鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第四章 巣立ち

第四十四話 能力 44 4-5-2/4 136

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「そうねぇ。あの子がそれを望むのだったら、私は応援してあげたいと思っているわ」
「私も、ハリの将来はハリが望んだように決めるべきだと考えています。でも……、ハリには医師になってもらって、このウラヤを支えて行って欲しいと言うのが私の正直な思いです。なのでこれからも、ハリが楽しいと思えるような指導を心がけるつもりです。ハリが医師になりたいと思えるように」
「あらそう! だったらハリも一層頑張らないといけないわね」
 明るいヤミの返答に対し、ソラは顔を曇らせる。
「でも……。それはある意味において、彼の可能性を狭めることになるかもしれません。眼の前にある楽しいことに眼を奪われたまま、将来を決めることになるんじゃないかなって……」
 ソラの声はだんだん小さくなっていく。
 ハリの意思を尊重しよう、というヤミの考えはソラにとって都合が良い一方で、困惑の種でもあるのだ。

「それでいいと思うよ、ソラ」
 うつむき気味のソラへとユミは声をかける。
「やりたいことのきっかけなんてなんでもいいんだよ。確かに、ハリがお勉強を頑張るのは可愛いソラの近くに居たいからかもしれないよ? でもちゃんと身にもなってるでしょ?」
「それは、そうだけど……」
 ハリは既に簡単な傷の手当てぐらいはできる様になっていた。それには怪我を理由に、ソラへ近づこうとする輩を自らの手で処置しようという意図も見えるのだが。
「それにね、もしハリが本当にやりたいことを見つけたらちゃんと言い出せると思うよ。私もそうだったから」
 ユミは母のために、母の反対を押し切って鳩になった。
 その気持ちは、ユミのことをずっと見ていたヤミにとっても、大いに共感出来るところがある。
「ユミの言う通りね。私も本当は実家の菓子屋を継ぐことになってたの。それに鴛鴦文も書かないまま、トミサにいる男と鴛鴦の契りを結ぶことになってた。それが嫌で孵卵を受けたの。両親の心配をよそにね」
「そうだったんですか!」
 眼を丸くするソラへ、ヤミはあられを1つ摘み掲げてみせる。
「私も作ろうと思えばこのお菓子を作れるわ。でも飽くまでも趣味。売ろうとまでは思わない。ハリが喜んでくれさえすればそれでいいのよ」
 そう言うと、持っていたそれを口へと放り込んだ。
 ユミとソラも釣られるように、あられの山から1つを手に取った。一方のサイは、拳でその山を鷲掴みにする。
「私も似たようなもんだな。姉さんが死んだって言うから居ても立っても居られなくなって巣に飛び込んだんだよ。孵卵を受けるためにな。まあ、さすがに父さんと母さんの悲しそうな顔を見るのは辛かったけど」
「あれ? サイのバカ力を誰かの役に立てろ、って親から言われたから鳩になったって言ってなかったっけ?」
「お前よくそんなこと覚えてるな……。あそうか、もりすか」
 
「もりす? あ、森巣ね……」
 ヤミが呟いた言葉は、サイの耳には届いていなかった。

「バカ力を役に立てろって言われたの、本当は姉さんだったんだよ。姉さんが居なくなったんじゃ私が言われているのも一緒だろ?」
 サイは得意げな様子だ。
「ふふ、サイが鳩になったのはやっぱりスナのためだったのね。きっとスナも喜んでるわ」
 ヤミの声にサイは思わず目頭が熱くなる。ごまかすように、大口を開けて拳の中のあられを放り込んだ。

「ソラ。スナはサイと殴り合ってる内に力が強くなったって言ってた。それが楽しかったんだとも言ってたけど、結果として鳩のお仕事にもつながったのよね。それと同じように……、なんて言うのもおかしいけど、今はハリが楽しくお勉強してるってことを信じて上げて。そのまま将来の仕事になるかもしれないし、そうでなくてもきっとハリが見つけたやりたいことの役には立つんだから」
「ヤミさん……。はい、分かりました。ありがとうございます」
 
 素直に礼を述べるソラを見て、ユミは胸をなでおろす。
 その一方で、ハリの将来についてまた別の懸念事項があった。

「あの、ヤミさん」
「どうしたの?」
「ハリを鳩にしようとは思わないの?」
 ハリの出生を知る者であれば、彼が鳩になればどうなるか一度は考える。
 これまでヤミの前で避けてきた話題であるが、先日ミズが最後の孵卵に落第したことでハリの潜在能力には大きな意味を持つことになる。

「ユミ……」
 ヤミの顔から困惑の色の浮かぶのが明らかだった。
「そうねぇ。確かに私たちが鴛鴦になったばかりの頃はクイと話したこともあったわ。生まれた子が鳩になりたいと言うのなら応援して上げようってね。でも今となっては分かるわ、私の親の気持ち。我が子を森に出したくないっていう気持ちがね」
「あの……、それもあると思うんだけど。その……、ハリをミズの代わりにナガレの鳩にしたいとは思わないよね?」
「それはそうよ! あんなところにハリを行かせたくないし、特別な責務も負わせたくない!」
 穏やかだったヤミの口調が急に強くなっていた。
「ご、ごめんなさい。やっぱりそうだよね」
 慌てて謝るユミではあったが、その問いかけ自体に後悔は無かった。
 
「えっと、クイさんも同じ考えなんだよね?」
「それは……、そうよ?」
 
 ユミが懸念していたのは、クイが非公式にナガレの鳩に仕立て上げようと考えるのではないかということだった。

 自由な世界を作りたい。クイが度々口にしていたことである。
 具体的にはそれが何を意味するのか、ユミにはまだ分からない。
 しかし1つの可能性として、ナガレという場所が自由な世界への足掛かりとなるのではないかということを先日議論したところである。
 鳩の縛めの機能しないナガレは、治安の悪さと引き換えに究極の自由を得た場所と言えるのだ。
 
 これまではただ一人存在するナガレの鳩の手引きによって、そこに住まう者達の生死ぐらいは把握されていたようだ。それも近い将来には失われてしまう見込みである。もはや誰もナガレの状況を知ることなどできなくなるのだ。
 そこへ赴くことの出来る可能性を持つハリは、クイにとって都合の良い存在と言えるはずだ。灰色領域の概念をユミに説いた彼のことだ。何かうまい方法を考えていたとしてもおかしくない。
 
 ヤミの考えは飽くまでもハリの身を案ずるものだ。
 そもそもクイが危険な思考に陥っていないに越したことは無いのだが、いずれにしてもヤミの想いがクイへの抑止力になるはずだとユミは信じていた。
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