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第四章 巣立ち
第四十四話 能力 44 4-5-1/4 135
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「あ……、クイさん居たの?」
「相変わらず失礼な方ですねぇ。少しは成長したかと思ったのに……」
ナガレで囚われていた時の話を聞こうと、ヤミの家の戸を叩いたのだが、出迎えて来たのはクイだった。
彼の右手は傍らにいるハリの肩に乗せられ、左手には色鮮やかな手毬が携えられている。
嫌味を帯びた彼の口調ではあったが、表情は穏やかだ。久方ぶりに会う我が子の存在が、彼の心を朗らかにさせているのだろう。
「ところでキリさんに会うんじゃなかったんですか?」
当然の疑問を投げかけてくる。
「うん、その……。ちょっとね……」
「何かあったようですね。察するに、その件についてヤミさんへ相談しに来たと言ったところでしょうか」
「うん。もうクイさんとは散々言葉を交わしたことだけどね」
状況はともあれ、めったにない乙女同士の団欒の機会である。無骨な男にこの場の邪魔をされたくはない。
「昨日話をした時に言ってくれればよかったのに……。今日ウラヤに帰ってくるもりだったって」
思いがけない邂逅に、ユミは口を尖らせてしまっていた。
「心配しなくても私はハリと遊んでますよ。そのために帰って来たのですから」
「よかったー!」
「それが失礼だと言うんですよ!」
口元に笑顔を浮かべるクイだが、眼は笑っていなかった。
「おとーさん?」
手元のハリの声が聞こえ、クイの眼に光が戻る。
「あ、ごめんなさい叫んじゃって。 今日は一緒に毬遊びをするんでしたね」
「うーん。ぼく、やっぱりおねーちゃんたちといっしょがいい!」
「ハ、ハリ……?」
今度はその眼に絶望の色を宿す。それを見たユミは飛びっきりの笑顔を作った。
「こらこらハリ。そんなこと言ったらお父さん悲しむでしょ? お父さんにはお友達が少ないんだから、ハリが支えてあげないと」
「うぅ……。ごめんね、おとーさん。やっぱりぼくがいっしょにあそんであげる!」
ハリもクイに飛びっきりの笑顔を見せた。
「……ユミさん。あまりハリに変なこと吹き込まないでください」
「変なこと? なんだろう? それよりもクイさん、せっかくハリが遊んでくれるって言ってるのにそんな態度でいいのかな?」
挑発的に首を傾げてやる。
「ハリ、鴦はちゃんと選ばないといけませんよ?」
クイは歯を食いしばりながら、努めて冷静を装った。
「あら、今日はお揃いね? どうしたのかしら?」
クイの背後から、ヤミがひょっこり顔を出す。
「こんにちは、ヤミさん。ユミがヤミさんにお話があるんです」
睨み合ったままのユミとクイを傍眼に、ソラが先陣を切る。
「そうなの? 家に上がる? ちょうどトミサでお茶菓子を貰って来たところなのよ」
「はい! じゃあ遠慮なく上がらせてもらいますねー!」
お気楽な調子のサイはユミを押しのけた。
――――
「ソラ、いつもハリのことをありがとうね」
ヤミは盆を運んでくる。その上には湯気の立つ4つの湯のみと、色とりどりのあられの積まれた鉢が乗っていた。
「ソラおねーちゃんとのお勉強が楽しいって毎日のように言ってるわ、あの子」
そう言うとヤミは庭先へと眼を向ける。
居間の障子が開け放たれ、露わになったその場所ではハリとクイが毬を投げ合っているようだ。
「いえいえ。ハリは頑張ってると思います」
ソラも感慨深げに答える。
ヤミの持っていた盆がちゃぶ台の上へと置かれる。他の3人は既に席についていたので、ヤミはまだ空いている空間へと腰を下ろした。
湯のみが配られると、ことり、ことりと音が鳴る。サイはあられを前に眼を輝かせた。
「あの……、ヤミさんはハリがこのまま医師の道を歩めばいいと考えていますか?」
ふと、これまでにソラが思っていたことを問うてみる。
生まれて早々ヤマの元へ預けられることになったハリだったが、自然な流れでソラを慕い、医術を学ぶようになった。
ヤミの言葉からも分かるように、現時点においてハリはソラの教示を熱心に聞き入れようとしている。
しかしそれは、ハリにとって与えられた筋道に従っているだけなのではないのかと感じていた。
ソラ自身も物心がついた頃よりヤマから医術を叩きこまれてきたが、特に不満を感じたことは無かった。一方で具体的な目標があった訳でも無いのだが。
ただ漠然と、ユミの母をはじめとするウラヤの民達に少しでも楽に暮らしてもらいたい。少しでもその手助けができれば良い、というのが当時の彼女の考えだった。
従って、ユミから一緒に鳩になろうと声をかけられた時は俄然やる気を出したし、ヤマからそのやる気を制されるとあっさりと諦めもした。
その後ユミとハコはトミサへと旅立ち、それを機にギンと知り合った。そしてようやく自身の意思でやりたいと思えることが出来た。
トミサでギンと共に暮らし、現地の医術院で働きたいという夢だ。
思えばこれも、周囲の人物の影響によるものだと言えるのだが、ソラに後悔など無かった。
とは言えその夢のためにはヤマの医院と別れを告げることになる。
師であるヤマが高齢であることを考慮すれば、ハリにソラの後を任せることになるだろう。しかしこのことは、ハリからそれ以外の道を奪っているのではないかとも考えてもいた。ソラは自身がそうであったように、ハリにもやりたいことを見つけてもらいたいという思いがある。
しかし、まだ幼いハリが将来に向けての意思決定など出来ようはずもない。故に、ハリの母であるヤミの考えを一度聞いてみたいと思っていたのだ。
「相変わらず失礼な方ですねぇ。少しは成長したかと思ったのに……」
ナガレで囚われていた時の話を聞こうと、ヤミの家の戸を叩いたのだが、出迎えて来たのはクイだった。
彼の右手は傍らにいるハリの肩に乗せられ、左手には色鮮やかな手毬が携えられている。
嫌味を帯びた彼の口調ではあったが、表情は穏やかだ。久方ぶりに会う我が子の存在が、彼の心を朗らかにさせているのだろう。
「ところでキリさんに会うんじゃなかったんですか?」
当然の疑問を投げかけてくる。
「うん、その……。ちょっとね……」
「何かあったようですね。察するに、その件についてヤミさんへ相談しに来たと言ったところでしょうか」
「うん。もうクイさんとは散々言葉を交わしたことだけどね」
状況はともあれ、めったにない乙女同士の団欒の機会である。無骨な男にこの場の邪魔をされたくはない。
「昨日話をした時に言ってくれればよかったのに……。今日ウラヤに帰ってくるもりだったって」
思いがけない邂逅に、ユミは口を尖らせてしまっていた。
「心配しなくても私はハリと遊んでますよ。そのために帰って来たのですから」
「よかったー!」
「それが失礼だと言うんですよ!」
口元に笑顔を浮かべるクイだが、眼は笑っていなかった。
「おとーさん?」
手元のハリの声が聞こえ、クイの眼に光が戻る。
「あ、ごめんなさい叫んじゃって。 今日は一緒に毬遊びをするんでしたね」
「うーん。ぼく、やっぱりおねーちゃんたちといっしょがいい!」
「ハ、ハリ……?」
今度はその眼に絶望の色を宿す。それを見たユミは飛びっきりの笑顔を作った。
「こらこらハリ。そんなこと言ったらお父さん悲しむでしょ? お父さんにはお友達が少ないんだから、ハリが支えてあげないと」
「うぅ……。ごめんね、おとーさん。やっぱりぼくがいっしょにあそんであげる!」
ハリもクイに飛びっきりの笑顔を見せた。
「……ユミさん。あまりハリに変なこと吹き込まないでください」
「変なこと? なんだろう? それよりもクイさん、せっかくハリが遊んでくれるって言ってるのにそんな態度でいいのかな?」
挑発的に首を傾げてやる。
「ハリ、鴦はちゃんと選ばないといけませんよ?」
クイは歯を食いしばりながら、努めて冷静を装った。
「あら、今日はお揃いね? どうしたのかしら?」
クイの背後から、ヤミがひょっこり顔を出す。
「こんにちは、ヤミさん。ユミがヤミさんにお話があるんです」
睨み合ったままのユミとクイを傍眼に、ソラが先陣を切る。
「そうなの? 家に上がる? ちょうどトミサでお茶菓子を貰って来たところなのよ」
「はい! じゃあ遠慮なく上がらせてもらいますねー!」
お気楽な調子のサイはユミを押しのけた。
――――
「ソラ、いつもハリのことをありがとうね」
ヤミは盆を運んでくる。その上には湯気の立つ4つの湯のみと、色とりどりのあられの積まれた鉢が乗っていた。
「ソラおねーちゃんとのお勉強が楽しいって毎日のように言ってるわ、あの子」
そう言うとヤミは庭先へと眼を向ける。
居間の障子が開け放たれ、露わになったその場所ではハリとクイが毬を投げ合っているようだ。
「いえいえ。ハリは頑張ってると思います」
ソラも感慨深げに答える。
ヤミの持っていた盆がちゃぶ台の上へと置かれる。他の3人は既に席についていたので、ヤミはまだ空いている空間へと腰を下ろした。
湯のみが配られると、ことり、ことりと音が鳴る。サイはあられを前に眼を輝かせた。
「あの……、ヤミさんはハリがこのまま医師の道を歩めばいいと考えていますか?」
ふと、これまでにソラが思っていたことを問うてみる。
生まれて早々ヤマの元へ預けられることになったハリだったが、自然な流れでソラを慕い、医術を学ぶようになった。
ヤミの言葉からも分かるように、現時点においてハリはソラの教示を熱心に聞き入れようとしている。
しかしそれは、ハリにとって与えられた筋道に従っているだけなのではないのかと感じていた。
ソラ自身も物心がついた頃よりヤマから医術を叩きこまれてきたが、特に不満を感じたことは無かった。一方で具体的な目標があった訳でも無いのだが。
ただ漠然と、ユミの母をはじめとするウラヤの民達に少しでも楽に暮らしてもらいたい。少しでもその手助けができれば良い、というのが当時の彼女の考えだった。
従って、ユミから一緒に鳩になろうと声をかけられた時は俄然やる気を出したし、ヤマからそのやる気を制されるとあっさりと諦めもした。
その後ユミとハコはトミサへと旅立ち、それを機にギンと知り合った。そしてようやく自身の意思でやりたいと思えることが出来た。
トミサでギンと共に暮らし、現地の医術院で働きたいという夢だ。
思えばこれも、周囲の人物の影響によるものだと言えるのだが、ソラに後悔など無かった。
とは言えその夢のためにはヤマの医院と別れを告げることになる。
師であるヤマが高齢であることを考慮すれば、ハリにソラの後を任せることになるだろう。しかしこのことは、ハリからそれ以外の道を奪っているのではないかとも考えてもいた。ソラは自身がそうであったように、ハリにもやりたいことを見つけてもらいたいという思いがある。
しかし、まだ幼いハリが将来に向けての意思決定など出来ようはずもない。故に、ハリの母であるヤミの考えを一度聞いてみたいと思っていたのだ。
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