤く染み出してくる。
布が尽きれば、次の敷布を裂いて巻き付ける。
その工程を4度ほど繰り返すことで、ようやく出血が収まってきた。
「じっとしてろよ!」
横たえた体に声を投げ、家の外へと飛び出した。
向かった先は村にある巣だ。今ならフデが滞在しているはずである。
――――
「なんでこんなことになってるんだ!?」
誘われるまま件の寝室へとやって来たフデだったか、眼に映る惨状を見て愕然とする。
これまでの生涯においても、これほどの血は見たことが無い。
「オレのせいだ」
ケンがぼそっと呟く。
「お前がやったのか!? まさかお前アイのことが諦めきれず……」
「それは違う!」
ぞっとする見解に思わず声を張り上げた。
「アイだ。こいつのことが邪魔だと思ったらしい」
「まさかそこまで……」
アイを幼い頃から知るフデである。当時より嫉妬深く、激情しやすい性格であることは認識していたが、刃物まで持ち出すとは思っていなかった。
なによりカラとの鴛鴦の契りが成立した際には心から喜んでいたはずだった。それを見て、アイはもう大丈夫だろうとすら考えていた。
ケンとの出会いがそれほどまでにアイの心をかき乱したのだろうか。
「なあフデ。こいつのことトミサの医術院にいれてやれねえかな」
「……確かにこのままじゃ命が危ない。そうするべきだろう。しかし……」
トミサの医術院に入院させられる条件は、鳩の不埒によって傷を負った場合である。
アイの凶刃によって現在のカラの惨状が生み出されているとなれば、それは一般住民同士での諍いとして取り扱われ、トミサで門前払いとなる。
「オレがやったも同然だ。そういうことなら話も聞いてもらえるだろうよ」
「お前!? それじゃ烏の烙印を……」
「ああ、免れないだろうな」
ケンは飽くまでも達観したような口ぶりだ。
「だが、遅かれ早かれこれはこうなる運命だった。アイと不義密通を交わした時からな」
「そうか……。いいだろう。お前の覚悟を受け止めてやる。お前が一方的に悪い訳じゃないだろうが、アイもお前と出会わなければここまで狂うことは無かっただろうしな」
誰よりも美しく生まれたアイ。
フデにとっても、彼女にどんな輝かしい未来が待っているのだろうと楽しみにしていたところはある。
理不尽だろうと感じながらも、ケンのことを責めてしまうのは仕方のないことだった。
「だがアイはどうする? このまま見過ごすのか?」
フデに残された良心が、そう問いかけていた。
「ラシノに置いていく。オレの居なくなることがアイにとっての罰なんだろう」
ケンはアイを見下ろしながら、下唇を噛む。
「フ、デさん……。僕からもお願い……します……」
アイに向けた視線の先。その隣に横たえた体から、絞り出すような声が聞こえてくる。
「カラ! 無理をするな!」
ケンは眼を皿のようにして制止を促す。
「キリは……、アイから、愛を受けたがっていました……」
しかしカラは止まらない。
「ケ、ン……。キリのことを頼む……」
「あ、ああ。これからガキのことはオレが守ってやる。次にオレと会うことがあればの話だが……」
これからのケンは、烙印を負い、ナガレへ送られることになる。次にキリと会うことなど、考えにくい状況だ。
頼りのないケンの返事であったが、カラは満足したようだった。
最後の力を振り絞るように、カラはその場を這う。そして体を横たえるキリへと近づき、顔を覗きこんだ。
「ご、めんなキリ……。アイと、仲良く……」
言い終えるとその場に顔を突っ伏し、動かなくなってしまった。
「フデ、担架はあるか?」
ケンは冷静になっていた。
「ああ」
「トミサまで運ぶぞ。くれぐれも安静にな」
ケンも我が子のためできることはやったのだと自負していたところがある。
しかしカラを前にして、この男が子を思う気持ちには、到底かなうはずもないと畏怖の念さえ覚えていた。
しかし、やがてカラの手は力を失ったように胸倉から離れる。そしてその体はケンの胸元へと倒れ込む。
「カラ?」
「あ、ああ……」
呻くような声を上げる。
「どうした!? しっかりしろ!」
カラの両肩を揺らしながら呼びかける。
「う、う……」
明らかに様子のおかしいカラの体をゆっくりと畳へと横たえた。そして気づく。
カラの背中から、血が溢れ出していることに。
同時にケンは、カラの背後から視線を感じていた。恐る恐る視線の根源へと顔を上げる。
「きゃははっ! やぁっとケンと2人きりだぁ!」
実際は顔を上げるまでもなく、そこにいる者が誰であるか分かっていた。
「アイ……!」
しかし眼の前のアイの笑みは、これまでにも見たことが無い。
彼女の右手には小刀が握られている。その刃先は既に赤く染まっていた。
「お前!」
考えるより先に体が動いた。
アイの右手首の辺りを叩いて小刀を払い落とす。
さらにアイの首を掴み、ぎりぎりと締め上げる。先ほどのキリに対する処置と同様だ。
「あははー、ケンのうでー、あったかーい……」
不気味なうわ言を述べながら、アイの意識は途絶えていく。
完全に体が動かなくなったのを感じると、ケンは乱暴にアイの体をキリの傍へと寝かせた。
次いでその部屋にある押し入れを開き、中から白い敷布を引っ張り出す。
そして荒々しく布を1尺ほどの幅に裂き、カラの体に巻き付けていく。
「け、ケン……」
「しゃべるな!」
カラの体に重ねられていく布は、すぐに最表面まで赤く染み出してくる。
布が尽きれば、次の敷布を裂いて巻き付ける。
その工程を4度ほど繰り返すことで、ようやく出血が収まってきた。
「じっとしてろよ!」
横たえた体に声を投げ、家の外へと飛び出した。
向かった先は村にある巣だ。今ならフデが滞在しているはずである。
――――
「なんでこんなことになってるんだ!?」
誘われるまま件の寝室へとやって来たフデだったか、眼に映る惨状を見て愕然とする。
これまでの生涯においても、これほどの血は見たことが無い。
「オレのせいだ」
ケンがぼそっと呟く。
「お前がやったのか!? まさかお前アイのことが諦めきれず……」
「それは違う!」
ぞっとする見解に思わず声を張り上げた。
「アイだ。こいつのことが邪魔だと思ったらしい」
「まさかそこまで……」
アイを幼い頃から知るフデである。当時より嫉妬深く、激情しやすい性格であることは認識していたが、刃物まで持ち出すとは思っていなかった。
なによりカラとの鴛鴦の契りが成立した際には心から喜んでいたはずだった。それを見て、アイはもう大丈夫だろうとすら考えていた。
ケンとの出会いがそれほどまでにアイの心をかき乱したのだろうか。
「なあフデ。こいつのことトミサの医術院にいれてやれねえかな」
「……確かにこのままじゃ命が危ない。そうするべきだろう。しかし……」
トミサの医術院に入院させられる条件は、鳩の不埒によって傷を負った場合である。
アイの凶刃によって現在のカラの惨状が生み出されているとなれば、それは一般住民同士での諍いとして取り扱われ、トミサで門前払いとなる。
「オレがやったも同然だ。そういうことなら話も聞いてもらえるだろうよ」
「お前!? それじゃ烏の烙印を……」
「ああ、免れないだろうな」
ケンは飽くまでも達観したような口ぶりだ。
「だが、遅かれ早かれこれはこうなる運命だった。アイと不義密通を交わした時からな」
「そうか……。いいだろう。お前の覚悟を受け止めてやる。お前が一方的に悪い訳じゃないだろうが、アイもお前と出会わなければここまで狂うことは無かっただろうしな」
誰よりも美しく生まれたアイ。
フデにとっても、彼女にどんな輝かしい未来が待っているのだろうと楽しみにしていたところはある。
理不尽だろうと感じながらも、ケンのことを責めてしまうのは仕方のないことだった。
「だがアイはどうする? このまま見過ごすのか?」
フデに残された良心が、そう問いかけていた。
「ラシノに置いていく。オレの居なくなることがアイにとっての罰なんだろう」
ケンはアイを見下ろしながら、下唇を噛む。
「フ、デさん……。僕からもお願い……します……」
アイに向けた視線の先。その隣に横たえた体から、絞り出すような声が聞こえてくる。
「カラ! 無理をするな!」
ケンは眼を皿のようにして制止を促す。
「キリは……、アイから、愛を受けたがっていました……」
しかしカラは止まらない。
「ケ、ン……。キリのことを頼む……」
「あ、ああ。これからガキのことはオレが守ってやる。次にオレと会うことがあればの話だが……」
これからのケンは、烙印を負い、ナガレへ送られることになる。次にキリと会うことなど、考えにくい状況だ。
頼りのないケンの返事であったが、カラは満足したようだった。
最後の力を振り絞るように、カラはその場を這う。そして体を横たえるキリへと近づき、顔を覗きこんだ。
「ご、めんなキリ……。アイと、仲良く……」
言い終えるとその場に顔を突っ伏し、動かなくなってしまった。
「フデ、担架はあるか?」
ケンは冷静になっていた。
「ああ」
「トミサまで運ぶぞ。くれぐれも安静にな」
ケンも我が子のためできることはやったのだと自負していたところがある。
しかしカラを前にして、この男が子を思う気持ちには、到底かなうはずもないと畏怖の念さえ覚えていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる